第42話 暗躍する影と秘密の産業革命
古渡城で執り行われた重臣会議の一部始終は、すぐさま平手政秀の手によって俺のもとへと伝えられた。
「……なるほどな。林秀貞と柴田勝家にまんまと一杯食わされたという訳か。実の母である土田御前が、実子の弟・信行を織田家の跡継ぎに据えたいがために、秀貞や勝家と裏で手を組んで俺を排除しようとしているのだろう」
俺が静かに己の推察を口にすると、政秀は困惑したように目を丸くした。
「吉法師様……いくら何でも考えすぎではございませぬか? 土田御前様がそのような陰謀を企てられるなど……」
実の母親が我が子を蹴落とそうなどとは到底信じたくないのか、政秀は土田御前の裏の顔に気づいていないようだった。
「いいえ。吉法師様の仰る通りでしょうな」
部屋の隅に座していた快川紹喜が、深く静かな声で俺の意見に同意した。
ここ那古野城の一室には、俺、平手政秀、そして俺の師であり知恵袋でもある沢彦宗恩、快川紹喜、さらには育ての母である養徳院の五名が集まっていた。
この激動の織田家において、俺が心の底から信頼を置き、ドロドロとした政争について腹を割って相談できる唯一の真の側近たちだ。
「政秀様は少々お人好しが過ぎますぞ。権力闘争の渦中において、人を疑うことを覚えねば吉法師様をお守りすることなどできませぬ」
沢彦宗恩が厳しい眼差しで政秀を諌めた。
「吉法師様……直子さんの件、本当にごめんなさいね。私のお供の者たちには固く口止めをしていたのだけれど……」
養徳院が胸を痛めた様子で悲しげな顔を浮かべ、俺の両手をキュッと握りしめてきた。
「養徳院様のせいではありませんよ。あのお供の中に、林秀貞の手先が紛れ込んでいたのでしょう。気になさらないでください。俺のほうこそ迂闊でした。城下町に入った時点で直子に服を着せてから城に連れてくれば良かったのです」
俺は優しく養徳院の肩を撫で、安心させるように微笑みかけた。
「くっ……私が古渡城で堂々と反論できていれば……! 吉法師様が『大うつけ者』などという誹謗中傷、到底容認できるものではないのに……!」
悔しさに唇をかみ締め、平手政秀が激しく顔を伏せる。
「済んだことを悔やんでも仕方がない。爺や、これからどう巻き返していくかを考えよう」
俺は前向きに言葉を切り替えた。
「吉法師様、それで具体的にはいかがなさるおつもりで? 何らかの具体的な手を打たねば、このままでは『大うつけ者』の汚名が一人歩きしてしまいますぞ」
沢彦宗恩が俺の真意を探るようにじっと見つめてくる。
彼は俺の思考力を養うため、安易に答えを出さず、まず俺自身に策を提示させる教育方針をとっているのだ。
「政秀、志賀城におれの家臣たちを一時的に住まわせてもらいたい。そして当面の間、那古野城周辺の街道でのモンスター狩りを完全に停止する。おれたちが狩りをやめれば、街道の安全は一気に脅かされる。その時になって初めて、林秀貞はおれたちがいかに治安維持と流通に貢献していたかを身をもって痛感することになるはずだ」
「なるほど……! 自らの愚かさを悟らせるわけですね」
政秀は納得の表情を浮かべたものの、何やら考え込んでいる様子だった。
「それから政秀、お前が懇意にしている信頼できる商人を紹介してほしい。これまでダンジョンや街道で狩ったモンスターの素材を売却すれば、家臣たちの俸給くらいは軽く賄えるはずだ」
「吉法師様、家臣の方々の俸給くらいであれば、この政秀の全財産を投げ打ってでもお支払いいたします!」
政秀が即座にそう買って出た。相変わらずこの爺やは、俺のためにどこまでも愚直で優しい。
「気持ちは嬉しいが、それでは根本的な解決にならないんだ。商人には単なる素材の売却だけでなく、今後の本格的な取引のパイプ役をお願いしたい。モンスターの狩りはこれからも継続するし、モンスターの糸から織り上げた最高級の布や、蜂たちが集めた激レアな蜂蜜など、これから尾張の名物となる新たなる特産品を売り出していきたいのだよ」
アラクネの直子と配下の蜘蛛たちに確認したところ、モンスターの素材から強力な防具や衣類を作ることは十分に可能だという。まずは身内の家臣たち全員に最高スペックの防具を行き渡らせ、余剰分を商人経由で莫大な利益に変える予定だ。
「……見事ですな。言葉の議論で張り合うのではなく、圧倒的な『実績』と『財力』を突きつけることで信秀様の絶対的な信頼を勝ち取る……まさに王道と言えましょう」
沢彦宗恩が深く頷き、感心したように目を細めた。
林秀貞の反発を見て、俺は城下町や城内で直接モンスターを飼育・運用する計画を一度撤回していた。保守的なこの時代の人間にとって、化け物が身近にいるという事実は恐怖と拒絶反応しか生まないからだ。
そこで俺は、ダンジョンの最下層をアリのモンスターたちに命じて拡張させ、そこに完全密閉された秘密の『地下巨大工場』を建設した。
そこで芋虫や蜘蛛のモンスターから大量の極上シルク糸を採集し、機織りまで一括して行う体制を整えたのだ。
機織りは世話役の直子一人では手が足りないが、驚いたことにタランチュラ系のモンスターは非常に手先が器用だった。直子の巧みな指揮のもと、巨大な脚を器用に動かして高速で機織りをこなせるようになったのだ。機織り機は、素材の売却益を使って城下から大量に買い占め、地下工場へと運び込んである。
異世界技術を駆使した、前代未聞の地下家内制手工業の完成だ。
さらに、養蜂用のキラービーたちは近隣の深い森に放ち、危険な魔導花の花蜜を集めさせている。その護衛と天敵排除には、凶暴なスズメバチや大型のトンボモンスターを配備し、完全な空中警戒網を敷かせた。
「それから政秀、腕の立つ鍛冶師も紹介してほしい。俺はこの尾張の地で、自前の鉄砲を量産したいのだ」
先日、滝川一益が根来から伝説の狙撃手・杉谷善住坊をスカウトして連れてきてくれた。
善住坊は鉄砲の分解・整備や鍛冶技術にも精通しているが、彼自身の本質はあくまで超一流の射撃手だ。一益をもってしても、根来や雑賀の技術を独占する職人たちを尾張に引き抜いてくることまでは叶わなかった。
(いずれ近いうちに、俺自身が根来や雑賀の里へ直接乗り込んで、鉄砲鍛冶の職人たちと直接交渉する必要があるかもしれないな……)
「承知いたしました! 吉法師様のご期待に応えるべく、領内から腕の立つ若き鍛冶師たちを極秘裏にかき集めてまいります!」
政秀は力強く胸を叩き、深々と頭を下げるのだった。




