9 共同引導禄 「アリスと一緒に」
―アンドロイドが私の推しで,悪いか―
私とトアはそのビルをあとにした。もうお腹いっぱい、と言う顔を私はしていただろう。そして案の定、その後の引導は思ったより淡々と進んだ。魂もいくつか引導したが、そのほとんどが軽い会話のみだった。というのもその魂のほとんどが「老衰」といった類の死因で、声を出せる時間が限られていることに加え、亡霊に成り代わってしまうまでの間の時間もかなり限られていて、話を聞くことがまず叶わなかったのだ。亡霊も多く発生していたせいで、私はいつも通り疲れていた。トアの
表情は相変わらずだ。そして気づけば、そろそろあの世に帰る時間だ。
「……帰ろうか、トア。時間だ。小さくなれるかい?」
「ウン」
私はトアを肩に乗せた。トアは少しサイズを小さくしていた。おかげで肩乗りトアの出来上がりであった。私は瞬く間に上へと飛んでいく。トアの髪が風でなびている。雲を抜けたと思えば、目の前に和風な門が現れた。思ったより一瞬だった。
「ついたよトア。一日お疲れさん。トアもいろんな心を覗いて疲れたんじゃないか?」
トアは何故か目を瞑って首を横にっ振った。わからないらしい。
「トア、今の頬、どんな感じかな?」
トアは自分の頬を確認していた。
「ホホ ボコボコ」
私もトアの頬に触れてみた。所々ではあるが、少ししわっぽくなっている。
「これはね、『ぐったりしている』って言うのさ。少し疲れて、頬が重みでしわーっってなってるのさ。この頬が出たら、自分に向かって、こうつぶやくのさ。『自分、お疲れさん』ってね。そして、他の周りの人の頬にも似たようなのが見受けられたら、『お疲れ様です!』って言ってあげるの。きっと嬉しいはずさ。アリスとかも喜ぶよ!」
トアは自分の頬を確認しつつ、私の方を見た。
「ホホ グッタリ ワタシ オツカレサン! ミラ ホホ グッタリ オツカレサマデス!」
「うん。トアもお疲れ様。あら、頬赤くしちゃって、お疲れ様って言われて嬉しかったのかい?」
「ウレシイ ホホ ウレシイ!」
トアを見ていると、なんだか疲れが吹っ飛んでいく気がする。私はきっと上がった口角でトアを見つめていただろう。
私たちは引導課のオフィスへと戻った。人はあんまりいないようだ。無理もない。今朝アリスとトアの掛け合いが長引いて、引導のノルマを達成するのがいつもよりは少し遅かったからだろう。私は首元に下げているガラス玉のネックレスを取り、ガラス玉に指で触れた。これでデータの転送は完了、このペンダントは報告書代わりの役割をしているのだ。便利である。自分の机を軽く整頓し、かばんを手に取った。といっても大きくもない、肩掛けかばんだ。トアに声をかけた。
「トア、帰ろうか。」
「ウン」
そして私たちは門をくぐって、家まで飛んで帰った。
「スガスガシイ!」
「はは、気に入ったかい?私の背中に乗って風感じるの。」
「キニイッタ……?」
そういえば教えていなかった。この感情はきっと教えなければならないものだろう。
「気に入ったって言うのはね、もっと言えば、『好き』って言う言葉でもあってね。ほら、今日話しただろう?『抽象』って言葉のこと。覚えているかい?」
「ウン!コトバニデキナイ ヒカリヲハナツ フワットシタ モノ」
「正解。で、この『好き』って言葉にも、そういう側面がかなりあるんだ。どうだ、トア。今の頬。なんか軽くって、でも熱いんじゃないかな。」
トアは頬を確認している。
「ウン モチモチ アツイ スガスガシイ」
「うーん、これは本当に説明が難しいんだよ、『好き』とか『気に入った』っていうのは。トアの意志だからさ。まぁとにかく、いやじゃない、そんなもののことをいうのさ。……この言葉の意味はまだ分からなくたっていいよ、とにかく今みたいな頬がでたら『好きなんだ』って解釈しとき。そのうちきっと……ね。」
トアは私のことを見つめている。 少しフリーズしているようにも見える。
「あははっ!今のトアの状態のことは『困惑』って言うのさ。ついでに覚えておきな。どう反応すればいいか、わかんないせいで固まっているんだよ」
「コンワク! ワカッタ!」
「困惑しててもなお元気だなぁ」
あの世の空には暢気な声が2つ響いていた。目の前には空を映した川が見え始めていた。
次の日。私はいつも通り5時に目覚めた。トアを抱いて寝ていたらしく、トアの頬に私の手の跡がしっかりついてしまっていた。トアはさすがに気になったのか、少し頬を確認していた。
「ミラ ホホ ボコボコ コレ グッタリ」
「ち、違うんだトア。私がトアに強く抱き着いて寝たせいで、頬にその跡がついちゃっただけ……ごめんね」
トアはただ頬を手で触ったまま、私を見つめている。謝罪に対する返答は、そういえば教えていなかったかもしれない。
「誰かに『ごめんね』とか『申し訳ありません』とか、こんな感じの音が聞こえたら、こうするんだ。見ててねトア」
私はトアをしっかり見つめながら笑顔を作った。
「気にすんな!ってね!わかったかい?」
トアは純粋無垢だ。アリスの度肝を抜いたほどに。素直に真似してくれる。
「ミラ キニスンナ!(パチッ☆←まさかのウィンク付き)」
「ぐはっ」
まさかのウィンクまでつけてきやがった。罪な女はきっと下の世界に山ほどいるだろう。アリスも含めて。しかしこんな罪なアンドロイドはどこを探してもいないだろう。くそ,可愛すぎて変な声出してしまった。
「と、トア、なんでウィンク?」
「コレ カイジノ アイズ コレ アリスオネエチャン ホホ ホテホテ シテタ ミラ イマ ホテホテ?」
トアがアリスにウィンクしたとき、アリスの頬がとんでもなく赤らんでいて、嬉しさいっぱいだったことをトアは知っていたらしい。確かにアリスはわかりやすく興奮していたからなぁ……。さすがはアンドロイドだ。
「うん。私も頬がホテホテしてるよ。ありがとうなトア」
「ゼンゼンイイヨ!!」
「よし!準備して、ヨノアに行くぞ!」
「ウン!アリスオネエチャン イルトコダヨネ!」
それにしても、いつどこで言葉を覚えているのだろうか、トアは。会ったときよりも話し方が流暢になっている気がした。親をしっかり鏡にするタイプなのだろうか。しかしそんなこと取扱説明書に書いてあるわけがない。ただのアンドロイドではないから。
私はいつも通り、白シャツに黒の少しだぼっとしたズボン、黒いコートに、ガラス玉のペンダントを付けた。トアには白シャツに、紺のフレアスカート、そして忘れちゃいけないアリスのリボンを胸元に結んだ。
「スガスガシイ ウレシイ」
「そっかそっか~!ほんとだ、頬が赤くなってるねトア。嬉しいんだ?」
「ウン!ウレシイ!」
私はトアを抱き上げて一周くるっとその場で1回転した。そうせずにはいられなかった。そしてトアを肩にのっけた。肩に乗せる前に、実はいつもトアにいいサイズになってもらうようお願いしているのはあんまり言いたくない。私はそんなに体力ないのだ。そして家から出て、そのまま一気に飛んで会社へ向かった。
会社に着くと、少人数ではあるが社員の姿が見える。ついこの前までは私の出社が早すぎて誰もいないのが普通だったのに、トアといるようになってから、いろいろと変わっていく自分を感じずにはいられない。偶然にも、オフィスにはアリスの姿があった。アリスはこっちに気づくやいなや猛スピードで走ってきた。ちょっと顔面がおっかないアリスだった。
「トアちゃーーーんっ!おはよっ!ミラっちもおはよっ!」
「おはようアリス」
「オハヨウ!(パチ☆)」
「ぐはぁっ!!」
今朝の私とおんなじ反応だ。トアに「気にすんな!」って言われた時と。アリスはその場で震えていた。トアのウィンクの破壊力は半端ない。
「あーーーもうマジで可愛すぎる!トアちゃんっ!可愛いねっ!」
「ホホ アツアツ ハズカシイ……」
「トアが恥ずかしいってさ。」
「いやかわいいかよ。あー癒しだわぁ……。」
するとトアが突然アリスに抱き着いた。アリスはとんでもない顔をしている。
「……トアちゃん……?」
「アリスオネエチャン コノマエ コウシテ ホホ ウレシサ イッパイ ダカラ」
アリスは嚙み締めているのか、感動でフリーズしているのか、動かない。
「トア、前アリスが抱き着いたときに嬉しそうな心を読み取ってたらしいぞ。だからこうやって抱き着いてるらしい。」
「……え、何、天使?ちょっと今日一緒に仕事する気はないか?」
アリスの口調が急にイケボになった。そしてトアのことをめっちゃ抱きしめていた。
「ホホ コレハ コンワク」
「おいアリス、トアが困惑してるぞ。」
アリスはさらっとシカトを決めた。何も言わず、そして目の前の天使を逃がすまいと抱きしめていた。
「ホホ ギューギュー コンワク」
「あ、アリス、トアな、今朝から頬に色々ダメージがいき過ぎてんだ、一旦離せって」
私が抱き着いてトアと寝た分の頬のしわに加え、アリスの過剰な抱擁ときて、朝から大変なトアである。
「で、アリス?さっき一緒に仕事しないかって言ってたよね」
少しだけ我に返ったアリスがこちらに振り向いた。
「え?まぁ言ったけど……。」
「実際、どうだ?一緒に仕事。トアにとっていい経験になると思うんだよね。私とだけいたら、トアが私に染まっちゃうじゃん?それは私は好かないんだ。せっかくなら色んなものに触れてほしくてさ。どうだ?もちろんアリスの仕事の邪魔はしな」
そう言いかけた瞬間だった。
「いやもう是非!!一緒に行きましょ!トアちゃんっ!可愛いものいっぱい見せてあげる!!」
トアはもともと表情が固まっている。しかし今回ばかりはほんとにフリーズしているように見えた。きっとかなり困惑しているのだろう。アリスはトアの手を取った。
「レッツ、ゴーーッ!」
「アッタカイ コレ シアワセ」
「手の温かさがトアにも伝わってるんだ。よかったじゃんアリス」
「夢みたいよほんと!ミラっちありがとーっ!」
「なぁに、こちらこそだ。たまにはこういうのも大事だよな」
そして三人は門の前まで来た。アリスはトアを抱きなおし、三人でバンジーした。トアはアリスにしがみついている。
「ほんと、かわいいーーーっ!!」
アリスの叫び声が、余韻として残っていた。結構響いていた。




