4、私は私が大嫌い
恋は錯乱、愛は狂乱。
正直、新鮮だった。
初めて乗った人力車は思ったよりも速くて、風の中を駆け抜ける感覚や、面白おかしい街のエピソード、見かけが悪いと思っていたスカイツリーの絶景ポイントもとても素敵で。確かに、乾君の言う通りだった。
彼には悪いが、全く期待なんてしていなかった。今日も退屈な日になると思っていた。でも実際は凄く楽しかった。むしろ、楽しそうな彼を見てると何故だかこっちまで楽しくなっていた。
なのに、楽しければ楽しくなるほど不安も増えて行く。それが何故かは分からないけれど。それにしても何故、彼はここまでしてくれるのだろうか。
ランチでお好み焼きを食べて、その後電車に乗り、スカイツリーまで行く。
変わった店が多いモールを歩きながら、乾君と歩く。真上に見えるタワーは、写真で見るのとは違いなんだか迫力がある。
「うわしょっぱい!」
「ははっ、そりゃそうですよ、塩ですよ塩」
「ふふっ、そうよね」
お塩の専門店で試食をしてみたり、食品サンプルのお店を覗いて見たり。
「かんざしなんてオシャレねぇ〜、でもちょっと私には似合わないわね」
「素敵ですよ」
「やかましい」
そんな事をいいつつ、水族館で漂うクラゲをボケっとみたり。静かで青い空間を堪能したり。
青い空間を観ていると、色々考えてしまう。彼は私のどこが好きなのだろうか。私の持っているものは何なのだろうか。
本当に分からない。彼は思ったよりも素敵な人だ。でもその分、不安になる。知れば知るほど、彼がわからない。
「桜子さん? つまらなかったですか?」
「えっ? いや、そんなことないわ。こういうのも好きよ」
「それはなにより! でもそろそろ行きましょうか。メインですよ、メイン」
思ったよりも速いタワーのエレベーターに驚きつつ、展望台へと到着する。周りに広がるのは、飛行機以外では見たことの無い景色。
「うわぁやっぱり、凄い高さね……」
「透明な床ありますよ? 高いところ大丈夫です? 」
「余裕! 行くわよ!」
ビビる乾君を引っ張って透明な床の上ではしゃいでみたり、お土産でグッズを買ったり。どうしてこんなに楽しいんだろう。一人なら、絶対に来なかっただろうなぁ。
「桜子さん」
「ん? 」
「これ、良かったら……」
乾君が渡してきたのは、さっき、お店で付けてみた簪だ。いつの間に買ったのやら……。
「――――その、どうも」
彼の笑う姿はよく見るが、こんなに嬉しそうなのは初めてかもしれない。夕焼け色に染まる街の景色。知っている色なのに、全く知らない世界。
楽しければ楽しいほど、終わりが不安になる。彼に申し訳なくなってくる。
そうして、あっという間に時間が過ぎる。まさか、こんなに楽しくなるとは思わなかった。帰りの電車で今日の出来事を話しつつ、地元の駅に戻る。
残念だけど、門限が八時なので夜景は観られない。
「今日は付き合ってくれてありがとうございました。本当に」
「――――意外と、楽しかったわ」
嘘だ。本当はすごく楽しかった。
「乾君……」
「なんです?」
ずっと聞きたかった言葉。今まで聞きたくても聞けなかった疑問。
「どうして、そんなに親切にしてくれるの?」
「桜子さんが、好きだからです」
真っ直ぐと私の顔を見つめながら、ニコリと笑う乾君。どうして、そんなに迷わずハッキリと言えるのだろうか。私には分からない。
「ねぇ……私のどこが好きなの?」
「全部です」
全部……全部って、なんなんだろう。彼は私のどこを見ているのだろう。分からない。
「なら、私が死ねと言ったら死ぬの?」
「怖いですが、喜んで」
なぜ、迷いもなく言えるのだろう。
口だけならどうとでも言える。私の持っている物なんて、ねじ曲がった性格と結城家の名前だけ。
――――結城家の……名前?
まさか、いや、彼はそんな人じゃ……でも、私の良い面なんてそれくらいしか無い。
「僕は、桜子さんが好きです」
「口だけでしょ?」
私は、何を言っているのだろうか。
「信用出来ないのよ。好きなんて言われても。家の事もあるし」
「家なんて関係ないです。僕は、桜子さんと出会って、桜子さんと話して、その時気が付いたんです。もしかして、これが僕の全てなんじゃないかって」
「たった、それだけで?」
「恋って、そういうものじゃないですか?」
なぜ、こんな事を言ってくれるのだろうか。
「私は……ゴメンだけど、無理よ、私には無理。本当に、ゴメンなさい」
どうして、こんな私を好きでいてくれるのか。私の事は、私ですら嫌いなのに。
「――――そっか、それが桜子さんの答えなら。分かりました。でも忘れないで。僕は貴方のことが好きです」
どうしてそんなに真っ直ぐで居られるの?
どうしてそんなに迷わないでいられるの?
どうして?
分からない。私には、分からない。
「ディナーの気分じゃあ無いですよね。もう門限に近いですし……帰りましょう。送ります」
「――――ええ」
暗い中、乾君に送って貰い家に着く。帰りは殆ど無言になってしまった。
「明日からは、いつも通りです。もう迷惑はかけません。ありがうございました」
「――――それはっ!」
そうして、最高の日は、最悪の日に変わる。こんなにも良くして貰ったのに。どうして私はこうなのだろうか。どうして、あんな事を言ってしまったのか。
乾君は最後まで笑っていた。私なら、きっと泣いてしまうだろうに。でもきっと彼も……。
その日以来、乾君は朝と帰りの挨拶以外、殆ど私に話しかけなくなっていた。
「おはよう」
「また明日」
この二言だけ。どうして私はあんな事を言ってしまったのだろうか。なぜ彼を傷つけてしまったのだろうか。私は私が大嫌いだ。
「お姉ぇ、デートしてから暗いね。そんなに嫌な奴だった……わけじゃないわよね。ずっとそれ見てるし」
「意外と……ううん、凄く楽しかった」
「付き合うの?」
「――――振ったわ」
「ならなんでそれ見てるの」
「怖かったのよ……私が嫌いって言っても、嫌がらせしても好きって……どこが好きなのよ……私のどこが……わからないのよ」
どうして言えないのだろう。
妹には、素直に言えるのに。
「パパが言ってたけど、人って知らない事に怖がるんですって。そのひと、お姉ぇの事大好きなんだろうねぇ」
「そんなこと……」
そして、数日が経つ。
あんな事を言った手前、私からは話しかけ辛い。彼も、前より話しかけてはくれない。当たり前の事だ。
「乾君……この間の……」
「桜子さん。大丈夫です。気にしてませんから」
「その……そう……」
無理だ。
「乾君、その……新しく喫茶店が出来たんですって……」
「桜子さん。気を使ってくれなくても良いんです。ありがとう。じゃあ、また明日」
もう、無理だ。
「ねぇ、どうしたの桜子。なんか、乾君とその……距離感おかしくない? 」
「ぜーんぶ、私が悪いのよ」
「でしょうね」
「――――まぁそうなんだけど」
「そんなに困ってるなら、おじいちゃんに話してみれば? 凄い人って聞いたけど」
お爺様に?
確かに、お爺様ならこういう状況に慣れてるかもしれない。お手上げだ。私にはもう何も出来ない。
「由香、いつもありがと」
「いつもこうだといいのに……どういたしまして」
高校生の時、ごちゃごちゃ考えてたな〜ってね。




