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勢ぞろい

 ミカゲは誰にも邪魔されず王立魔術学院へと走ることができた。

 キングの屋敷への総攻撃が行われているとはいえ、ミカゲに対する敵の干渉がないのは奇妙なことであった。


 シッコク地区を出てから、ミカゲを導くような不可思議な気配があった。

 初めは細い糸のような頼りないものだった。


 ミカゲはすがるように、その糸をたぐった。

 ミドリ地区からハクキン地区へ。

 その導きに従ったせいなのか。

 ミカゲは学院へ、驚くほど早く到着した。


 学院に近づくほど、その不可思議な気配は強く明確になった。




 おいで。ここにおいで。




 もはや気配などではない。

 もっとはっきりとした、それは呼びかけであった。



 学院は封鎖されていた。

 しかし、ミカゲを妨げるものは何一つなかった。


 ミカゲは、学院の壁に吸い込まれたのだ。


 壁と見せかけたホログラムであったかのように、ミカゲは壁をすり抜けた。

 ミカゲはそれを疑問にも思わなかった。



 呼ばれているからだ。

 他の招かれざる者たちとは違うからだ。



 ミカゲの思考はもはや正常とは言い難い状態にあった。

 そのことに当の本人は気づいてはいなかった。

 キングとヒルダを目指してここに来たはずなのだが、そんな意識はすでになかった。





 ミカゲが学院に入ると、黄土色の空気が沸き立った。

 ミカゲはその歓迎の空気を肌で感じた。

 ミカゲの胸はざわめいた。



「待っていた」



 整った顔の男が現れた。

 Tシャツにチェックのシャツを重ね着し、ジーンズをはいた姿は、普通の学生のように見えた。

 少し硬そうな黒髪は、前髪を少し長めに残し、後はきれいに整えられていて清潔感があった。


 男はミカゲをまっすぐに見て、水色の瞳を潤ませた。


「私の名はイセ」


 イセはミカゲの前に歩み寄った。

 ミカゲはイセを見上げた。


 イセの瞳から一滴、涙が落ちた。

 その瞳に宿る想いは、ミカゲの心を温めた。

 



「あなたの存在を感じてから、あなたに会いたくてたまらなかった。よく来てくれた」




 イセが深い声で言った。

 決して軽い想いではないのだとミカゲには分かった。


 ミカゲは震えた。 

 イセの想いは、間違いなくミカゲに向けられたものだ。

 他の誰かではない。ミカゲに対してである。


 イセの目が、声が、全身が伝えてくる。

 イセがどれほどミカゲを求めているのかを。





 必要とされている。





 それは、ミカゲが欲しくて仕方がなかったものだ。

 ここに来たのは、間違いではなかったと思えた。

 ミカゲの目からも涙がこぼれ落ちた。



 イセは想いのこもった声で呼びかけた。


「あなたの名前は」

「ミカゲ」

「ミカゲ、私の愛に応えてくれないか」


 ミカゲは泣きながら、イセに言った。


「俺でいいの?」

「ミカゲがいい。ミカゲが一番きれいだ。ああ。なんて美しいんだ」

「イセは俺といて、いいことあるの?」

「私の魂は歓喜で震えている。ミカゲの傷が私の傷と共鳴するのだ」

「イセは俺を傷つけない?」

「何からもミカゲを守ってみせよう」

「本当に、俺でいいの?」

「何度も言おう。ミカゲがいい。ミカゲを愛している」



 ミカゲの中に小さな爆発があった。

 うれしくてたまらなかった。


 ミカゲの心はボロボロに傷ついていた。

 今のミカゲにとって、イセの愛は、天から与えられた救いのようであった。



 ミカゲは涙を流しながら、小さく頷いた。


「イセ、イセ、俺を連れてって」

「ミカゲ、私のミカゲ。どこまでも、ともに行こう」


 イセは、肯定の返事を受けて、すぐさまミカゲを抱き上げた。

 小柄なミカゲをイセは軽々と片腕で抱いて、口づけた。





 初めてのキスは、ミカゲの全部を快楽で染め上げた。





 ミカゲは必死に呼吸した。

 甘くて悲しくて気持ち良くて、わずかに残っていた意識さえ吹き飛んだ。


 ミカゲの吐息ごと、イセは飲み込み、かき回した。

 ミカゲは膨らむ快楽にのまれ、体中がはち切れそうになった。

 悲しみも苦しみも痛みもすべて、快楽に溶けた。




「ああ。たまらない。興奮する。黒い力よ。ミカゲ、もっと気持ちよくしてあげる。ミカゲの望むものをあげよう」




 イセはミカゲをひしと抱きしめ、宙に浮いた。

 ミカゲはとろける心地でイセに身を任せた。


 イセが呪文を唱えた。

 二人の姿は宙でかき消えた。






 薄曇りの暗さは、まことの黒の黒い力をも取り込んだ。












 シッコク地区を出たキングは、ミカゲとは違い、多くの敵に狙われ続けた。

 これまでとは異なり、敵はキングの命をとりにかかってきた。

 キングは思うように進むことができず、舌打ちをした。





 キングがヒルダを王立魔術学院に投入したのは、事態のかく乱のためであった。


 ニア国にシェイドが来れば、おそらく激しい戦いが繰り広げられる。

 ミカゲをカロナギ国に逃がすためにも、その戦いを乗り切るためにも、敵の戦力を削ぐ必要があった。



 王立魔術学院の力は、先の戦いにおいて、まことの黒にとって大変目障りなものであった。

 ハクキン地区にありながら、塔を通じて、シッコク地区センターエリア0に干渉してくる。


 キングは、王立魔術学院の干渉を防ぎたかった。

 いくつかの手立てを考えた中で、最も簡単で最も強力と思われた方法が、ヒルダの投入だった。



 薄曇りの暗さは、負というべき何ものかが、どういう条件によるのか分からないが吹きだまり、形を成し、いつの間にか成長し、意思を持ち、膨らみ、爆発し、やがて鎮まるという過程をたどる。



 ヒルダの力はそれを増強し促進する。



 生まれてから長い間、人の世に留まり熟成された四ツ辻の肉屋は、非常に特殊な薄曇りの暗さであった。

 あそこまでの異変をもたらす薄曇りの暗さは、まずめったにありはしない。



 キングが見誤ったのは、四ツ辻の肉屋の経験がヒルダにもたらしていた、成長、と言うべきものであったのかもしれない。



 シッコク地区のキングの屋敷には、余計な魔力を抑制し封じる仕組みが、幾重にも張り巡らされている。

 あの中にいる限り、ヒルダは無害である。

 かつて、ギルの屋敷に滞在したヒルダの母ウミもそうして平穏に過ごした。


 そのため、ヒルダの力が今どうなっているのか、誰にも分かりはしなかった。


 

 事態をかく乱させたいというキングの目論見は成功したのだ。

 ただ、想像を超えて、ヒルダの力は膨れ上がっていた。

 その力は、どこにあったのか分からない素材をかき集め、かき回し、見事に薄曇りの暗さを発生させた。

 王立魔術学院には、素材が集まりやすい土壌があったという側面も見逃せないであろう。


 また、宵闇の青の力がそこにあったこともキングの誤算であった。

 薄曇りの暗さは、純度の高いエネルギーを好む。

 爆発力を高めるからだ。


 宵闇の青イセは、何もかもを終わらせたいという願望を長年抱いてきた。

 爆発したい薄曇りの暗さと、見事に重なり合ったのだ。





 キングは何とか敵の攻撃をかいくぐって、王立魔術学院へとたどり着いた。

 想像以上に時間がかかった。


 王立魔術学院は封鎖されていた。


 キングは、自分の仕掛けがもたらした結果を、ここで思い知った。

 自分の考えの甘さに苦い思いを味わった。 


 キングは学院に何とか侵入した。

 たくさんのタイムロスがあった。

 キングは誰よりも遅れをとって舞台に上ったのだった。










 王立魔術学院の正門前に、ひと際仰々しい装甲車が止まっていた。

 近隣住民には、バイオハザードに対処する最新の機材を搭載しているのだと説明してあった。


 その大きな装甲車のモニタールームに、ロキがいた。


 家に引きこもっているのは性に合わないとばかりに立ち上がり、とりあえず現場に来たのだ。

 これからのことは、まだ考えがまとまらなかった。


 ロキは、モニター越しに、学院の様子を見ていた。

 爪をかむことがやめられなかった。

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