第41話 大うつけの烙印と古渡城の陰謀
俺が召し抱えた、歴史に名を残すほどの優秀な家臣たち。それを頭から「破落戸」呼ばわりした林秀貞に対し、俺の中で怒りがぐつぐつと煮え立っていく。
「秀貞! 彼らはみな、ひとかどの凄まじい武芸と異能を持つ者たちだぞ! 言葉を慎め!」
すかさず平手政秀が助け舟を出してくれた。息子の久秀や汎秀から、彼らがダンジョンでどれほど圧倒的な力を発揮しているかを聞いているからこその発言だ。
だが、秀貞は冷ややかな鼻笑いをひとつ漏らし、首を横に振る。
「いいえ、武士としての品性、そして主君に対する絶対的な忠誠心に欠けておりますな。城内におりましても、彼らが敬意を払うのは吉法師様ただお一人。戦場で我ら家老の配下に配属された際、勝手気ままな単独行動を取られたら、軍の統制が崩れてたまったものではございませぬ」
(……ぐっ、言われてみれば確かにそういう面もないわけではない。佐々木小次郎も慶次も、組織の枠に収まるタイプじゃないからな。礼儀作法くらいは叩き込んでおくか……)
俺が少し返答に窮していると、秀貞はここぞとばかりに畳みかけてきた。
「それに加え、吉法師様は毎日朝から晩まで城を不在にされ、どこで何をされているのか皆目見当もつきませぬ」
(そりゃあ、俺が一緒にパーティーを組まないとレベル上げの効率が落ちるからな。仲間を率いてダンジョンや近隣の強力なモンスターを狩りに行っているんだが……林秀貞には話していないからな)
「挙句の果てには、まだお若い身でありながら、どこからか怪しげな女を二人も城内に招き入れるとは! 吉法師様、ご自身の年齢と立場をお考えくだされ! しかもそのうちの一人は、あろうことか全裸にマント一枚という惨状だったと聞いております! 一体なんたる破廉恥な痴態! 天下の織田家の嫡男として、恥ずかしくはないのですか!」
(あうっ……帰蝶と直子の件は、客観的に見たら完全にぐうの音も出ない言い訳不能な案件だ……!)
俺が言葉を詰まらせていると、秀貞は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、さらに追撃の言葉を放った。
「この惨状をお聞きになれば、信秀様も、そして実の母上であられる土田御前様も、さぞや嘆き悲しまれることでしょう。この件は私から直々に、信秀様と土田御前様へ詳細にご報告させていただきます。吉法師様、もっと己を厳しく律しなされ!」
その瞬間、俺の胸の中で何かがプチッと弾けた。
実の母親でありながら、俺を気味悪がって一度も抱きしめてくれたことすらない土田御前の名前を出された途端、激しい怒りが頭に血を上らせたのだ。
「秀貞ぁっ!! お前は一体、誰の家臣だ!!」
俺の咆哮が、評定の間に激しく響き渡る。
「お前は俺の家臣であろうが! 父上へのご報告ならまだしも、土田御前は何の関係があるのだ! お前は土田御前の家臣とでも言うつもりか!? もしそうであるならば、お前がこの那古野城に居座る必要などどこにもないぞ!!」
喉元まで出かかった「今すぐここから出ていけ!」という言葉を、俺は危機一髪のところで必死に飲み込んだ。
それを口にすれば、筆頭家老である林秀貞との関係は完全決裂だ。歴史上、彼は将来的に織田信長の重臣として活躍する重要人物でもある。今ここで追放するわけにはいかない。
「……くっ、大変言い過ぎました。失礼いたしました」
俺の凄まじい眼光と怒気に圧されたのか、林秀貞は悔しそうに顔を歪めながら、深々と頭を下げた。
胸の中に重苦しいモヤモヤを残したまま、会議は最悪の空気で幕を閉じたのだった。
それから数日後。織田信秀の本拠地である『古渡城』の大広間にて。
当主・織田信秀をはじめ、織田一族の長老衆、そして直臣の有力武将たちが一堂に会し、軍議が行われていた。厳しい議題が終わると、場は和み、各所で雑談や世間話が始まり出す。
そんな折、上座に座る信秀が、不意に林秀貞へ視線を向けた。
「秀貞。那古野の様子はどうだ? 吉法師の近況を教えてくれ」
信秀の問いかけに対し、林秀貞は待ってましたとばかりに一歩前へ進み出ると、大広間全体に響き渡る大声で言い放った。
「信秀様……! 吉法師様は、あまりに救いがたい『大うつけ者』にございます!」
その一言に、大広間の空気が凍りついた。一瞬にして雑音が消え去り、居並ぶ重臣たちが息をのんで耳を傾ける。
「し、秀貞殿! 人聞きの悪いことを言うな! そのようなことは決してございませぬ!」
同席していた平手政秀が慌てて否定しようとしたが、信秀は静かに手を挙げて政秀を制した。
「……詳しく聞こう」
信秀の重々しい促しを受け、林秀貞は冷酷な笑みを浮かべながら続きを語り始めた。
「吉法師様は毎日、朝から晩まで身分卑しい破落戸どもを従えて城下を連れ歩き、まともな剣術の稽古もせず、ただただ遊び呆けておられます」
「ふむ……」
「さらに先日は、全裸のおなごを城内に連れ込むという、前代未聞の奇行に及びました!」
「まあ! なんて破廉恥で品性の欠けた子なのでしょう!」
信秀の傍らに座していた土田御前が、扇子で口元を覆いながら嫌悪感を剥き出しにして叫んだ。
「さらにさらに! 化け物であるモンスターを城内で飼い慣らし、その糸で服を作って売り捌くなどと、荒唐無稽で浅はかな戯れ言を大真面目に宣う始末!」
「大うつけも良いところじゃのう!」
側で話を聞いていた吉法師の大叔父にあたる織田秀敏が、嘲笑うように声を上げて叫ぶ。
「そればかりか、どこで聞きかじったのか、『楽市楽座』などという分不相応な政策を進めよと我らに命じてまいりました」
「ふむ……今、寺社仏閣や有力商人を敵に回すような愚行は断じて出来まいな」
吉法師の叔父である織田信光が、呆れたように首を振る。
「左様でございます! ゆえにこの秀貞、きっぱりとお断りいたしました!」
「……政秀、お前には何か反論がありそうだな?」
じっと耐えていた平手政秀に、信秀が問いかけた。政秀は意を決したように膝を進め、力強く訴えかける。
「はい! 吉法師様が毎日城下をお出でになるのは、決して遊んでいるわけではございませぬ! 自ら危険なモンスターを退治し、実戦を通じて剣術と魔法の腕を凄まじい勢いで磨いておられるのです!」
「がっはっはっは! モンスター狩りだと!? そんなものは町人の冒険者どもが金稼ぎにやる仕事だ! 武士の、しかも織田家の嫡男がやることでは断じてないわ!」
猛将・柴田勝家が豪快に笑い飛ばしながら割り込んできた。
「う……。しかし秀貞が申しております破落戸たちも、みな尋常ならざる武芸の達人ばかりでございます!」
「ハッ! 家柄も知れぬ百姓や、片目の潰れた怪しい男、粗暴な暴漢、碌に口も利けぬ無礼者、見栄えばかりを気にする傾奇者、さらには信秀様を言葉巧みに謀ろうとしたインチキ幻術師まで! 武士らしからぬ者たちの集まり! これを破落戸と言わずして、一体何と言いましょうか!」
林秀貞が容赦なく政秀の言葉を叩き潰す。
「がっはっは! 話を聞けば聞くほど、筋金入りの大うつけ者ではないか!」
柴田勝家が大声をあげて笑い転げる。
「まさに、噂に違わぬ大うつけ者にございます!」
林秀貞も勝ち誇ったように追従した。
「……もうよい!!」
突如、信秀の腹の底から響くような喝破が、広間の嘲笑を物理的に吹き飛ばした。
「我ら武士の本分は、戦における勝利よ。多少の奇行があろうとも、圧倒的な『戦闘スキル』と武力さえあれば戦で役に立つ。……元服の時まで、その能力を見極めるべく様子を見ることにする。それまで、もう吉法師のうつけ話は一切届けるな!」
絶対的な当主・信秀の一言により、古渡城での会議は重苦しい余韻を残したまま強制終了となったのだった。




