1 死神の苦悩
―過労な死神って,実は,存在した。―
「……ここなら……いける」
そう思った。それはその通りだった。ベランダの熱い地面が裸足の足にじんわりと沁みてくる。
そんなことはいま、どうでもいい。目の前の柵をよじ登った。小さい頃は届かなかった場所に、僕は立った。
「……」
気づけば鈍い音とともに、相変わらずごつごつした地面にたたきつけられていた。……それで終わるはずだったんだ。僕の耳はもう機能していないはず、僕のすべては何にもないはずなのに。声がした。まだ僕を叱る人がいるのか。死に際ぐらいほっといてくれよ。
「……君は今、一軒家のベランダから転落した。そして死亡した。……って、昔はよく言ってたんだけどな。でこの後言われた側が驚くまでがテンプレだったんだけどね~。でももう言う必要もないだろうさ。キミ、自分でわかってるんだろう?」
「……誰だ?」
僕は今死んだはず。こいつはなんだ?黒くて長いコートの下に、白いシャツ、銀色のネックレス、そしてダボっとした黒いズボンをはいて,彼女はふわふわ浮いていた。そいつは呆れ交じりな笑顔をしながら僕を眺めていた。
「……私は死神のミラ。君が飛び降りたからここに来た。ただでさえ最近忙しいんだ。君みたいな人が増えすぎててね」
僕は茫然としている。目の前の死神とやらは一体何なのか。しかし正直考える気力も残っていなかった。ただ眺めていた。
「……まぁいいや。さてと、キミをあの世の三途の川に引導するよ、脚だけは滑らすなよ、じゃあね」
そういってその死神は、僕に触れた。気づけば僕の体はなかった。ただふよふよと浮く魂だ。そして僕はすごいスピードで死神にあの世とやらへ送られたらしいが、体がないので言葉でしか覚えていないしわからなかった。
「……」
私はふぅと一息ついた。手には青い炎が燻っていた。今魂を引導したからだろう。本当は一息つくほどの暇もないのだ。まだ死んで成仏できていない魂が山ほどある。
(……増えすぎだ、急に。前までは大体の死んだ人たちはなんで死んだのかもいまいちわかっていない者が多かったのに。……急がないと、魂が勝手に体から抜けて、亡霊としてここに残ってしまう。)
私は次の魂のもとへと向かった。休む暇などない。私は疲弊しきっていた。急激に増えた魂のことを考える余裕もないほどだ。私は魂をとにかくあの世へ送り続けた。手あたり次第亡霊となって放浪しているものも引導していった。がむしゃらとはこのことだろう。気づけばあたりは暗い。今日の滞在時間はもう使い切ったため、私はあの世へと戻ることにした。
私はあの世にある、「ヨノア会社」と言う会社に勤務していた。あの世に存在する大きな会社で、あの世と下の世界(現世のこと)の魂の行き来を担う会社だ。様々な課が存在し、日々働いている。相変わらず和風な門をくぐり、オフィスへ入った。「引導課」と書かれた部屋に入り、自分の机にどっと伏せこんだ。
「……もー動きたくない。ったく増えすぎだっての、なんでだ」
重い体にあらがうことなく、私はしばらく机に突っ伏していた。
「だ、大丈夫?ミラっち。ここベッドじゃないよ?」
声がしたと思えば、同僚のアリスだ。アリスは私と同じ死神で、彼女は確か植物の魂の引導を担当していた。引導は基本的に死神が担っており、各死神によって担当する魂が違うのだ。少なくとも私よりは多忙ではないはずだ。どこでどの植物が枯れてなくなるか、時期が案外はっきりしているからだといつか聞いた気がする。なんとか重い体を起こし顔を上げた。アリスのことを見ず、少し乱れた髪をかきあげながらつぶやく。
「大丈夫って言ったら噓になるな、だから大丈夫じゃない。マジで最近人間が死にすぎていて魂の引導が追い付かない。下の世界にいられる時間は限られているわけだし、一生私このまま休みなく働くんか……?」
「あらら、こりゃほんとにきてるね……。確かにミラっち、最近休めている日がないわよね。いつでも下の世界に行っては魂を回収して」
アリスは一回ここで口を止めた。つぐんでいるようだった。しかし何を決心したのか、アリスはこんなことを言った。
「思い切って、一度休職するのはどうかしら。私の眼にもミラっちがいよいよやばい様に見えてきたよ。確か申請すればよかったはず。あーでも……」
私はアリスが「あーでも」と言ったその先もなんとなくわかる。代理を立てなきゃならないのだ。自分の仕事を肩代わりしてくれる代理を。アリスもきっと同じこと考えているんだろう。アリスが言う前に私が言った。
「……代理だろ、代理人を立てなきゃなんないんだよな。うーん引導課の中で肩代わりしてくれる人は……」
「いないでしょうね、だからミラっちが下の世界の魂たちに直接スカウトするしかないね。でもそんな良い器、中々いないって聞くな。……お先真っ暗じゃない」
その通り。私は結構崖っぷちなのだ。でも、アリスの厚意もある。私はすっくと立ちあがった。アリスはそんな私を見つめていた。アリスはすこし心配そうな、でも真剣な目で見つめている。
「……ありがとアリス、良い機会だし、代理探しつつ休職する旨だけ課長に伝えることにするよ。代理人が見つかり次第休職しますってな」
「うん、そうしなさいな。代理人探しうまくいくといいね。あ、あとミラっちミラっち!あの人!知ってる?」
「ん?」
アリスは興奮気味に指をさした。オフィスの窓際の席で書類を整理している若い男性が目に入る。いや、幼いと言ってもいいかもしれない。彼の周りには人がいるようだ。
「あの人!最近入った若手さんなんだけど、マッジで情報整理が天才なの!私たちのこの、魂の引導数と亡霊の引導数が記録される銀色のガラス玉ネックレスあるじゃん、彼、その引導数データから、ノルマ満たせてるかとか、データをグラフとか表にして変化を解析したりとかして、社員を管理してるんだって!マジすごいよね、それにすごいのが、一人一人のデータ見て、声をかけたりとかするらしいの!マジ紳士……」
アリスはテンションがあからさまに上がっていた。私は正直最近多忙だったせいで、彼のことなど気にしたことはほぼなかった。
「へー、声かけたりって、どんな?」
「この前見たのは、爬虫類担当の死神さんに、彼が「データを見たのですが、引導数が急に二倍に増えていましたね、無理していないでしょうか?ノルマは満たせていますし、爬虫類が亡霊になる前にほとんど引導できてますから、焦らなくて大丈夫ですよ」って話しかけてたのー!」
「ふーん、じゃあなんで私には話しかけてくれないのかねぇ……」
「そりゃだってミラっち,このオフィスに戻ってくるの大体彼がお仕事終わった後だからね。今日は運がよかったね!」
アリスは相変わらず目がキラキラしているように見える。私は半開きのジト目で彼を眺めた。彼は私と違って活きがよさそうに見える。当たり前だが。興奮気味なアリスを横目に見ながらぼそっとつぶやく。
「……気になってんの?彼のこと」
アリスは肩を震わせた。図星らしかった。アリスはぱっと振り向いてえへへと笑う。
「だって紳士的だもん~。大体ミラっちはそういうのに対して疎すぎるのよっ、もうちょっとこう……さ!」
「私はそういうのを眺める方が好きかな」
「ほんとに過労気味なのあんた!?口が達者ねっ」
アリスは顔を赤らめながら私に無意味な抵抗をしていた。怒ってはいないようだった。私はそんなアリスを笑ってからかっておいた
「じゃ、ちょっと課長のとこ行ってくるから。ありがとねアリス」
アリスは我に返ったように私の方を見た。アリスのサイドテールにしている薄めの金髪が大きく揺れた。
「うん!代理探しも頑張ってねミラっち!」
「ああ。」
私は重い足取りで課長の部屋へと向かう。秘書に確認を取ったのち、ドアをノックし相変わらず緊張する部屋へと入った。
「失礼します。引導課の人間担当、ミラです」
少し声低かったかもと反省しつつ、肩をすぼめながら部屋に入った。課長は机に座っていた。課長は体つきが少し大きいが、案外物腰柔らかな人で、威圧感を感じる顔をしているが優しい性格の方だった。
「おー、ミラか。どうかしたか、こんな時間まで仕事をしていたのか」
あっさりした言葉を返す課長。
「単刀直入に申し上げます。しばらくの間、休暇をいただきたいのです」
課長は少し驚いたような顔をし、しかし冷静にミラを見つめなおす。課長は何かに気づいたようだ。
「……わかった。その目の下を見ればわかる。かなり切羽詰まっているようだな。しかし、ルールはルール。代理人を立ててから、休暇申請書を持ってきなさい。……深い詮索は今はしないでおこう、きっと疲れているのだろうミラ。今日のところは休みなさい」
課長は気を使ってくれたようだ。私はそんなに疲れが前面に出てるのだろうか。相変わらず重い足どりでオフィスに戻った。戻ると、すぐにアリスが話しかけてきた。
「ミラっち、課長さんに言えた?」
少し心配そうな声で聞いてきた。
「うん、とりあえず明日からは代理人探しするよ、仕事しながらね」
私は静かな声でそう言った。アリスはかばんから何かを取り出している。箱のようだ。
「はいこれ!彼岸屋で買った大福!これ食べて疲れ取ってね。じゃ私は帰るわ!じゃあねミラっち!」
アリスは手を振りながら階段を下りて行った。お礼を言いそびれたなと思いながら可能な限り笑顔で見送った。そしてすぐふぅと息をついた。そして私も帰る準備を始めた。
記念すべき第一話です!お読みいただきありがとうございます!不思議な死神の物語,ぜひ楽しんでください!ブックマーク,感想等とても励みになります!




