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異世界戦国記~戦国の世に大うつけ者で戦闘スキルが無いと追い出されたけど天下布武やっちゃうよ~  作者: ボルトコボルト


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第90話 【策謀の陰影】人質略奪と幼き狸の運命

 古渡城に漂う重苦しい空気の中、織田信行と母の土田御前は激しい怒りと焦燥に身を焦がしていた。


 そもそも、大浜の戦いで今川の精鋭に押し込まれて討ち死に寸前まで追い詰められ、土壇場で信長に救われた瞬間から、信行のプライドはズタズタに引き裂かれていたのだ。


 その大活躍によって信長の評価はうなぎ登り。すでに生駒家、前田家、佐々家といった尾張の有力豪族や武将たちを与力として配下に収め、まさに日の出の勢いを見せつけている。


 信行と土田御前としては、このまま信長が父・信秀の後継者として絶対的な地位を確立する流れを何としても断ち切りたかった。あるいは、大浜の失態で暴落した自分たちの発言力と立場を少しでも挽回したかったのだ。


 そこで二人が目をつけたのが、かねてより父・信秀が狙っていた三河への大規模侵攻だった。破竹の勢いを誇る今川義元を相手にするのは厳しいが、今川の傘下に甘んじている三河の松平家が相手なら、自分たちの手で力で押し潰せるはずだ――そう踏んだのだ。


 信行と柴田勝家のコンビは「今度こそ失敗は絶対に許されない」と背水の陣の覚悟で信秀を言葉巧みに説得。信秀の本隊からも兵を借り受け、総勢二千の大軍勢を率いて、松平広忠が籠もる三河国岡崎城を目指して出陣していった。


 当然、今回は信長に手柄を奪われないよう、「信長軍は美濃の斎藤道三に対する強烈な抑えとして尾張に残すべきだ」と信秀に強く進言し、俺たちを後方に釘付けにすることに成功したのだった。


 一方その頃、俺は那古野城の執務室で、忍びや情報網がもたらす極秘の評定報告に耳を傾けていた。


「信長様、三河の松平広忠が織田軍二千の侵攻に耐えかね、駿河の今川義元へ緊急の救援を求めた件にございます」


 参謀の沢彦宗恩が静かに告げる。まあ、そうなるだろうな。


「今川側は救援を出す絶対条件として、『広忠の嫡男である竹千代を駿河へ連れて参れ』と要求してきた模様。言わば人質にございますな」


 これって……歴史で有名なあの展開か?


 駿河へ送られる途中の竹千代(後の徳川家康)を、織田側が力ずく、あるいは裏取引で拉致する流れじゃないか?


「なあ宗恩。織田家の中で、その人質を運ぶ途中の護衛を買収して横取りしようとしている者でもいるのか?」


「いいや、今のところそのような動きは一切ございませんな。竹千代殿を駿河へ護送するのは、田原城主・戸田康光殿にございます。娘が広忠殿の妻になっておりますゆえ、康光殿が広忠殿を裏切るなどあり得ぬと考えられております」


 ふ~ん。誰も手を回していないのなら……よし、俺が拐ってしまうか。


「五右衛門ッ!」


 俺が大声で叫ぶと――シュッ! と空間が歪み、一瞬にして目の前に影が落ちた。


「お呼びでござるか、信長様」


 伝説の大泥棒にして我が暗部を仕切る、石川五右衛門である。


「おう。松平広忠が今川に救援を頼むため、人質として嫡男の竹千代を駿河へ送るそうだ。その輸送ルートを割り出し、竹千代だけを傷つけずに拐ってきてくれ」


「ふッ……お安い御用にござる。天下の秘宝だろうと幼子だろうと、この五右衛門の手にかかれば赤子の手をひねるようなもの。直ちに」


 五右衛門は不敵に微笑むと、一瞬の紫煙と共に影のように姿を消した。


 ――数日後。


 五右衛門は完璧な手際で、誰にも気づかれることなく竹千代を那古野城へと拐ってきた。


 現れた竹千代を見て、俺は思わず目を見張った。竹千代は狸の獣人(狸人族)の少年だったのだ。後の天下人・徳川家康その人なのだが……現在の姿は数えで五歳、現代で言えば幼稚園の年長さんくらいの、コロコロとした実に愛くるしい幼児であった。


「竹千代、俺は尾張の織田信長だ。怖がらなくてもいいぞ」


「ぼ、ぼくは……まつだいら たけちよです……っ」


 くりっくりっとした大きな瞳を潤ませながら、小さな声で一生懸命に挨拶する竹千代。


 史実では信長と家康の運命の出会いとされる場面だが……こんな小さな幼児相手じゃ、後で覚えてすらなさそうだな。


 とりあえず父・信秀に「竹千代を確保した」と報告を入れることにしたが、その前に予期せぬ人物が反応した。


「まあッ! なんて可愛らしい子なのかしら! こっちにおいで、竹千代ちゃん!」


 帰蝶が竹千代の可愛さに一発でノックアウトされたらしい。


 帰蝶は竹千代の手を優しく引くと、そのまま本丸の中庭へと連れ出していった。そこへゆずや吉乃も加わり、あっという間に「竹千代を可愛がる会」が結成されて、みんなでキャッキャと遊んでいる。


 女性陣はやっぱり子どもが大好きなんだな。竹千代もすっかり緊張がほぐれ、尻尾をパタパタと振って懐いているようだった。


 ――そして数週間後。


 自信満々で三河へ侵攻した信行と柴田勝家の二千の軍勢は、岡崎城の堅固な防衛を崩せず、そこへ駆けつけた今川の救援部隊と激突して惨敗。ほうほうの体で尾張へと撤退してきた。


 父・信秀は確保した竹千代を楯にして、「息子が可愛くば織田に味方せよ」と松平広忠に降伏勧告を出したのだが――広忠の返答は凄まじいものだった。


「ふん! 織田に寝返るくらいなら、人質など殺せば良かろうッ!」


 実の父親からあっさりと見捨てられ、交渉は完全に破談。竹千代の人質としての価値は宙に浮いてしまった。


 拐ってきた俺が言うのもなんだけど……あまりにも不憫で可哀想すぎるだろ、広忠の親父。


 行き場を失った竹千代は、尾張国熱田の豪商であり武士でもある加藤順盛の屋敷(熱田羽城)に保護という名の幽閉をされることになった。


 帰蝶たちはすっかり竹千代に情が移っていたため、俺と帰蝶たちは折を見ては頻繁に熱田の屋敷を訪れ、竹千代と美味しいお菓子を食べたり遊んだりした。


(今のうちに英才教育と洗脳をしておくか……)


 そう目論んだ俺は、訪問するたびに竹千代へ「天下布武」の理念や、これからの新しい世界のあり方を語り聞かせた。五歳の幼子にどれだけ伝わったかは微妙なところだが、少なくとも俺たちへの絶大な信頼感だけは完璧に植え付けられたはずだ。


 こうして、信行の評価はさらにどん底まで落ち、何もしないで最高の人質を手に入れた俺の評判はますます跳ね上がった。それでも信行陣営の連中は、現実から目を背けて「信長はただの運が良い大うつけだ」と負け惜しみを言っているらしい。まあ、負け犬の遠吠えなんてどうでもいいけどな。


 ちなみに、この竹千代誘拐事件の後、裏で悲惨な巻き添えを喰らった人物がいた。


 竹千代を駿河へ護送するはずだった田原城主・戸田康光だ。今川義元は「康光が織田家に竹千代を売り払ったに違いないッ!」と激怒し、即座に大軍を差し向けて戸田家の居城・田原城を攻め落としてしまったのだ。


 まさに冤罪中の冤罪。完全なる巻き添え事故である。


 流石に可哀想すぎると思った俺は、五右衛門と忍びの部隊を密かに派遣し、城が落ちる直前に戸田康光と嫡男の戸田尭光の身柄を救出。そのまま我が織田信長直臣の家臣として手厚く取り立ててやることにした。


 ちなみに、戸田康光・尭光親子はガザミの獣人(ワタリガニ系甲殻類人族)だった。甲殻類特有の頑丈な甲冑のような皮膚とハサミ状の強力な腕を持つ、実に強靭な武将たちだ。


 予期せぬ形で強力な家臣と未来の天下人の心を掌握し、那古野城の勢力はまた一歩、確実な膨張を遂げるのだった。

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