合流
ミカエルの振るった短剣から緑色の輝きを帯びた衝撃波が放たれた。
それは、複数いた蜘蛛もどきの最後の一匹に命中し、頭を砕いた。
蜘蛛もどきは霞みとなって消えた。
「強いわね」
ベロニカが感心したように言った。
ミカエルは短剣を見ながら答えた。
「この魔法剣の使い方が分かってきました」
二人が話す横で、ハシマが鋭く誰何した。
「誰だ」
「こんにちは」
建物の陰から顔を覗かせたタタは、人好きのする笑顔を浮かべた。
タタは軽やかな足取りで、3人に近づいた。
タタはミカエルに声をかけた。
「久しぶり。おぼえてる? タタだけど」
ミカエルは、突然現れたタタの視線と問いかけを受け、目を丸くした。
ミカエルの中で、小柄ですばしっこい男の子の姿が浮かび上がってきた。
かつてメルトとなった時、ミカエルはシェイドと互いの記憶を共有している。
あの夜の分だけではない懐かしさがミカエルの中に湧き上がってきた。
「本当に? あのタタ?」
「おう」
「すごい。本当? 本物? 驚いた。こんなところで、こんな時に」
「おう。おめえを探しにちょっと」
「僕?」
「ミカエルの知り合いですか? 先を急ぐのですが」
ハシマが厳しい顔でタタに言った。
タタは気押されて、ペコリと頭を下げた。
ミカエルが懐かしいと感じる人間に、今ここで出会うなどおかしな話である。
状況把握をすべきではあるが、挨拶など悠長なやり取りに思えてハシマのいら立ちは募った。
ハシマにとってはフロウを助けたいと焦る気持ちの方が大きかったのだ。
ミカエルが早口で言った。
「ハシマさん、タタも薄曇りの暗さの経験者です。フロウとも面識があります」
ハシマとベロニカは表情を変えた。
ハシマはタタの話を聞くために、深呼吸をした。
タタは大急ぎで事情を説明した。
便利屋をしていること。
便利屋の店主アニヤとその妻アネモネも、共にここに来ていること。
今はたまたま別行動をしているが、合流予定であること。
全員、薄曇りの暗さは経験していること。
ミカエルの友人ユウカリからの依頼で、行方不明になったミカエルを探しにきたこと。
フロウも誰かにさらわれて、行方不明であること。
フロウの件には、何かしらまことの黒の絡みがあると、アニヤはにらんでいること。
「まことの黒。シェイド」
ミカエルのつぶやきに、タタは頷いた。
タタと話したせいなのか。
ミカエルの中で輪郭の薄れていたシェイドの姿が、黒い輝きをもって立ち上がってきた。
ミカエルにとってはなぜか、他の誰よりもシェイドの存在が現実感を伴わないものとなっていた。
今、ミカエルの中で、何かが打ち破られたかのようであった。
あれだけの経験である。
ミカエルにも何かしら心の安全装置が働いていたのかもしれない。
いまや、シェイドと溶け合った時の感触さえ思い出された。
タタに対する親しみの気持ちだけではなく、フロウに向けた一途な感情までも蘇ってきたのだった。
ミカエルは思わず胸を押さえながら尋ねた。
「シェイドも来ているの? フロウを助けに?」
「分かんねえ。まだ俺もシェイドには会ってない。アニヤさんは、もっと何か確信してるみたいだけど。今回のことは命がけ、あの夜にやり残したことがあるなら今この機会しかないって、アニヤさんが俺にも声をかけてくれたんだ」
ハシマは横で聞いていた。
ただでも厳しい表情が、どんどん険しくなっていった。
シェイド。
フロウの記憶を探ったハシマにとって、忌々しいことこの上ない名前だった。
そこに、タタを待ちきれないヒルダが顔を出した。
ハシマとベロニカは建物の陰にいるヒルダを見て、顔色を変えた。
「な、何あれ!」
「ん? ヒルダっす。来いよ、ヒルダ」
ベロニカが悲鳴のような声を出したことに首をかしげながら、タタはヒルダを呼んだ。
ヒルダはミカエルを見て、すぐに、モジモジし始めた。
ミカエルは、ヒルダに会釈した。
ヒルダは真っ赤になった。
そんなヒルダにうんざりしながら、タタは、これは単なる連れですと紹介した。
ベロニカは、タタの後ろに立ったヒルダを、眉を寄せて上から下まで見た。
「こんな危険なものがここに」
ヒルダはムッとした。
しかし、かぶせるようにハシマも言った。
「信じられない。この異常の原因なのか」
それを聞いて、間髪入れずにタタはヒルダの頭をはたいた。
「いってえな! てめえ! 何しやがる!」
「うるせえ! どうせまた、おめえ、ろくでもないことしでかしたんだろ!」
「してねえし! ぶち殺すぞ、こんにゃろう!」
さらに言い返そうとしたタタを、ベロニカは制した。
「何かしたとかしてないとか、そういう問題ではなくて、存在自体が」
タタとヒルダは言い合いをやめ、そろって怪訝な顔をした。
ハシマが続けた。
「薄曇りの暗さがヒルダを通過して激しく渦巻いています。なんて存在だ。すぐに手を打たなければ」
「魔封じの間ならばどうかしら。抑え込めるかもしれない」
「確かに」
ハシマとベロニカのやりとりを受け、タタとヒルダはパチパチとまばたきをした。
何の話かと訝しげなヒルダに向かって、ハシマは言った。
「あなたのような存在が、なぜここにいるのか分かりませんが、危険なのです。あなたの力に煽られて薄曇りの暗さが異様に活性化しています。それを止めたいのです」
ハシマの薄緑がにじむ薄茶色の瞳をまっすぐに向けられたヒルダは、また頬を赤くした。
ベロニカが続けた。
「サイゴのツギの塔は有名だから知っているかしら。その周辺にある同時代の建造物、古代棟と呼んでいるのだけれど、不思議な力が働いていたりするのよ。23号棟裏にある古代棟の一つに、あらゆる魔力を通さない部屋があるから、そこへ行きましょう。通常、一般人は立ち入り禁止だけれど、緊急事態だから関係ない。とにかく、薄曇りの暗さの拡大を止めなければ」
23号棟と聞き、タタは頭の中で地図を確認した。
「アニヤさんたちとの合流地点を経由できるっす」
ハシマはフロウからの信号も確認した。
「フロウがいるのも同じ方向です。もしかして、古代棟の周辺にいるのかもしれない」
フロウからの信号が少しずつ場所を変え始めていることに焦りながら、ハシマは言った。
ミカエルはヒルダに声をかけた。
「ヒルダさん。ハシマさんもベロニカさんも非常に優れた魔術師です。不安かもしれませんが、こちらの言う通りにしていただけませんか?」
ヒルダは赤い顔で、ブンブンと音がしそうなほど首を縦に振ったのだった。
アニヤ、アネモネ、フロウの3人は、タタとの合流予定地点に到着した。
「先に着いたか。少し待とう」
アニヤはそう言って、建物の裏手にある灌木の間にフロウを座らせた。
アネモネはその隣に腰を下ろした。
アニヤは、二人から少し離れたところに立った。
フロウは周辺を警戒するアニヤを見た。
そんなアニヤの姿も、なぜかフロウの記憶を揺らすのだった。
初めて会った人のはずである。
便利屋に用があったことはない。
そうであるにも関わらず、フロウの記憶が騒ぐのだ。
この人を知っていると。
フロウはこめかみを押さえた。
「大丈夫?」
「は、はい」
アネモネに問われ、フロウは慌てて笑顔を見せた。
その笑顔が凍りついた。
「どうしたの?」
「う、う、ああ、いや」
フロウは突然苦しみ始めた。
まともに話すことも難しくなった。
「ああ!」
「フロウ!」
フロウは胸を押さえてうずくまった。
アネモネはフロウの背中をさすりながら、フロウの髪を寄せてその顔色を確認した。
フロウは固く目をつむり、苦悶の表情を浮かべていた。
青ざめた額から、汗がこぼれ落ちた。
フロウの体を、奇妙な違和感が駆け巡っていた。
それは、牢屋で男に呪文を唱えられた時と同じ違和感だった。
「いやあ…」
「フロウ、どうしたの」
言葉にもならない様子のフロウに、アネモネは戸惑った。
アニヤも突然のことに困惑してフロウを見た。
フロウを激しいめまいが襲った。
フロウはあまりの苦しみに、思考を失った。
そんな時だった。
アニヤの後ろの空間に、凄まじいエネルギーの塊が生じた。
アニヤは瞬時に振り向いた。
アニヤの目の前の空間にバチバチと電雷が走り、周囲がグニャリと歪んだ。
時を待たず、異変は立て続けにやって来た。
「ミカゲ」
アニヤは思わずつぶやいていた。
キングに以前、捜索を依頼されたミカゲだった。
電雷と歪みの中心から、男に伴われ、まことの黒ミカゲが現れたのだ。
「なぜ」
アニヤのつぶやきに答える声はなかった。
妙ににこやかな男と無表情のミカゲが、並んで降り立った。
男はミカゲの耳元に何事かをささやいた。
ミカゲは頷いた。
男がアニヤたちの方を見た。
アニヤは迷わず銃を向けた。
男が呪文を唱えた。
途端に激しいつむじ風が巻き起こった。
そこから小さな竜巻が生じ、地を駆け抜けた。
竜巻はアニヤの脇をすり抜け、アネモネとフロウのいる灌木へと向かった。
アニヤが振り向いた時、小さな竜巻はアネモネを弾き飛ばしていた。
アニヤはすぐにアネモネの元へと走った。
小さな竜巻はフロウを飲み込んだ。
竜巻は形を変え、男の手元へと細く伸びた。
フロウは川に流されるように、細長い竜巻の上を滑り、男の元へと導かれた。
幸か不幸か、フロウは気を失いかけていた。
恐怖を感じる間もなく、男の腕に抱かれた。
「フロウ!」
叫んだのはアニヤではない。
アニヤはアネモネを支えながら、声の主を見た。
重なった声は二つ。
アニヤの視線の先には、蒼白になった捜索対象者ミカエルと、古書店店主ハシマの姿があったのだった。




