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5、素直になれなくて

幸せなほど辛くなる事ってないっすかね?

僕はいつもです。

 休日。曇天の空模様の中、バスに揺られて病院へと辿り着く。窓口で熱を測り、面会証を受け取って16回の特別室へと向かう。


 ここ、最上階のVIPルーム、入院費は一日で30万円以上するらしい。我が家の家計では考えられない生活だ。


「まぁ自分で稼いだ金だし良いんじゃないかな。やってらんねぇとは思うけどね」


 こんな感じで、父さんは呆れていたが。


「失礼します」

「おお、桜子……!」


 ノックをして入った部屋の中は、まるで高級ホテルそのものだ。どうして入院するのに客間が必要なのだろうか。商談とかあるのかな?


「よく来たなぁ桜子! 何か飲むか?」

「大丈夫ですわ。お爺様……お加減はいかがですか?」


 お爺様の病気は重い。手術をしても、治る確率は半々らしい。その割には元気そうに見えるが。


「桜子、お爺ちゃんと呼んでくれと言ってるじゃないか……そんな他人行儀に……」


「まさか、大切なお爺様ですわ。あっ、これお見舞いのゼリーです。そんな高いものじゃあ無いのですが……」


「お前がくれるなら、地球で一番の高級品さ。ところでビワかい?」


「もちろん、ビワです」


「うぅ〜ん、宇宙で一番に変更だ」


「ふふっ」


 父さん曰く、昔は融通が効かない超がつく程頑固者で、常に厳しく怒鳴りつけるような感じだったらしいが、私には全く想像がつかない。ユーモアの塊のようなフランクお爺ちゃんだ。


「どうだね最近は? 柚葉も元気かい?」


「元気過ぎますわ……最近は……」


「ん?」


 ここに来て、実は相談する気も失せていた。正直、もうどうしようも無いだろうし。そもそも考えてみれば、祖父に色恋沙汰なんて恥ずかしくて言えるわけがない。


「いや、いやいやいや、いやこれは……ハッハッハ! やはりお前は私の孫娘だ」


「お爺様? 」


「桜子、時間はあるかな?」


「ええ、もちろん」


「なら、少し昔話をしよう」


 昔話……どうして突然?


「あれは……30年前程前の事だ。私は圭介と……君の父さんと酷い喧嘩をしてね。そうしてアイツは家を出ていった」

 

「え? 家出したんですか?」


 これは、聞いた事が無かった。父は昔の話をあまりしないので、妹も私も聞かなかったのもある。どうして


「そう、あの時の私は頑固者でね。どうしても私の言うことを聞かない息子を許せなかった。そして、勘当した」


「でも、父さんは大学まで出てますよ? まさか、自力で?」


「そうだ。アイツは親戚を保証人にして、学費は全面免除で大学へ行った。驚いたよ、そこまでの根性があるとは思ってもなかった」


 いつも笑っているだけの父さんが、そんなに努力家だったなんて思いもしなかった。母さんにゲンコツされたり、妹にイタズラされたりで。


「まさか、そんな事があったなんて……父さん、自慢話になるだろうに」


「アイツは昔からそうなんだ。自分を出すのが下手くそでね……まぁ、他人事では無いが。それにだ、私の跡を継げば苦労などしなかったはずなのに。だがアイツは自分のやりたい事を通した。結局、私に人を観る目などなかったのだよ」


「そんな……」


「桜子、私はね、とんでもない愚か者だったんだよ。自分に素直になれず、言い訳ばかりして、そして愛してくれる人まで遠ざけて。ずっと、そんな自分が大嫌いだった」


 まるで、言葉で殴られたかのような衝撃だ。


 お爺様の語る話は、まるで自分の話を聞いているかのようだ。だけどやっぱり、今のお爺様を見ていると想像がつかない。


「――――私と初めてあった時を、覚えているかい?」


「ええ、何となく……」


 あの時、見たことも無いような豪邸に連れられて、てっきり遊園地に来たようなワクワク感があったような。初めて見たお爺様は笑っていて……。


「今でもハッキリと覚えている。あれは13年前、君が三才、柚葉が二歳の時だ。突然、圭介が家に来て、初めて君達を連れてきた。私はね、調べて知ってはいたが、その時初めて君達を見たんだ」


「あの時、お爺様は笑っていて、そして泣いていました」


 そうだ。あの時お爺様は泣いていた。笑ったり泣いたり忙しい人だと思ったものだ。面白い人だと思ったものだ。


「まるで、氷が溶けた様な気がしたよ。自分の愚かさと後悔が、君達を見た瞬間吹き飛んだんだ」


「ずっと、息子の事が心配だった。紗子から話を聞くたびに、人伝で息子の話を聞く度に、会いたくて仕方が無かったんだ。そして、素直になれなかったせいで、人生で一番大切な時間を失った」


「人生で、一番大切な時? 」


「君達が産まれて、そしてすくすくと育って……私はね、私の頑固さのせいで、見る事が出来なかったんだよ。罰が当たったのさ。どんなに金を稼いでも、地位が上がっても、時間は戻らない」


 お爺様は、話をしながら泣いていた。お爺様が泣いている姿を見るのはこれで二度目だ。今まで忘れていた。お爺様は完璧な人だと思っていたからだ。


「お前は……目を見れば分かる。まるで昔の自分を見ているようだ。いいかい桜子、忘れるな。自分に素直になりなさい。自分を愛してくれる人を愛しなさい。そして、信じてくれる人を裏切っちゃダメだ」


 わからないんじゃない。全部わかってた。言い訳ばかりして相手を避けて、愛されれば愛される程、不安になって。


 拒絶するのは、期待すればする程、裏切られた時に悲しくなるから。自分は、なんて面倒な人間なのだろう。


「お爺様、私、私! ありがとうございます……!」


「恋かい?」


「恋です!」


「ところで桜子」


「何でしょう?」


「相手は誰だい? 名前をね。是非とも挨拶をね。ほら、うちの若いのに」


 あっヤバい、あの子殺される。


「ありがとうございました! 失礼します! お、お爺ちゃん! 」


「行ってこい桜子!」


「はいっ!」


 私は、私に嘘をついていた。

 自分で選んだ人しか信じず、素直になれなくて。お爺様の言う通りだ。これじゃあ、大切なものを失ってしまう。


 本当は、楽しかった。


 好きって言われて嬉しかった。


 だから伝えよう。


 彼に、今すぐに。


 だけど、彼はアドレスも変えていて。

 家の場所も、電話番号もわからない。

 私は、彼の事を何も分かっていなかった。


 明日謝ろう。そして、伝えよう。


 バスに揺れながら帰路に着く。


 灰色の雲はどこかへと流れていき、空は青く澄み渡っていた。

楽しい旅行の帰りがいつも辛い

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