4 アンドロイドと死神
―死神は,機械音痴。でも,機械にも,優しいのだ―
私とアリスはたらふくご飯を食べて満足し、五福停をあとにした。アリスはもういつもの調子に戻っていた。
「あーおいしかった!ミラ、奢ってくれてあざ!!」
軽いノリだ。酒は無論入っていないはず。
「ああ、こちらこそ。さて、帰ってこのアンドロイドを起動させてみるかな……」
私はその人形を眺めながら言った。アリスはふと何か思い出したような顔をした。
「そういえばさ、どうしてミラっちはそのアンドロイドちゃんを持って帰ってきたの?何か理由があるんでしょ?」
私は即答だった。
「なんか直感で。あ、これもしかしたらって言う……」
「えっ、それだけ?」
「うん」
アリスは呆れた顔をしたが、まぁミラのことだしと納得してしまったらしかった。二人で歩いていた時、交差点に差し掛かった。
「じゃ、私はこっちだから!ミラっちまた明日~!」
「うん、じゃあね~」
アリスは左へ曲がり、そのまま歩いて行った。私はまっすぐ進み川の目の前に立つ家へと入った。
荷物をドサッっと置き、鉄人形を畳部屋のリビングの真ん中へ置いた。そして手に瑠璃色の炎を宿した。鉄人形の胸あたりに炎を灯してみた。鉄人形は青白く優しい光を放った。
「……!、う、動いた」
そして鉄人形はゆっくり立ち上がった。目に色がともっている。薄桃色の瞳に水色のハイライト。かわいらしいくりくりした目だった。鉄人形はゆっくり口を開いた。
「……コンニチ ハ」
最初に発した言葉だった。片言で、どこか拙い言い方だ。
「……お、おう。こんにちは。……君は……?」
「ワタシ アンドロイド ドクシンジュツトウサイ カイワ アンド ロイド」
「……な、名前かそれ……」
「ナマエ……? ナマエ ナニ?」
まさかの名前を知らないパターンだった。取扱説明書を読むが、名前のことについては記述がない。アンドロイドは微動だにせず、表情もまったく変えない。
「え、名前、わかんないの?」
「ナマエ……?」
私は少し落ち着いて、アンドロイドの前に座り直した。
「えっと、名前って言うのはな、その人の代名詞だ」
「ダイメイシ……?」
「うん。その人を呼ぶときに使う音のことさ。……よし、適当につけてやろう。……「トア」。今日から君は、「トア」って呼ばれたら、「はい」って返事するんだ。行くよ、トア~?」
「ハイ」
物覚えはいいらしい。アンドロイドだからだろう。それに、周りの音はそのまましっかり知覚できているようだった。
「よーし、初めまして、トア。私の名前はミラ。よろしくね。話しかけるときには『ミラ』って呼んで」
「ハイ ミラ」
トアの返しはなんかそっけない。そして何より片言だ。接続詞もないし。出力に問題が……と言っていたあの研究者の言っていたことはこういうことだったのだろう。
「うーん、『ハイ』って言う時は君の眼に私が映っていないときに、『トア』って音が聞こえたときにしよう。わかったかい?」
「……」
「返事ってのは相手の音が聞き取れたかどうかの確認の合図でもあるんだよ、返事は?」
「ハイ!」
ちょっと元気に返事したトア。やはり物覚えは良さそう。会話ロボットと言うだけあって、言葉が、全くわからないわけではないようだ。加えて、会話した相手のことをしっかり記憶するらしい。言葉はところどころ欠落してはいるが。
「トア、君は読心術がつかえるんだよね?ちょっと私の心読んでみて」
「ハイ!」
トアは返事を覚えたらしい。そしてトアは私を見つめていた。そして何か話し始めた。
「ホント ヨメル ココロ ロボット ヨメル」
「……。なるほどね、うん、……こりゃ言葉の問題なんだなほんとに」
私は今心の中では、「ほんとにこのアンドロイドは心を読めるのか……?」と思っていた。まぁ自然だろう。トアはキーワードはつかめている。しかしスムーズに伝える能力に欠けているようだ。
相変わらず固まったトアの顔を眺めた。
「でも、読心術が使えるってのは嘘じゃないんだね。なるほど。ありがとうトア。」
「ハイ」
「ありがとうって音がしたら、こう言うんだ、『全然いいよ!』ってね」
「ゼンゼン イイヨ!」
「あはははっ!上手!」
私は久々に心から笑った。親鳥の心境だった。しかも子供はアンドロイドという不思議な状況である。私はそんなトアを微笑みながら眺めていた。何を思ったのか、私はトアを抱き上げて肩にのっけた。
「トア、ちょっと外歩こう。」
「ハイ」
「あ、そうそう、私といるときだったら、返事は「ウン」でもいいよ」
「ウン」
そう言いながら戸をガラガラと開け、のんびり河川敷を歩き出した。静かな夜だ。すると目の前に蛍が現れた。なんて風情があるのだろう。急にトアがしゃべった。
「ミラ ヒカリ ナニ?」
やはり、トアは今聞こえる音はしっかり聞こえているし、目の前の風景についてはしっかり見えているし把握できているようだ。心が絡んだことになったりすると、出力が少しあやふやになってしまうのだろうと私は勝手に解釈した。私は蛍の光を指さしながら、トアに教えた。
「あれは、蛍って言うんだ。」
「ホタル ヒカリ ホタル」
「そそ。夜にいる虫。きれいだよね」
「……キレイ?」
「キレイってのはまぁそうだな、なんかこう……目につくもので、なんかいいなって見えるものだ」
トアは何にも言わない。ちょっと難しかったか。
「まぁ、そのうちわかるさ。」
そう言いながら、私とトアは河川敷の紺色の芝生の上に座った。トアは何やら少しビクッとした。芝生の感触だろう。触覚もあることが確認できた。しかしトアは何にも言わない。どう言えばいいかわからないのだろう。でも震えてはいた。思わず私は笑ってしまった。
「あっははは!トア、今お尻のあたり、なんか変な感じするだろ?」
「ハイ ナニカ カンカク アル」
「そういう感覚のことを『くすぐったい』って言うんだ。次にその感覚が生じたら、『くすぐったい』って言えばいいんだよ」
「クスグッタイ」
「そうそう。くすぐったいねっ」
あー楽しい。なんだろうこの感じ。新鮮だった。
「ミラ タノシイ シアワ セ」
私は少し驚いた。トアが私の心を勝手に読んだらしい。
「幸せって意味、分かるかい?……あ、そうそう、わかんないことがあるときは、こうするんだ」
私はトアの前で目をつむり、首を振って見せた。トアも真似してゆっくり首を振った。
「幸せってのは、胸があったかくて満たされてる感覚のこと。トアは感覚を感じることはできるっぽいから、たぶんわかるよ。トア、今、胸あったかい?」
トアは胸に手を当てて温度を確認しているようだ。手を当てたままトアがつぶやく。
「アッタカイ コレ シアワセ」
「幸せか~!……よっし、決めた。ねぇトア、」
「ハイ」
トアは顔を変えずに私の方を見た。
「私は君に言葉と感情……私の美学をいっぱい教えてあげる。だから、キミの読心術を貸してくれないか?」
トアの頬がなにやら赤くなっていた。トアは頬に手を当てて温度を確認しているようだった。
「ホホ アッタカイ コレ シアワセ」
「よっしゃ決まりだね!ありがとうトア!」
「ゼンゼン イイヨ!」
「あはははっ!物覚えがいいなぁ!」
私は、心の底から笑った。久々だ。私はこの子と一緒にいたい、強くそう思った。私が感じた直感の説明はまだつかないけれど、この子と出会えたことは、きっと何かの意味がある。そう思いながらトアを見つめていた。トアは相変わらず変わらない表情に、桃色の頬がついていた。
一気に第4話です!今ストックしてあるのはこの話までですので,しばらく更新は止まると思いますがご了承ください。次回もお楽しみに!




