7 人間引導禄「孤独なガラスの青年T」
―ガラスは,割れやすい。美しいものほど,脆いのだ―
私とトアは亡霊を引導したのち、魂の引導を開始した。最初に私が見つけた魂は大きなクリーム色の建物の中にあった。時計が建物の外壁に設置されていて、窓がいくつもあり、いくつかの部屋はカーテンが閉まっているようだ。だだっ広い砂の庭があり、周りを緑のネットに囲まれている。そしてチャイムの音が響き渡った。その魂はそんな建物の教室の一室にあった。
「……ここ……学校か」
「ガッコウ?」
「未成年が学びを行う場さ。おそらくここは……高等学校の部類だな。設備が思ったよりきれいだから。」
私はトアにそう教えた。しかしこの魂は何かおかしい。やけに亡霊に近いのだ。しかし抜け殻では決してなく、中身がちゃんとある。いわば亡霊になりかけの状態であろう。
「亡くなってから少し時間が経っているな……」
そう言いかけたときだった。トアが突然何かを言い出した。
「……ダレカ……ダレカ……」
「……ん?トア、もしかして。」
「キコエタ ワタシ キコエタ」
トアの耳にはそう聞こえたようだ。心の声であった。トアの表情は変わらない。私の表情は少し真剣になっている。チャイムの余響が響き渡ったときの出来事だった。
「トア、他に何か聞こえるかい?心の声。教えてほしい」
トアは魂に近づいた。少しの間静寂が流れた。
「……ダレモ、、、イナイ、、、、ダレカ、、、、ココハ、、、ドコ、、、、」
「……これは……」
私は目の前の微動だにしない魂を眺めた。『誰もいない』……。かつて孤独だったのかもしれない。これは紛れもなく自殺の魂だと確信した。よくあるのだ。自殺はもともと生きられたはずの者が行うものである。よって魂になった後引導が行われなかったとしても、エネルギーが余っているため亡霊になるまでの時間が長くなることがある。そしてこの心の声。間違いないだろう。しかしなぜ学校にこの魂があるのだろう。トアはルづけて何かを聞いとったようだ。
「オレ、、、ハナセナイ、、、ヒトト、、、ハナシタイ、、、デモ、、、ドウシタラ、、ヨカッタンダ、、、、?」
トはここで一度読心術を止めたようだ。そしてトアの頬はいつになく火照っていた。
「ミラ コノオト ホホ アツアツ……デモ コノホホ ドコカデ……」
私はトアの頬に触れた。確かに熱い。
「……これは、『寂しさ』と『孤独さ』をこの魂から感じ取ったんだろう。トアもさ、かつては孤独だっただろう?捨てられてさ。それとおんなじだ。きっとこの魂は孤独だったんだ。しかもさっき、『どうしたらよかったんだ』って言っていたな」
「サミシサ コドクサ……ホホアツアツ……コレ ナニ?」
トアが何か見つけたようだ。後ろにはリュックをいれるロッカーがある。しかし一つだけ異様に荷物が多いロッカーがあった。紙がペラペラとはみ出している。
「コレ コノコエ ニテル!」
私は少し困惑した。トアは一体何を感じ取っているのだろう。そのロッカーの中身を確認してみると、他の生徒が持ってこないような、様々な絵の本。紙には絵が描いてあった。そして私は悟った。なんとなく予想できてしまった。
「……なるほどな。魂に直接聞きたいがもう声は失っている。時間が経っているから。でも予想できそうだ。」
「ヨソウ?」
「うん。私の考えってこと。多分、この子は、さっきトアに教えた通り、『孤独』だったんだろう。トア、試しにその魂に触れてごらん」
トアは魂に触れた。頬がぶわっと赤らんでいた。そしてトアはロッカーも触った。ロッカーに心はないはずだが、触っていた。同じものを感じているのだろうか。
「コドク……ミラ オシエテクレタ」
「うん。そしてロッカーには絵が入れてあった。しかしこの学校のほかのロッカー見てみ、全部教科書だ。しかも結構分厚い。それにほかのロッカーにもノートとか紙が入れてあるものもあるが、すべて何かの文字。それも似たようなものばっかり。……勉強が主の場所だったのかもしれない。少なくともあの魂が感じている『孤独』を埋めてくれるものを知っている者はこの場に存在しなかったんだろう。だからこの子は自殺したんだろうな……。」
トアは何も言わずに聞いていた。そしておもむろに絵が描かれた紙をトアは手に取った。頬が再び変化している。
「コレ キレイ」
たった一言だった。トアはそういった。その絵は細い線で描かれている。鉄塔が水色で細かく描かれ、影も線の重ね重ねで描かれている。ロッカーにはその画材と思われるものもちゃんと入っていた。透明なペンだった。
「ガラスペンだ……。この子はガラスペンで絵をかいていたんだな……。」
私は再びほかのロッカーを眺めた。すべて同じな、全く一緒なロッカー。私はため息をついた。
「本当に教えるべきは……群れることが生み出す悲劇なのかもしれない。群れなければ、孤立も生まれない。それに、自分がいる世界を正解だと決めつけない、その考え方かもしれない。……トア、感謝する。トアのおかげで、予想ではあるがなんとなく解釈できた気がする。」
「ゼンゼンイイヨ」
トアの声は少し元気がなかった。このアンドロイドは『寂しさ』と『孤独』を2回も体験してしまったからだろう。私とトアは、その場をあとにしたロッカーから転がってしまったガラスペンは窓から差し込んだ白い光を反射して輝いていた。




