3「瑠璃の灯(るりのともしび)」
―炎は,燃えるだけの物か―
私はただ眺めていた。周りにも廃棄されたのであろう人形が転がっているが、なぜか目に入らない。目の前の、今、この瞬間に破棄された人形だけが、視界に光っていた。私は人形に近づこうとした。その瞬間だった。再びドアが開いた。私は驚くこともなく振り向くと、さっきの中年の男性研究員が何かをこちらに向かって投げた。紙の束のようだ。軽めの音を立てて私の足元に転がった。文字がびっしり書いてあるのだろうと思ったが、意外にもそれは違った。いわゆる、「取扱説明書」だった。私は人形の近くに座り、のんびりそれに目を通した。
「……『読心術搭載会話アンドロイド』、かぁ。心が読めるのか。この世界もなかなかやばいらしい。でもこんなすごいものがなんで捨てられたんだ?……あーそういえばさっきあのおっさん、出力がどうとか言ってたな、なんかしらダメなとこあったんかな、」
私は取扱説明書を見ながら独り言をつぶやいた。そしておもむろにその人形の頬に触れた。ほんとにこれがアンドロイドなのだろうか。
「……やわらかい。質感がリアルだやっぱり。すごいなぁ。」
私はついつい触り続けてしまった。白色のふわふわした髪に、色白の肌、服は白いワンピースだ。ちょっとシンプルすぎる服だった。人間だと錯覚するほどリアルすぎる質感、そして読心術搭載……。私以外の人が見たとしても、興味を持つことは必至だろう。私はその人形を持ち上げた。抱き人形ぐらいのサイズ感だ。
「……これ、ちょっと持って帰ろう。興味が出てきた。」
私はそのアンドロイドと取扱説明書を抱えてその場所を後にし、残された時間で亡霊と魂をできる限り引導し、オフィスに戻った。オフィスに帰ると、まだ社員が何人か残っていた。その中にはアリスの姿もあった。こちらに気づいたアリスは間を置かずに話しかけに来た。やはり気にかけてくれているのだろう。
「ミラ!代理人探しはどうだった?いい器はいた?」
「うーん、微妙だ。でも面白いもの見つけたよ、これ。」
私はアリスにアンドロイドを見せた。
「えっ。ナニコレ?……魂ないじゃん、物体……?」
アリスはその人形を指でつついた。
「アンドロイドらしいよ」
アリスは思わず声が出た、と言った模様だ。
「はぁ!?あ、アンドロイド!?そんなものこの世界(あの世のこと)の中で起動するわけないじゃないっ!ミラっち、何を考えているの!?」
アリスはさすがに驚きが隠せず、いつもより大きな声で私に話しかけてくる。まぁ無理もない。そんなアリスをよそに私は暢気に受け答える。
「起動?するさ。『瑠璃の灯』でね」
アリスは相変わらず落ち着かない様子だ。頭の整理がついていないらしく、言葉があやふやになっていた。
「え、え!?瑠璃の灯って、ミラが人間の魂とか亡霊たちを三途の川まで引導するためのものでしょ!?ちょ、ちょっとどういうことなの!?」
アリスは取り乱しそうになっている。大混乱のようだ。そんなアリスとは対照的な私は、ふぅと息をついて話始めた。よく思い出してみれば、この話をするのはアリスが初めてかもしれない。課長は把握しているだろうけど。
「まぁまぁ落ち着きなアリス、順を追って話すよ。この後時間いいかい?ついでにこの前の大福のお礼もしたいし、五福停に行こ、ご飯おごるから」
私の落ち着いた静かな声と提案を前に、アリスは少し冷静さを取り戻せたようだ。
「う、うん。うん落ち着いた。時間はいいよ、てかいいの?奢ってもらって。」
「うん。もらった恩義は返さないと気が済まないし。行こ」
そう言って二人は荷物を片し、会社を後にした。アリスも少しそわそわしているが、さっきよりは幾分かマシになったようだ。五福停に行く道中、いろいろ聞きたいのを堪えているようにも見えたアリスだったが、本題は持ち出さずに私について思っていることを口にした。
「……ミラっちって、やっぱり掴みどころがないなぁ……。もちろん話しやすいし憎めない雰囲気だけれど、どこかその……飄々としているし……顔のすずしい笑顔は崩さないし。」
「そう?まぁアリスがそう言うならそうなのかもね。でも、私なりの考えがあってのことだよ。要するに私は非合理的な変人ってこと」
「変人の中でも好かれやすい部類のねっ」
アリスが茶化して言った。ようやく茶化す余裕も戻ってきたようだった。
そうこうしているうちに五福停に着いた。紺色の暖簾が優しく揺れて客を誘っているようにも見える。座敷席に座らせてもらい、注文を済ませた。私は釜おでん、アリスは思ったよりがっつりな釜めしを注文していた。料理がくるまで二人は水を飲みながら本題を出した。
「で!さっそく教えてもらいましょうか?ミラっち。」
「うん。これは私が死神になる前……死神としてスカウトされたときの話だ。」
そう言って私は話し始めた。アリスは落ち着いてただ聞いている。過去の話なんて、長らくしていなかったな。
——私は死んで、前代の人間担当の死神に、人間担当の死神として転職しないかとスカウトされた。前代の死神は男で、身長が高かった。名を「キオウ」と言った。長髪をハーフアップに括っていた彼はどこか弱々しい雰囲気だった。私は死神になることを承諾した。興味本位だった。そして人間担当の死神見習いとして、日々彼と行動を共にした。そんなある日だ。いつも通り彼と仕事をこなし、私が魂の人間の魂を引導することができるようになった頃。人気のない、山の奥。亡霊がたくさん浮いていた場所に赴いたことがあった。キオウから亡霊の存在は聞いていたから驚きはしなかった。しかし驚いたのはその後。キオウの手から炎が出てきて、亡霊を包んだとき。亡霊は桃色の軌道を描いて昇っていく。私は目を見開いた。
「その炎は一体……!?」
キオウは変わらない顔で、
「これは亡霊を一度にたくさん引導するための炎だ。もちろん魂も引導できるが、一度にたくさんの魂を引導しようとすると相当の力がいるから、ほとんどの死神は魂に対しては直接手で触れて引導するのが基本だね。でも、魂一個に対して炎を使って引導することは可能だよ。そっちの方が魂が迷うことなく船守のところへ着けるし。」
私は静かにキオウの話に耳を傾けていた。一気に色々と話されたが、キオウの声はゆっくりしていて、情報量が多くても聞き取れてしまうのが不思議だ。私はキオウの手に残った薄い桃色の炎に目を奪われていた。
「キオウさんの炎の名前はなんですか……?きれいな薄い桃色をしている……。」
キオウは揺らめく桃色を眺めながら話し始めた。
「『薄墨の炎々(うすずみのえんえん)』って言うんだ。ほら、いま引導した亡霊の軌道を見てごらんよ」
私は空を見上げた。亡霊が桜の花びらを散らしながら、天へと昇っていく様子が見えた。私は偶然にも降ってきたその花びらを手に取った。静かに眺めていた。キオウは再び話し始める。
「死んで魂だけでも……秘めたる思いは永遠と火花を散らす。その姿は儚く美しい……。その炎の勢いは桜の散る姿とともに一生刻まれるであろう。って言うのが僕の想いなんだ。」
私はただ静かに、しかししっかりとキオウの言葉を胸に刻んだ。言葉って、本当に美しい。キオウは炎を消し、改めて話し始めた。
「これは死神としての仕事に慣れてきた頃に誰でも発現するものでね。出し方自体は簡単だ。少し手に意識を集中するだけ。そしてその炎は使い手の想いがそのまま特性として現れる。炎じゃない場合もざらにあるよ。水だったり、光だったり。やってみたら、ミラ。」
私は意識を手に集中してみた。すると青く立ち上がる炎が出てきた。しかし、キオウほどの勢いはなく、優しい炎だった。キオウはそれを優しい瞳で眺めた。
「……これは……きれいな炎だ。…………ミラ、この炎に名をつけたとき、この炎の特性を決定することになる。この炎を言葉にするなら、何だろう。君の想いは、どんなものかな?」
私は悩まなかった。すぐに「これしかない」と浮かんだ。
「瑠璃の灯。送るための炎じゃない。灯すための炎です。火力はなくても絶対に消えることなくそこにあり、灯す炎……。これが私の想いであり私だけの瑠璃色です。」
キオウは目を細めて微笑んだ。嬉しそうだった。この子を選んでよかった。そう言っているようだった。その3日後だったか、キオウは退職した。体がもともと弱かったそうだ。そして私は人間担当の死神として一人前になった。——
アリスはとても集中して話を聞いていたようだった。初めて触れる同僚の過去になにか感じるものがあったのだろうか。
「……へぇ、灯ってミラがつけた名前だったのね。やっぱりミラって、簡単に説明できないような素敵な感性を持っているのね……。」
そしてアリスが一番気になっているであろうことの答えを私は口にした。
「……私の炎は『灯』なんだ。魂や亡霊を送るだけのものじゃない。『灯す』ためのものだ。私の炎に魂のあるないは関係ない。……前に言った通り、私は非合理的だ。この炎の使い方までもがね。実は、魂を引導するときに、その魂が生前大事にしていたであろうものにこの炎を灯して、魂と一緒に三途の川に送ったりもするんだ。仕事に追われている奴がこんなことわざわざしないだろう?……これを利用すれば、アンドロイドも起動できると思うんだよ。わかったかいアリス、」
アリスはどこかしみじみ聞いていた。しかししおらしくなっているわけでは決してなく、むしろ満たされているようだ。まだ料理は来ていないのに。
「なるほどね……。そういうことか。初めて聞いたよミラっちの過去のこと。なんか、全部納得だし、改めてミラっちのこと素敵だって思ったよ。なんかお腹いっぱいだ~……。」
そう言った途端、釜めしと釜おでんが運ばれてきた。アリスはさっきまでしみじみしていたと思われたが、急に髪をすべてまとめて結び直し始めたた。腹はやっぱり減ってたらしい。アリスは釜めしを豪快に口に入れて咀嚼していた
「あー釜めしうますぎ!見てこれ!白身の焼き魚入り!あー心もお腹も満たされて今日は幸せだぁ~」
アリスの膨らんだ頬を見て、私も柔らかく微笑んだ。釜おでんを口に入れた。
「……あっつ。」
ちょっと口をやけどした私だった。
3話です!更新ペースは本当に適当になりそうなのでご了承ください。そして,宣伝になりますが,私が書いているもう一つの小説「異世界はすぐそばに」の更新を再開いたします!結都曰く,「新たな知見が増えた。だから共有したくなった。要は気が変わったんだ私。」だそうです!そちらもこうご期待です!




