46 鈍色の鈴
私は話し始めた。できるだけわかりやすく丁寧に。あと声量にはかなり気を付けた。
「順を追って話しますと、まず、トアを連れてきた理由は、前に言った通りです。私の助手としてスカウトしました。」
「ええ、そうでしたね。」
スズさんの声を聞いていると不思議と落ち着いてくる。魔法使いのようだ。ツムギは肩の上でくつろいでいるトアの頭をなでていた。私は見逃さなかった。スズさんも少しだけ笑っているあたり、見逃さなかったのだろう。
「で、私は日々大変な引導をしている中で、『自ら命を絶つ者』がやけに目立つように感じていたんです。そして私はそれをどうしても改善したい。これは理由などない、ただの私の願いです。合理性など微塵もない。そこでこの私の願いと、過労を改善するためのある労働改革を思いついたのです」
スズさんは流石に目をまん丸にした。スズさんって目が開いているのか開いていないのか微妙なところで、私には糸目に見えたりする。しかし今回はしっかり目が開いた。黄色の澄んだ瞳が見えた。
「労働改革……?なんて大掛かりな響き……内容はどのようなものなのですか?」
「改革名は『ミラーメトロ』。改革内容は2つです。まず、下の世界にあるあらゆる鏡すべてに空間を設け、いわば『駅』に改造し、三途の川まで直通させます。そうすれば私は、魂に炎を灯して鏡に入れるだけで引導は完了し、仕事の効率が上がります。」
「……な、なんと言う発想力……頭が上がりませんね。しかしそんな改造を施す手段はどうなさるのです?」
ツムギがここで話に入ってきた。ここからはツムギも分かる話だ。
「それが、交霊会議の代理人だったんですよ。交霊会議でこの企画を提示するつもりで、ミラは代理人を申し出ていました。そのタイミングで俺とミラは出会ったんです。」
スズさんは点と点がつながったようで、ゆっくりと糸目に戻っていった。
「なるほどなるほど……つながりましたね。そこで、ミラさんとツムギが対峙して、代理人の席を争うことになったわけですか。」
ツムギはちょっと目を逸らした。実際は私のK.O.勝ちだったし。
「その時に、課長が提案をしたんです。交霊会議は各課の問題点を話し合う場。よって2人には自分の仕事における問題点を資料にまとめて持って来いと。どちらが深刻かどうかで連れて行く人を決める、と。」
スズさんは腑に落ちている。
「さすが課長。理にかなっていますね。流石です。」
「それで、ある日私がツムギの行き詰っている様子を見て、下の現状を叩き込んでやりました。情報処理ができても、問題点は見えてこない場合だってあるんだぞと。自殺現場を叩きつけてやったんです。すみません勝手にバイオレンスなものを見せつけてしまって。」
ツムギはバツが悪そうだ。スズはゆっくり首を振る。
「いいえ。そのおかげでツムギはここまで成長できたのです。感謝いたします。」
スズさんはペコと一礼していた。どこからどこまでも丁寧で逆に困惑してしまう。
「その後ツムギを仲間にして、私の過労具合を示す資料を制作してもらったんです。その際に資料室に訪れました。」
「そうでしたか。なるほど……。では、設計図と言うのはそのミラーメトロの設計図のことを指すのですね。しかしそれを書ける者がおらず、行き詰まっていたところに例の個展を見つけて、ヒントがないか探しに……ってところでしょうか?」
話が早い。流石ツムギの師匠。アリスが言っていたな、スズさんは長く働いていると。流石すぎる。
「そういうことです。そして設計図があった方がいい理由が、分かりやすさを出すためと言うのともう1つあって。それがミラーメトロのもう1つの役割にもつながるんです。私の願い……自殺者を救うための役割に。」
スズさんは真剣な顔で聞き入っている。ツムギもだ。
「鏡の中に空間を作り、自分を見つめ直す場所として機能させたいんです。鏡の中に人員を配置し、鏡を通して自分を見つめ直す。そんな場所。生きている人間が行き詰まったとき、その鏡に自分を映し、鏡の中の『他人』という『鏡』を通して自分を見つめ直してほしい。これは口で説明するだけでは理解が困難であると思うので、設計図がいるわけです。」
スズさんは静かに聞いていた。少しだけ、震えが見受けられたかもしれない。
「…………すべて理解できました。……ミラさん、あなたは本当にお優しい方なのですね。すべて伝わってきましたよ。うん。うん。……ツムギは素敵な方と出会えたみたいね。嬉しいわ」
スズさんは柔らかく笑った。そして目を開けて私の方を見た。吸い込まれそうな瞳だ。
「……先ほど労働改革とおっしゃっておりましたので、ストライキなるものを想像してしまっていましたが……こんな素敵な労働改革、私もお力添えさせて頂きたく存じます。」
「え!?」
「ほんとですかスズさん!?」
ニコッと笑ったスズさん。美しい雰囲気が凄まじい。
「ええ。もちろん。私にできることを致しましょう。……それに……私も実は、非合理的なんですよ。」
「どういうことですか……?」
ツムギが恐る恐る聞いていた。私も気になった。
「……実はね、私も……いわば『自殺』に近い形で、亡くなったんですよ。下の世界で……ね」
雰囲気が変わった。くつろいでいたトアもサイズを大きくしてツムギの上に座った。感じ取ったのだろう。
「……コエキコエル……スズサン オト オオキイ!……ワタシノ……コ……ユウキ……」
「……流石トアさんね、聞こえちゃいましたか。良いでしょう。お話します。ツムギにも話したことはない話です。」
——私は普通に人間として生きていました。覚えていることとしては、マルチタスクに長けていたことと、仕事がしっかりできる有能人間だったことぐらいです。しかしその人間も、あるきっかけで変わりました。結婚して子供ができたことで、ね。よく同僚から聞いていたのです。子供は人を変える、と。まさにその通りでした。可愛すぎて、でも忙しくって。子育てはとてつもない力が要ります。いろんな力が。忍耐力、体力、……許す力なんかもですね。子供は周りの環境を見て育ちます。下手したら一生残る傷を抱える場合だってあります。私は子育てについて調べつつ、幸せな日々を送っていたのです。送っていたのですが……子供が大きくなった頃です。彼は……ユウキは……元気がなくなっていました。中学生頃ですね。いじめがあるわけでもなく、無気力で、朝も起きられなかった。腕には傷ができていましたし、悲観的な考えが増えていました。勉強についていけていなかった様子は私も知っていましたので、おそらくそれだろうと思っておりました。ですので励ましだったりをして、寄り添っていた……はずでした。……それもむなしく、彼はどうやら、自分の存在価値を見失ってしまったようでして……。
——自ら命を絶ってしまいました。家にあったのはその跡だけ——
……よく彼が言っていたのは、『俺は、この先どう生きればいい?』と言うことでした。彼が通学していた中学校には、何をすればいいのか、何ができるのかわからないなんて人は、見受けられなかったそうなんです。机に残されていた手紙に書いてありました。
『周りの子たちはみんな何かを持っている。勉強、スポーツ、人間関係、趣味、特技。できることが、好きなことが必ず一つはある。輝いて見えるんだよ。眩しくて、羨ましくて。でも、俺は、見つけられなかったよ。何をやっても楽しいとは思えないし、まずできないし。勉強だって、頑張ってたつもりだったよ。でも、追いつけなかった。母さんは何度も励ましてくれてたよね。絶対大丈夫だって。でも、俺はそうは思えなかったよ。でもうれしかったな、母さんがさ、俺が成績が上がらない、ひどい通知表を見ても、全く怒らないでいてくれてさ。励ましてくれてさ。仕事で疲れてるはずなのに勉強一緒にやってくれたり。……ありがとう。ごめん、でももう…………無理だ……』
……無、でしたね。環境がここまで彼を追い詰めていたことに気づけていなかった私の落ち度でもあります。仕事が忙しかった。というキレイゴトで片づけたくなかった。その日はもう何も手につきませんでした。唯一の子供でしたし、涙も出ないほどショックでした。葬式を終えて、また淡白な日々に戻りました。変わったことは、仏壇が増えたこと。私はもちろん夫共々ショックで、まともに生きていたかすら覚えておらず、おそらくそのまま離婚したと思います。そして私は体の調子が崩れやすくなって、仕事を辞めて療養することになったんです。
その後私は別の地に移って、1人で自然に囲まれて過ごしましたが回復の兆候も何にもなく、とうとう食事もまともに取れなくなって、歩けなくなりました。『鬱病』と言うやつです。空っぽになった心を満たせるものはもう存在していない。そのままおそらく、亡くなったと思います。ストレスで死ぬことがある。まさにこれでした。そして気づいたら……
「スズとして引導課にいたのです。しかし、私はもう下の世界に行けませんでした。なので、死神として最初はスカウトされたようですが、のちに断り、情報処理として働くことになって。心が埋まらないまま過ごしていた時に、来たのが、ツムギ。あなただったってわけです。やっと満たされたの。だから正直ね、異動が決まった時悲しかったし、またユウキと……同じようなことにならないか……不安でした。だからミラさんには感謝してもしきれません。」
「………………」
「………………」
私の視界がものすごく悪い。ツムギも話はおそらく理解できたはずだ。あれだけリアルを叩きつけたのだから。トアの頬は桃色をしている。あとで教えてやらなば。私たちは今、『空虚感』と『失望』に苛まれていたと思う。……苛まれていた。
こんにちは。本日2回目ですね。スズです。まさか2回もここに来られるなんて,うれしいですね。
作者様の意向で,私の過去も本日公開と言う流れとなりました。何を思ったのでしょうね~作者様は。
皆さん,きっとこの後書きを読めるほど,きっと体力は残っていないことでしょう。私の過去が凄惨過ぎて。なので一言でまとめます。
―あなたは,私の,宝物―
以上です。誰かを救う言葉になればと思います。また次回!お楽しみに。




