5 トアとアリス
―不思議な国に,アンドロイドがあったっていい―
夜の散歩を終えて、私とトアは家へ戻った。トアを肩から降ろし、私は畳のリビングに寝っ転がった。すぐそばにあった取扱説明書を見ながら。
「……へぇ!トア、君、自分のサイズをある程度変えられるんだね!今私の腰ぐらいのサイズだけど、ちょっと大きくなってみてよ!」
「ハイ」
トアはゆっくり立ち上がったかと思ったら、ぐぐぐっと身長が私の肩ぐらいまで伸びた。140センチ代ぐらいか。
「わお……、スゴイな!」
「ミラ トア ホホ アツイ」
トアが頬を手で触りながら言った。私はすぐに気づいた。
「あー、そのあったかさは、『照れ』って言うんだ。うーんと、まぁ、嬉しさがトアのなかにあるけど、うまくだせなくて頬のあったかさとして出てきたんだ。理解できたかい?」
「ウン」
その後私はささっとシャワーを浴び、布団に入ろうとした。トアも抱き枕代わりに抱いて寝ようとトアを布団の中に入れた。されるがままなトア。表情がないので困惑しているのかさえ分からない。
「どうだ?トア。この中あったかいでしょ?」
「アッタカイ コレ シアワセ?」
「そういうことっ!そういえば、トアって、睡眠取る……わけないか。、まぁいいや!おやすみトア!」
トアは何も言わない。音が聞こえていないわけではなさそうだ。そういえばトアに「おやすみ」の言葉のこと教えていなかった。
「トア、おやすみって言うのは、寝る前にする挨拶なんだ。トアには寝るって言う概念がないだろうけど、『おやすみ』っていうだけでたぶん安らかなあったかさがあると思うんだ。言ってみて」
「オヤスミ」
私はトアの頬に自分の頬を擦り合わせた。トアの頬がほんのりだがあたたかくなっているのを感じた。
「ホホ スコシ アッタカイ コレ ヤスラカ」
「そうそう。じゃ、おやすみトア」
「オヤスミ ミラ」
トアは何気に私の名前を呼んだ。名前を呼べば私が反応することを学習済みなようだった。
次の日の朝。私はトアを抱いた体制で目を覚ました。
「トア、おはよう」
「ハイ」
「今何時?トア」
「アサ ゴジ」
「午前か午後だったらどっち?」
トアはアンドロイドだ。私がする質問になんの違和感も覚えずに答えてくれる。
「ゴゼン」
「午前にする挨拶は『おはよう』なんだ。それに、朝初めて会う人には『おはよう』って言うんだ。言ってみてトア」
トアは少し頬を赤らめながら声を出した。
「オハヨウ!……ホホ スコシ アッタカイ」
「どれどれ……」
私はトアの頬に触れた。ぬるめ、と言ったところだ。
「この頬の感じは『清々しい』じゃないかな。ちょっとトア、私が今からする動きを見て、真似してみて」
私はトアの目の前で伸びをした。トアも表情変えずに真似をした。
「これ、伸びって言ってさ。どうだろうトア。なんかこう、体の節々が軽くないかな?」
トアは自分の腕をふんふんと回していた。
「ウン カルイ」
「その感覚が頬にも表れているんだ。それが『清々しい』って言葉なんだよ」
「スガスガシイ!」
「あはは!いいね。よっしトア、ちょっとおいで」
私はトアを肩にのっけて洗面所へ。鏡の前に立ち、トアの服を変えた。私のおさがりの服を持ってきた。丈が長めの白シャツ(トアは自分のサイズを自在に変えられるから。)に、黒が強い紺色のフレアスカートを着せてみた。中々いい感じだ。洗濯しといてよかった。しかしなんだろう。なんか……。
「……シンプルすぎるな。でもあんま私も服もってないしなぁ……。」
私は鏡に映るトアを眺めながらそう思った。しかしトアは何やらまた頬を赤くしている。
「ミラ ホホ アツイ コレ スガスガシイトハ チガウ テレ ニテル」
「お、違いが分かるのか。どれ、頬触らせて」
相変わらず質感のいトアの肌に触れた。ほんのりあたたかく、私の手にじんわりと響く感覚があった。
「……これは照れと、あれだな、嬉しさ。こんな感じの頬がまた現れたら、この頬を引き出してくれた者にお礼をするんだ。『ありがとう』ってね」
「ミラ アリガトウ!」
「全然いいよ!よし、じゃあ行くか!」
私とトアは家を出た。トアはとりあえず140センチぐらいのサイズにして、一緒にヨノア会社に行くことにした。緩やかな坂を歩いていき、目の前に現れた長い灯篭トンネルをくぐっていく。両サイドの観賞用水路には灯篭が浮かんでいる。トアはその灯篭の光を見ながら私に話しかけてきた。
「ヒカリ……。……ホタル」
「あはは、確かに光ってるね。これは『灯篭』って言ってね。闇を照らして邪気を払うとされる流しものさ。きれいだろ?」
トアの頬が徐々に赤くなっている。トアは自分の頬に手を当てた。
「ホホ アッタカイ コレハ……」
「うーん、感動といったところだろう。トアの頬が動いちゃうほどきれいだったんだよ。きっと。」
「トウロウ キレイ!」
「そうだね~。このトンネル抜けたらすぐだよ」
灯篭トンネルを抜けた。目の前にはどこまで続いているのかわからない、下の世界へと続く階段が見えた。今その階段を降りるわけにはいかないので、私は空を飛んでいつも会社のオフィスに行くのだ。トアを背中に乗せてふわっと浮いた。
「トア、掴まっていてね。いくよ」
そして会社まで飛んで行った。トアは何か言ったようだ。
「ホホ アッタカイ コレ スガスガシイ!」
「おー!清々しいかぁ、いいね~」
「イイネ!」
「えっ、いいねの意味が分かったのかい?」
「ウン!ミラ イイネ イウ アイテ ノ オト ヲ ホメル」
「いいねって言葉を『相手の音を褒める言葉』として解釈したのか。いいね!」
「ウン!コレ シアワセ ホホ」
「あっはは!幸せかぁ~!さぁ、ついた。降りるよ!」
「ウン!」
私は和風な門の前に降り立った。トアを降ろしいつも通り引導課のオフィスへ向かった。私がトアの服やらなんやらでゆっくり出社したからか、いつもよりは人が集まっていた。アリスもいる。珍しいこともあるものだ。私がオフィスに入って自分の机に向かう途中、やたら視線を感じた。当たり前である。トアがいるから。するとトアは勝手に通りすがりの社員の心を読んだらしい。
「……アレハ、ナンダ?アンナ シャイン ハジメテ ミルゾ」
「ん、心を読んだのか。まぁ無理もないわな。ねぇトア、今の社員の心、言葉にすると何になると思う?」
トアは目を瞑って首をゆっくり振った。わからないらしい。
「今の人の心は『戸惑い』って言うんだ。トアがここに来るのは初めてだから、ここに前からいる社員って人たちにとって、トアはわからない人なのさ。もしまたあんな感じの心の声が聞こえたら、こうすればいい。」
私はトアの目の前で会釈とウィンクをした。
「これは、『私は安全で、礼儀正しいよ』って伝えるいわば『開示』の合図だ。やってみ」
トアが試しに会釈をし、ウィンクをした。私はすぐにしまったと思った。これは…………。
(……可愛すぎるな。まぁ、いっか。)
トアのウィンクは思ったより可愛らしかった。まぁいいだろう。
「トマドイ……。」
「わかんないか、戸惑い。まぁ簡単に言えば、みんなトアのこと警戒してるんだ。」
「ケイカイ?」
「怖がってるんだ。ここの人は初めてトアのこと見るから。トアがみんなを攻撃するような奴じゃないか……?って。だからさっき、教えたろ?ウィンク。あれが効くのさ。私は安全だよ!って。」
「ワカッタ!ワタシ アンゼン!」
(多分戸惑いの意味はわかんなかったかもしれんな……まぁいっか、そのうち頬にも出るだろ戸惑いの1つや2つ。)
周りの視線があるにも関わらず暢気な会話をしてしまう私とトア。机について、荷物を置き始めた。
「ミラっち~!おっはよぉ!……ってえぇ!?こ、この子もしかして……アンドロイドの!」
アリスが駆け寄ってきてくれた。昨日の今日だからであろう。このオフィス内で事情を知っているのはアリスだけでもあった。
「ああ。灯で起動したんだ。」
トアは表情一切変えずにアリスを見つめている。そして……。
「ペコッ パチッ☆」
「……へ?、あ、え……っ。」
突然トアに会釈とウィンクをされ、アリスは硬直した。当たり前だ。一応アリスに補足したほうがいいかと思ったが、その心配はなさそうだった。トアはウィンクしたまま動かずにアリスを見つめている。アリスは震えている。
「かっ……可っ愛いーーーーーーーーーーーーーっ!!!!(ピッシャーーンっ!!←アリスの中の何かが壊れた音)な、何この子!アンドロイドってこんなんだったっけ?!名前は!?」
アリスは少し興奮気味に、食い気味に迫ってくる。
「トア!」
トアに名前のことを私が教えていたからだろう。トアは自分の名前をすんなり言った。アリスはめちゃ嬉しそうだ。
「え、え!?トアちゃんって言うのね!?可愛すぎる~!何この子~!!!ねね、ちょっと抱きしめていい!?」
「頬がぷにぷにでオススメだよ」
何を私は暢気に勧めているのだろうか。アリスはトアの頬を突っついてみた。
「ぷ、ぷにぷに過ぎる……やばい癖になりそう、てかなんか頬あったかいんだけど!」
アリスはついついトアの頬を触り続けている。トアが口を開いた。アリスに頬を触られているためちょっと喋りにくそうだったが、そこについては触れないトアだった。
「ホホ アッタカイ テレ」
「ふーん、アリスに頬触られて照れてるらしいよ、トア。この子ね、読心術搭載会話アンドロイドだけど、言葉の出力が下手で、言葉が片言になるんだ。その代わりに頬で感情を出力できるらしい。だから私が言葉とか教えてるんだ。ウィンクも私が教えたw」
「ナイスすぎるミラ!照れてるの~?トアちゃんっ!可愛いねぇ~!」
普段アリスは私のことを「ミラっち」と呼ぶのだが、それすら忘れるほど、アリスはトアのウィンクと頬に感動したらしかった。アリスはしばらくトアに抱き着いていた。トアの頬がみるみるうちに赤くなっていた。
「ミッ ミラ! ホホ ホテホテ」
「それは照れと恥ずかしさと嬉しさ、あと物理的なアリスの温度だろうな。」
こんな状況でも私はトアにあっさり感情を教えておいた。
「ハズカシサ?」
「うん。前向きな嬉しさなんだ。アリスに抱かれてうれしいけど、うまく出力できなくて隠そうとしてる状態のことを『恥ずかしい』って言うんだ。
「ハズカシイ……」
「マジ可愛いんですけど。今日アリスお姉さんと一緒に魂の引導しに行かない?トアちゃんっ」
「ダメだぞナンパは」
騒がしすぎる私たちであった。周りの社員もさすがに気にせずにはいられないようだった。窓際の天才君以外は。
「そうだトアちゃんっ!お近づきの印に……そうだな、これつけてあげる!」
アリスは髪につけていた薄ピンクのリボンをするっとほどき、それをトアの白シャツのところに結んだ。かわいいリボンネクタイになった。トアは今朝と似た頬になっていた。
「ホホ アッタカイ ウレシイ アリガトウ!アリスオネエチャン」
「ぶふぉっwトアが勝手に名前覚えてやがるwしかもありがとう言えたじゃないかトア!」
「あああああああっ!!私今日死んでもいいかも~!!」
私が壁掛け時計を見ると、アリスが取り乱しすぎて思ったより時間が過ぎてしまっていた。慌てることなくトアに声をかける。
「よし、そろそろ課長のとこに報告だけして引導しに行ってくる。トア、私の真似して。じゃ、アリス、またな!バイバイ!」
「……バ バイバイ」
トアはとりあえず私の真似をした、と言った様子で、手を振った。あとでこれの意味教えてやらなければと思った。ちなみにその後アリスは胸を打たれたらしかった。トアはシンプルすぎた白シャツにピンクのワンポイントがついて嬉しそうな頬だった。
第5話です。トア,かわいいです。アリスが取り乱しておりますね。そんな可愛いトアと一緒に,ミラはどんなことを思いつくのか。こうご期待です!




