2 代理人探し
―死神にだって,『好奇心』ぐらい,ある。―
次の日。私はいつも通り出社し、引導課の自分の机を少し整頓してから、下の世界へと降り立った。出社する時間がめちゃくちゃ早いため、誰かがいるわけがない。再び会社の入り口の和風な門をくぐり、下を覗いた。その下にはどこまで続いてるのか、考えたくもない階段が奈落の底まである。そんなものを下るとか私は絶対嫌なので、いつも門からバンジージャンプで下の世界まで降りるのだ。風が気持ちいい。いつもはたいして気にしていなかったけれど。下の世界につき、さっそく目の前に亡霊があった。
「いややべぇ!亡霊になってる。さっさと成仏させないと」
亡霊に近づき、手で触れた。そして手を上に振り上げて半強制的に上の世界へと送り出した。はたから見たら上に向かって投げつけてるようにしか見えないわけだが。死神の姿は生身の人間には認知できない。なのでなんでもいいわけである。
「はぁ全く、代理人探しを並行して行おうと思ったけど、いけるかこれ……。時間も限られてるし……」
少し気だるげに独り言をぶつぶつと言う。無論これも誰かに聞かれることはない、というかそもそも聞こえないため独り言を言いたい放題なのだ。少しだけ空を飛びながら、魂を探す。死神はやはり死神と言うだけあって、「死」を感知し、視認できるのだ。しかし人間担当の私の眼には、その魂はえげつない量映っているのである。手当たり次第に上の世界へ引導していった。最初に引導したのは、自殺の次に多い「病死」の魂だった。かなり高齢であろう見た目の遺体が布団の上に乗っかっている。私はいつも通りその魂が宿っている空虚な遺体に話しかけた。
「……君は今、病気により亡くなった。……かなり持ちこたえたんだろうね、体見ればよくわかるよ。」
その魂は素直で、遺体から自分で出てきてくれた。その魂は浮いているが、どこかおぼつかない。
「……死んじゃったのねぇ私。お迎えかい」
「ああ。そう。上の世界に引導するよ」
「……みんないるかな」
「みんなが誰かはわからないけど、一人ではないと思うよ」
私は魂にそう声をかけて、上の世界へと引導した。魂を手に乗せ、青い炎とともに上へかざした。引導自体はこれで完了なのだ。魂は上へと昇って行った。確かに魂が増えすぎているのも過労の原因だが、私の引導のやり方も、仕事の効率化において大きな障害となっている。
「……なんか話しちゃうんだよね、魂と。私ももの好きだな」
そう言いながら次の魂のもとへ。今日はやたら病死の魂が多かった気がした。そんな中、やっぱりあった。自殺の魂が。その少女の遺体の首には、痛々しい紐の跡があった。私は正直、自殺者の魂との会話は気が重かった。でも話したくなる。さっさと引導すればいいものを。
「……君は今、首を吊って……あーやめだ。とりあえず遺体から出ておいで」
「……誰?」
「私は死神のミラ。君の送迎者だ」
魂は出てきた。魂はもう周りこそ見えないものの、音と感触だけは残るのだ。しかしその割には、少女の魂はまさに「空虚」な雰囲気しか残っていなかった。音なんか聞こえていないかのようだ。
「……そっか、死ねたんだ」
力ない、声。死神のみ聞ける声。私はどこか脱力感を覚えた。心地いいものではなかった。
「……いくよ、お嬢さん。まぁ、委ねていなさいな」
私は何も深堀することなく、魂を引導した。自分の手にもあんまり力が入らなかったことを感じた。手の青い炎も力なく、すぐに消えていった。
「……はぁ、……よし次だ次……」
私は一度周りを見渡した。少女の家から出てみると、あたりに亡霊が浮かんでいる。一本道の上にいくつもふよふよと。
「……これなんだよな一番疲れるの。あんまりやりたくないけど……。いっぺんに引導するか」
そう呟いて、私は少し集中した。手に青紫色の炎を強く宿した。その炎を宿した手で一本道にいくつも浮いていた亡霊を包み込んだ。そして一気に炎を空へと巻き上げた。青い軌道を描いて、亡霊たちは上の世界へと昇って行った。
「これ、亡霊は一気に引導できるけど、魂はできないんだよね、いっぺんには」
亡霊は、すでに中身が欠落している「抜け殻」。よって炎で複数個を同時に引導することができる。しかし魂はそうはいかない。と言うより、できないのだ。魂を複数個同時に引導できるほどの炎の火力が私にはない。こういう複雑なことがあるから、人間担当の私は日々多忙なのである。それに、私はもの好きだ。魂の声を聴いてから引導することが多い。要は非合理的なのだ、私は全体的に。手に残っている青い炎を眺めて、昔アリスに言われたことを思い出した。
——「ミラって、炎を出せるのね!すごい」
「すごくないよ、火力がないもん」
「え、あ、ホントだ。火力上げれば?きっとその方がいいっちゃいいんでしょ?」
「うーん、なーんか好かないんだよなぁ、火力強めるの。……私の美学だよ。『ともしび』的な。この青い炎も『瑠璃の灯』って言う名前だし」
「へぇ~……。……ミラってこういうとこあるから、仕事が中々終わんないんだよ、でも私はそっちの「灯」の方が好きね」——
懐かしい。そういえばそんな会話もアリスとしていたな。そう思いながら昇って行った亡霊の青の軌道を眺めていた。その軌道の先に、何やら建物の影がある。今いる場所とは全く合わない灰色の箱のような建物が。今いる場所はまさに田舎で、ただ田んぼが広がっているせいで、建物があればどんな建物であろうと目立つ。そんな場所だ。そんな場所にやたら大きそうな灰色の箱の形の建物があればどんなに薄く佇んでいようがそりゃ目につく。私は興味本位でその建物へと向かって飛んで行った。道中見かけた亡霊や魂を引導しながら。
たどり着いた灰色の建物は思った通りて建てられている場所のミスマッチが半端なかった。こんな田舎にこんな建物あるものなのだろうか。
「どこが入り口かもわからんな、まぁあんまり関係ないけど」
私は暢気にその箱にちかづいてみた。私は死神。人間には認知できない。よってどっから入ろうが死神であるというだけで説明がつく。私は適当にその箱をすり抜けて、中に入ってみた。そこは薄暗く、無機質な監禁所のような場所だった。しかし汚いわけでは決してなく、ちゃんと電気はついている。言うなれば、誰もいない地下鉄の連絡路のような。そんな感じがした。私は物怖じせず進む。いくつか壁にドアらしきものがあったが、気配が感じられなかったためスルーしていった。しばらく一本道を歩き続けていると、目の前に大きなドアが見えた。その奥はどうやら開けた空間になっているようだった。立ち入り禁止の張り紙が見える。私はその空間に気配を感じた。人がいるようだ。死の気配はしなかった。ドアをすり抜けその空間に入ると、白衣を着た中年の男性が二人、何か話している。人には見えないことをいいことに、私はその話を彼らの背後で胡坐をかきながら聞かせてもらった。
「全く、読心術が使えてもうまく出力できないなんて……」
「いや、出力はできるんだ、ただうまく伝えられない……、世に出すつもりだった以上、会話ができるように開発、研究したのだが。やはり読心術という重いものが搭載されているからか、データ量は半端じゃないし、……」
私は正直何を言ってるかはあんまりわからなかったが、どうやらこの場所は何かを開発していた場所らしい。田舎にあるのはミスマッチが過ぎるが、ひっくり返せば人目につかない、と言い換えられる。まぁ諸事情だから深堀してもしょうがないのだが。二人の会話はまだ進む。一人の男性が銀色の鉄の机に置いてあった少女の見た目をした人形だろうか。それを手に取って再び何か話し始めた。
「……これはどうしようか。ここまで開発してしまった以上、もう一度解体して作るには無理があるのだが……」
「処分でいいだろう。もう一つ開発途中のサンプルがある。それを使えばいい。今度は出力のデータも……」
そう言いながら、男性は手に持ってる少女の見た目の人形をどこかへもっていくようだ。私はついていった。その広い空間にはいくつかドアがあった。そのうちの一つのドアを開けた。そこはまさに「廃棄場」だった。私は驚いた。何体もの鉄人形が転がっていたからだ。無論、男性の手に握られていたそれも、そこに放り込まれ、ガシャッと鉄の音を立てて転がった。男性はドアを適当に閉めた。私はついさっき捨てられた鉄人形に近づいた。やはり、落ちたときの音の通り、少女の見た目をした人形は鉄製なのだろう。しかし鉄製な割に、肌の質感がやけにリアルだ。この廃棄場に捨てられている人形の中でもトップだろう。私はその人形を眺めていた。ただ、眺めていたのだ。
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