第87話 【ヒグマの豪族】比良の老将と若き獅子たちの参陣
前田利久が那古野城の配下となってから数週間後のこと。今度は比良城主の佐々成宗が、息子たちを引き連れて那古野城へ挨拶にやってきた。
佐々家の一族は、見た瞬間に圧倒されるほどの肉体美と巨躯を誇るヒグマの獣人(熊人族)一家だ。誰もが筋骨隆々で体格が良く、野生の凶暴性と強者の威圧感を隠そうともしていない。
「おうッ! 信長様、俺が比良城主の佐々成宗だッ! 息子どもが『どうしても信長様の配下になりたい』と四六時中ウルサくてな。最初は倅どもを直臣として預けるだけでも良いと思っておったんだが……信光様から強いお勧めがあってな、この度俺ごと比良城の戦力を丸ごと与力に加えることにしたぜ。まあ、これからよろしく頼むわッ!」
豪快に腕を組み、高らかに言い放つ成宗。そのまま四人の息子たちを俺へと紹介した。
佐々成宗は御歳六十八歳の百戦錬磨の老将だ。若き頃から幾多の死線を潜り抜け、自力で比良の領地を守り抜いてきたという絶大な自負がある地域豪族の主である。若造相手にこのくらいのタメ口や不遜な態度は、最初から予想の範疇だ。
むしろ十四歳の俺に対して「様」を付けて呼んでくれるだけ、破格の対応と言っていいだろう。少し前までの俺は城下で「大うつけ」と嘲笑されていたのだから。
それにしても、ここでも叔父・織田信光の根回しが効いていたとはな。叔父きは本当に俺の戦いぶりと将来性を気に入ってくれているようだ。
「父上ッ! 主君になられる信長様に向かって、それはあんまりな物言いではありませんかッ! あまりにも無礼にございますッ!」
成宗の横から、二十五歳になる長男・佐々政次が顔を真っ赤にして口を挟んだ。
「馬鹿野郎ッ! このくらいでちょうど良いんだよッ! 俺たちは比良城の自慢の精鋭と戦力を無償で差し出すんだからなッ!」
一歩も引かない老熊の親父。俺はフッと口元を緩め、苦笑いを浮かべつつも、成宗の双眸を真っ直ぐに射抜くような真剣な眼光で見つめ返した。
「ははは! 俺が織田信長だ。成宗、これから良しなに頼むぞ。なあに、成宗の言う通りだ。これくらい活気と威勢があった方が、戦場で頼もしい働きをしてくれる。俺は一ミリも気にしてないぞ」
「……くっくっくッ! アハハハッ! おもしれぇ小倅だッ! 良い目をしている、中々良いぞ信長様ッ! 『二十四人の猛将が二千の今川軍を蹴散らした』って噂も、満更ハッタリの大嘘ってわけでもなさそうだなッ!」
「いや、完全に大嘘ですよ」
俺が即座に否定すると、成宗は驚いたように目を丸くした。
「そもそも二十四人なんて数じゃない。伏兵のライフル鉄砲隊も含めれば七十余人。それに最終的に逃げる敵を叩き潰したのは、途中で挟撃に加わった五百の信光叔父きの軍勢だ。俺たちは戦端を開き、敵の陣形を崩すきっかけを作ったに過ぎません」
「かっかっかッ! ますます気に入ったぞッ! 自分の手柄をこれ見よがしに自慢しねぇ謙虚さと……その妙に動きやすそうな変な服が気に入ったッ!」
成宗自身も、正装ではなく動きやすさ重視の普段着に近い軽装だ。やはり現場叩き上げの武将は機能性を重んじる。
「信長様は謙遜なさってるんだってばッ! 俺たちは大浜の戦いの現場で、信長様たちの化け物みたいな無双ぶりをこの目で見てたんだから間違いねぇッ!」
二十歳の次男・佐々孫介が熱っぽく声を張り上げた。
「オヤジぃ! やっぱ言い過ぎだってッ! 俺が信長様の家臣になれなかったらどうすんだよッ!? 俺は絶対に『信長二十四人衆』に入りたいんだからなッ!」
十一歳の三男・佐々成政が、拳を握りしめて親父に食ってかかる。後の織田家屈指の猛将・佐々成政の幼少期だ。すでにギラギラとした野性の目線をしている。
「そうだよッ! 俺は『閃光の剣士・愛洲小七郎』様の弟子になって、世界一の剣豪になるんだからッ!」
十歳の四男・佐々長穐も目を輝かせて兄に続いた。
「ガハハハッ! まあそう焦るなッ。信長様、早速で悪いが、噂の『二十四人衆』とやらに会わせてくれねぇか? うちの倅どもの目が肥えるように見学させてやりたい」
成宗の申し出に応じ、俺は彼らを城の裏手にある大規模訓練場へと案内した。
訓練場へ向かうと、ちょうど「愛洲小七郎隊」が鋭い掛け声と共に高密度の対人訓練を行っていた。
(ふぅ……新免無二隊の訓練時間じゃなくて心底良かったぜ。もし無二や小次郎がいたら、このヒグマ親父と絶対に血を見る大喧嘩になってたからな……)
ちなみに二刀流の鬼神・新免無二は「猛獣が訓練なんかするかッ! 野生は生き死にの境界線で強くなるんだぁッ!」と捨て台詞を吐き、訓練など一切せずに連日深い山へ入っては大型モンスター狩りに明け暮れている。
現在、愛洲小七郎隊に所属しているのは、隊長の愛洲小七郎をはじめ、猿飛佐助、内藤勝介、諸岡一羽、林崎甚助、高坂昌信、木下藤吉郎、杉谷善住坊。そして新しく生駒家からやってきた生駒家長と、真田幸隆の長男である真田信綱だ。
もっとも、伝説の忍者・猿飛佐助は訓練など不要で現在も他国の諜報活動に飛び回っているし、巨漢の杉谷善住坊も「新しい銃身の鋳造がある」と言って城下の鍛冶場へ行ったっきり帰ってきていない。まあ、善住坊の奴は鍛冶屋の親方と酒を飲んでいる可能性が高いのだが……そこは深く追求しないのが俺の優しさだ。
目の前で繰り広げられる、神速の剣技と現代格闘術を融合させた超実戦的トレーニング。
木刀が風を切る「ヒュッ!」という凄まじい音と、足捌きによって土煙が舞う光景に、佐々成宗と四人の息子たちは完全に言葉を失い、喉を鳴らして固まっていた。




