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最終話 素直になれたから

あれこれ考えるより、自分に素直なのが一番ですね。

「乾君、話があるの。ここじゃあれだから、新しく出来た喫茶店で。ちょっと用事があるから、出来れば5時くらい」


「――――わかりました。僕も用事があるので……待ってます。傘、ありますか? 今日はけっこう降るそうなので」


「大丈夫よ……また後でね……その、ありがとう」


「ええ……また後で」


 いつもより、時計の進みが遅いような気がしつつも、やっと放課後になる。下駄箱を抜けると、空には灰色の雲が浮かんでいるようだ。最近は雨が多い。


 お爺様の話を聞いてから、色々な事を考えた。素直になることは、私には難しい。


優しくされれば優しくされるほど辛くなる。私には、そんな価値なんてないから。結局はそう、だからこそ拒絶してたんだ。


 初めから拒絶すれば楽だった。拒絶すれば、誰も近寄って来ないから。それなのに乾君は、どんどんと真っ直ぐに自分をぶつけてきて。でも、今は分かる。悪い所も、自分なんだって。


 素直な私は、何がしたいの?


「伝えたい」


 校門を抜け出し目的地に向かう。


 本当は、用事なんて無い。一緒に行けば良いだけの事だ。でも、落ち着いてゆっくりと話したい。


 きちんと謝って、そして気持ちを伝えなくちゃならない。そういうケジメは付けなきゃいけない。私はもう、迷わない。


 路上を歩いていると、肩が濡れている事に気がつく。上を見あげれば、大きな雨粒が頬を伝う。どうやら降り始めてきたらしい。路上を歩く人達が、一斉に傘を開き出す。


 自分の透明傘を差して、雨の当たる音を聞く。


 一体、いつからこんな気分になったのだろうか。最初は勘違い野郎としか思ってなかったのに。どうして雨の音を聞いただけで、こんなに寂しくなるんだろう。


 横断歩道の音が鳴る。


 ふと気がつくと、もう喫茶店の近くに立っていた。考え事をしていると、あっという間に喫茶店に着く。授業中はあんなに時間の進みが遅かったのに。


「桜子さんっ!戻って! 戻れぇぇ!」


 横断歩道を渡ると、自分を呼ぶ声がする。


 その時、その声の言う事を聞いていればよかったんだ。


 突然名前を呼んでくれたその声。内容なんてどうでもよかった。ただ、心が飛び跳ねたような気がして。


 突然、白くて大きな影が視界の横に映り込む。信号は、青だった筈なのに。


 その瞬間、驚く位の衝撃が身体を襲い、手から傘が離れていく。何が起きたのか全く分からない、確かに、誰かに押されたようなそんな感覚。


 でも、その感覚は間違いなんかじゃなかった。見返すと、私が居た筈の場所に、いつもの様に笑顔でこちらを見る乾君がいた。


 きっと、一秒も無かったかもしれない。そんな一瞬の、永遠のようにゆっくりと動く不思議な時間。


 次の瞬間、乾君が浮かぶ。まるで、重さなんて無いように。


 頭が真っ白になる。何が起きたのか分からない。ゆっくりと動いていた時間が、急速に勢いを取り戻す。


「信号無視だ! 突っ込んできやがった!」


「ああ、男の子が!」


 え?


 轢かれた?


 乾君が?


 私を庇って?


 え……? 嘘よね?


「あ、ああ、そんな!そんな!救急車!」


 慌ててスマートフォンを取り出すが、手が震えてボタンが押せない。人が死ぬかもしれない、本物の恐怖。


「誰か……誰か助けてぇぇ!死んじゃう! 乾君が!」


「君!しっかりするんだ!男の子の気道確保して、その後は動かさないで! 出来るね?顎を上げて、姿勢を横にして、さぁやるんだ! 僕が今呼ぶ!そこの君、彼女手伝ってあげて! 助けを呼ぶから待ってなさい!おいはやくかかれ!もしもし!」


「はっはい!」


 おじさんに言われた通り、真っ白な頭を無理やり動かして、うつ伏せになった乾君を横にして気道確保の姿勢にする。かなり前に授業で習ったはずなのに。


「あぁ、桜子……さん、大丈夫だった……そうか……」


「乾君!? 意識がある……! 今助けが来るから! 今くるから!」


「僕……頑張れました……桜子さんがいて……」


「――――あの言葉、嘘だったの……私、私あなたに謝りたかったくて……私なんかが愛されるなんて怖くて……乾君……! 乾君……に伝えたくて、あなたに伝えたくて!ごめんなさい……ゴメンなさい……」


「――――大好きです、桜子さん……」


 ずるい。


 どうして、こんな時にそんな事を言うのだろうか。どうしてこうなってまで、そんな事が言えるのだろうか。


『家なんて関係ないです。僕は、桜子さんと出会って、桜子さんと話して、その時気が付いたんです。もしかして、これが僕の全てなんじゃないかって』


 そうか、この人は…………。


「ええ、私も好き、私もあなたが大好き……大好きなの……! 」


「――――そっかぁ、それは……良かった……なぁ……」


 私の顔に伸びていた真っ赤な手が、糸の切れたマリオネットのように、頬を伝ってパシャリと赤い水溜まりに落ちる。


「あっ……嫌……嫌あぁ、嫌あぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

「人工呼吸! 取り敢えずAEDも!」


「来たぞ救急車だ!」


 降り始めた雨は、やがて土砂降りになる。私の代わりに、空が泣いているかのように。


 ◇◇◇


「へぇ、そんな事があったの。そりゃトラウマになっちゃうね」


「そうよ。未だに目から離れないわよ」

「目が離せないじゃなくて?」


「やかましい」


 白いガーデニングテーブルでお茶を飲む女の子は、お菓子をつまみつつ興味津々な顔を隠さず話を聞いている。


「それが出会い?」


「そうよ。初めはすごく面倒だったわ」


「面倒だったのはママの方じゃない……? っていうかひいおじいちゃんそんな感じだったんだ。今も甘々なのにね」


「ふふっ、そうね」


 休日の昼下がり。テラスでお茶を楽しみながら会話する。


「でも、見直したわ」


「誰を?」


「そりゃパパよ。だからあんな大きな傷があったのね。さすがだわ」


 ――――これは絶対、私に似たんじゃない。何故だかドヤ顔でこちらを見る娘を見ながら、そんな事を考える。


 薬指のリングが、太陽の光にキラリと反射する。


「ママ、パパの事大好きだもんね」


「パパがママにベタ惚れなの」


「んん〜? ママは?」


「そりゃ愛……そろそろご飯よ」


「桜子、楓、パスタ出来たぞ〜」


 はしゃぐ楓を強く抱き締めて、今を噛み締める。私はもう、迷わない。私は、素直になれたから。


「あなた」


「ん?」


「愛してる」

読んで下さり、誠にありがとうございました。


因みに前半とっちらかってるのは僕の脳みそがとっちらかってるからです。仕方が無い。

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