6 トアの灯
―課長,私,アンドロイド,始めました。―
アリスと別れた後、私とトアは課長の部屋へ向かっていた。秘書の人に話を通し、早速部屋に入ろうとする。しかしその前に、私はトアに耳打ちした。
「トア、この部屋の中には偉い人がいるから、ウィンクはしないでね、会釈だけな」
「ウン」
さすがに課長にウィンクは場違いな気がするため注意しておいた。ドアを開けて中に入る。
「ミラ。その後どうだ、代理は立てられそうか?心配していたんだ、あの日のミラはあまりに疲労困憊の様子だったからね。……?この子は……?代理か?」
思ったより驚かずに冷静に話を聞いてくれる課長。私は話し始めた。
「課長、色々変更が多くて申し訳ないのですが、休職することは取り消させていただきます。その代わり、この子を次代の人間担当の死神として育ててもいいでしょうか?しばらくの間助手としてサポートしてくれれば、私自身も助かるのです。いかがでしょう」
課長はトアを眺めた。きっとお見通しだろう。
「これは……アンドロイドか。そうだろう?なぜこんな機械人形が助けに……?」
「……この子、読心術が使えるんです。人間の魂を扱う以上、人間のことを理解した者が適任のはず。そう思ったのです。私の考えと言うか……エゴのようなものかもしれませんが……この子になら、私が日々魂を引導するうえで想いを受け継いで行ける器だと、そう感じたのです。彼女が私の炎を受け取れたことが動かぬ証拠です。……何の理由にもなっていないかもしれませんが……いずれにせよ、私が退職するときもいつか来るわけで。未来の役人教育の一環として……認めていただけないでしょうか……」
私は本当に何を言っているのか、わからなかった。どうしてもトアを傍に置いておきたい。私の中に、そんな何かが芽生えたとしか言いようがない。どうにか認めさせたかったのだろう。トアはただ表情一つ変えずに佇んでいる。課長は特に慌てず私の声を聴いている様子だった。
「……まぁ、いいだろう。前にも言ったしな、深い詮索はしないと。ミラなりの答えなのだろう。休職はしないのだな?今この課は何か問題があるわけではないし。その子を助手として認めよう。その代わり、ミラ、責任は君が請け負うのだぞ。」
「はい。ありがとうございます。では少しだけ紹介を。トア、名前言えるかい?」
トアはちゃんと会釈してから名前を言った。
「ワタシ トア ドクシンジュツトウサイカイワアンドロイド」
「やけに片言だな……」
言うと思った。私は補足しておいた。
「はい、ですので、私が責任もって育てます。この子どうやら出力に少し問題があるそうですが、学習能力と記憶能力は申し分ないですし、問題ないかと」
課長はトアを見つめている。トアも見つめている。
「ミラが実際に選んだわけだ。何も言うことはないよ、さぁ、仕事に行きなさいなミラ。」
「はい。お忙しい中失礼いたしました。トアのことを認めていただき感謝いたします。……しかし、何故こうもあっさり……?」
課長は椅子に座り直した。私の方を見ている。課長の目は真剣だ。
「私は課長というポジションにいるだけで、何かに特化しているわけではない。その特化している場所に特化しているものを当てはめて、あくまで『運用』するだけだ。その特化した中を知っているわけじゃないのさ。だから詮索はしないんだ。冷たいと感じるかもしれないが、私はそう信じておる。私が課長であれるのは、引導課の社員たちを信頼しているからなのだ。さぁ、もうこれ以上の理由はいらないだろう?」
課長の言葉を聞いて、私は知らない間に口角が上がっていたらしい。こんないい場所で私は働いているのか。改めて思い知らされた。私はトアを連れて、部屋をあとにした。トアは何もしゃべらなかった。
私は会社を出て、和風の門をくぐった。私はスッキリしていた。トアは表情を変えずついてきてくれた。
「トア、今から下の世界に行くよ、人間の魂を引導するんだ。」
「インドウ……?」
「あの世ってとこに魂を届けることさ。まぁじきにわかるよ。掴まってて。」
トアは私の腕につかまった。そしていつも通りバンジーした。風が気持ちいい。
「スガスガシイ!」
「お、清々しいか~。手は放すなよ?」
「ウン」
ひゅーっと音を立てて二人は落ちていった。トアの白い髪がオールバックになっている。無論私も黒髪がオールバックだ。そして下の世界へ降り立った。トアはあたりを見回していた。
「よし。行くよトア。ついておいで」
「ウン」
私は目の前の亡霊まで歩いた。降り立った場所はどうやら都会のようだ。人の往来が激しく、周りは高すぎる建物に隔離されているようだった。トアは表情を変えられないものの、少し頬を赤らめている。
「ミラ ホホ スコシ イツモト チガウ」
私はすぐにわかった。
「あー、多分あれだろ、緊張。この場所は初めて見ただろう?トア。」
「ウン ミタコト ナイ」
「そういう時、そういう頬になってちょっと構えるんだよ。トアの中でね、自分を守ろうとさ。難しいけどどう?今のでわかったかい?」
トアは首を振った。当たり前だ。こんな説明でわかる方が無理だろう。
「まぁあれだ。ネガティブな方の照れだと思っときゃいいさ。そのうちその頬は多分出なくなるだろうさ。」
トアは頷いた。亡霊が目の前に現れた。トアはまじまじと眺めている。
「トア、これは亡霊。こいつをあの世に送るのがお仕事なんだ。まぁ見ててね」
トアは頷く。私は手に瑠璃の灯を優しく燃え上がらせた。トアの顔は変わらないが、頬は反応している。
「ヒカリ アオイ……。……ニテル」
私はぴくっとした。トアにもこの炎が灯っている。そのことをトアはちゃんと認識しているのか。
「そうだよ。私はこの炎を君に灯して起動した。おんなじだよ。この炎はね、こういう亡霊を空に昇らせる力があるのさ。」
私は亡霊を包んで空に巻き上げた。トアはただ眺めていた。頬がうっすら薄ピンクになっている。
「……キレイ カンドウ」
トアなりにわかる言葉で伝えてくれたのだろう。私はうれしくなった。
「きれいだよね。トア、綺麗の言葉の意味、なんとなく分かったのかい?」
トアは片言なりに話してくれた。
「ホホ シンドウ スル コレ カンドウ」
「あはは!すごいね。そうだと思うよ。心が動いてるときってね、説明できないときの方が多いんだ。だから、トアの頬が動くのさ。説明できなくたって大丈夫さ。それに……」
私はトアの胸あたりに触れた。あったかい。トアは表情は変えないものの、私のことを不思議そうに見つめている。
「トアのこの辺に、私が出した青い炎が灯っているんだ。だからさっきトアが、『似てる』って感じたんだと思うよ。でもね、私は、トアだけの炎を見つけてほしいと思ってる。ねっ?」
「ホホ ホテホテ……シアワセ! ミラ アリガトウ!」
「うん!可愛いねぇトア~。じゃ、次行こうか!」
「ウン」
トアはアンドロイド。学習能力は半端ない。勝手にものを覚えるときもある。空には瑠璃色の軌道が見える。そんな空を背に二人は歩き出した。トアは嬉しさを感じてくれていたのだろう。だから、「お礼」が出てきたのだ。私はなんだかほっこりしていたのだった。




