第44話 自業自得の悲鳴と志賀城の躍進
那古野城の本丸回廊にて、気まずい静けさを破るように一人の若い侍が足を止めた。
眉をひそめて書類を抱える筆頭家老・林秀貞を見つけると、意を決したように声をかける。
「林様、少々お伺いしたい儀がございます。……最近、富田勢源殿や愛洲小七郎殿のお姿を城内で全くお見かけしないのですが、どこか他国へ鷹狩りや修行にでも行かれたのでしょうか?」
若い武将の無邪気な質問に、秀貞は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「あやつらのような者どもが居なくとも、貴様らの剣術の稽古くらい幾らでもできよう。いちいち気に触ることを聞くのではない」
「いやぁ……それが、全く違うのです! 勢源殿や小七郎殿が稽古をつけてくださる日は、我ら若手の剣技の向上が目に見えて実感できたのです。あの二人がおられないと、稽古の質が根底から落ちてしまいまして……」
「ふん! あの二人はな、吉法師様が連れ込んだ他の破落戸どもと一緒に、まとめてこの城から追い出してやったわ!」
秀貞が鼻高々に言い放つと、若い武将の顔が瞬時に硬直した。
「えええええええっ!? お、追い出した……!? 慶次殿や小次郎殿、さらには無二殿や甚助殿まで……全員ですかぁぁぁっ!?」
「そうだ! 素性も分からぬあんなクズどもなど、この織田家にいなくても何一つ問題はない!」
「はぁぁ……! 林様、正気ですか!? あの方々は、この那古野城のどの家臣よりも桁違いに強いのですよ!? 重臣の青山信昌様も内藤勝介様も、あの方々には束になってかかっても手も足も出ませんでした! あんな恐ろしいほどの強者を追い出すなんて、あまりにも勿体なすぎます!」
「な……そ、そんなに強いのか……? あやつらはただの百姓や、品性のない粗暴な破落戸であろうが……!」
若い武将の必死の訴えに、秀貞の顔に僅かな動揺が走る。
「品性など関係ありません! 織田家の全武将を見渡しても、あれほどの領域に達した武芸の達人など一人として見当たりませんよ! あの方々がいれば、合戦での勝利など揺るぎなかったというのに……!」
「くっ……ぐぬぬ……! わ、私はただ、城の風紀を正そうと……」
秀貞が不覚にも早まったかと冷や汗をかき始めた、まさにその時だった。
ドタバタと廊下の奥から足音を響かせ、事務方を担う別の若い武将が凄まじい様相で走り込んできた。
「はぁ、はぁ……林様! 大変でございます! またしても那古野城下へ向かっていた大手の行商人が、街道筋で危険なモンスターの群れに襲われました!」
「なに……!? くっ、冒険者ギルドの連中は何をやっているのだ! 街道の治安維持も満足にできんのか!」
「ギルドへは幾度も急使を立てて討伐依頼を出しております! ですが、冒険者の手が全く回らない状態らしく……!」
「……ええい、おかしなことを言うな! つい最近までは、街道で商人が襲われるなどという事故は一回だって無かったではないか!」
秀貞の怒声に対し、走ってきた武将は呆れたような視線を返した。
「林様……お忘れなのですか? つい最近までは、吉法師様とそのご家臣の方々が『日課の実戦練習』と称して、早朝から深夜まで街道周辺のモンスターを片っ端から殲滅しておられたのですよ! だからこそ、商人たちは安心して行商に来られていたのです! 今や那古野城下に入るのは命がけのリスクを伴うため、城下の物価は高騰し、塩や布などの生活必需品が品薄になり始めております!」
「うぬぬぬ……っ!?」
秀貞は額に青筋を立て、激しく歯噛みした。
「い、如何いたしましょうか……!? このままでは城下の経済が破綻いたします!」
追い詰められた秀貞は、目の前に立っていた若い武将の襟首を強引にガシッと掴み上げた。
「ええい! 貴様ら若手侍の十数名で隊列を組み、実戦練習と称して街道のモンスターを討伐して参れ! 武士の務めを果たせ!」
「む、無理に決まっているでしょう!? お戯れはおやめください!」
若い武将は必死に首を横に振って叫んだ。
「我らはモンスター退治など町人の冒険者がやる仕事だと教え込まれてきましたゆえ、怪物の倒し方など誰も知りません! 訓練もしていないのに化け物と戦えば、命を落とすか大怪我をするのがオチです! 合戦でもない場所で命を落とすなど御免被ります!」
「むむむ……そ、それは……正論だが……! ならば冒険者ギルドに最大級の圧力をかけ、強制的に街道のモンスターを狩らせれば良かろう!」
「林様、冒険者ギルドはどの国にも属さぬ完全な独立組織でございますぞ。下手に無茶な圧力をかければ、ギルドそのものが那古野から撤退いたします。そうなれば尾張の流通は完全に死滅しますが……本当に宜しいのですね!?」
「宜しいわけがあるかああああああッ!!!!」
林秀貞、完全に打つ手なし。
実のところ、事態は秀貞の想像以上に深刻だった。
吉法師たちが毎日驚異的なペースで街道のモンスターを狩り尽くしていたため、元々その街道で日銭を稼いでいた一般の冒険者たちは仕事(獲物)を失い、次々と他の遠方の町へと移住してしまっていたのだ。
その結果、吉法師たちが討伐をストップした途端、那古野の街道から『モンスターを狩れる実力者』が一人もいなくなるという最悪の真空地帯が発生してしまったのである。
冒険者ギルド側も手をこまねいていたわけではない。急遽、高額な報酬を掲げて街道警備の冒険者を募ったものの、既に他の町で安定した生活基盤を築いた腕利きたちが今更戻ってくるはずもなかった。
そんな城下の混乱など、どこ吹く風。
今日も今日とて、吉法師と池田恒興は朝一番で那古野城を抜け出し、仲間たちが待つ平手政秀の居城『志賀城』へと向かっていた。
「アニキ、今日も林のじいさんは城内で青い顔をして走り回ってたっすね」
馬を並べて走らせながら、恒興が楽しそうに笑う。
「ふん、自業自得だ。おれたちを追い出して破落戸扱いしたんだから、自分たちの力で街道の平和を守ればいいのさ。那古野城下の経済がどうなろうと、おれの知ったことじゃないね」
吉法師はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
志賀城に到着した吉法師たちは、すぐさま仲間たちと合流。平手政秀が提示した志賀城周辺の安全な旧街道や広大なダンジョン領域を舞台に、効率的な『レベル上げ』と『素材採集』に精を出した。
アラクネの直子が仕切る地下工場からは極上の新布が次々と織り上がり、キラービーたちが集めた濃厚な極上蜂蜜は商人たちの間で驚愕の逸品として高値で取引され始めている。
志賀城下は今や、吉法師が仕掛けた『楽市楽座』の先進的な政策と圧倒的な治安維持能力により、各地から商人や職人が殺到する一大経済都市へと急速に進化を遂げつつあった。
昼は仲間たちと圧倒的な連携でモンスターをなぎ倒して経験値を稼ぎ、夜は志賀城で政秀や帰蝶たちと極上の料理に舌鼓を打つ。そして深夜、大満足の笑みを浮かべながら那古野城の自室へと帰宅する毎日。
無能な筆頭家老の鼻を明かし、自らの真の力を解き放つ刻は、刻一刻と近づいていた。




