39 尊いリアルは説明不能
―恋は,人を変える―
2人は必要なデータを取り、資料室を後にした。スズに託された鍵で、ツムギは資料室をしっかりと施錠した。その鍵を大切にポケットにしまったツムギは、ちらっとミラの方を見た。冷たい顔をしているのがきっと伝わっているのだろう。何故あの2つのデータを使うと言ったのか。聞きたいのは山々だと思う。
「……な、なぁミラ、……その……」
話しかけていいのか、駄目なのか。おどおどしているツムギだった。私の右目はすっかり燻って、先ほどよりは落ち着いていたが、顔は終始凍り付いていた。
「……ん、何?」
声色が思った以上に低い。私もそうしたくてそうしているわけではないのだ。なぜかいつもの声が出ない。ツムギは少しビクっとした。
「……いや……、すまん。何でもない」
私はツムギの方を見た。ツムギは再び緊張した面持ちを見せた。私はふぅと息をついた。
「……2つのデータをどうするつもりか、と聞きたいんだろう?」
ツムギは恐る恐る頷いていた。別にツムギのことを軽蔑しているわけではないのだが……そう感じられるような雰囲気を放ってしまっているというなら、それまでの話だ。廊下の電灯はすっかり灯っていて、社員もほとんどいないようだ。
「……今聞きたいか?」
私はゆっくりと重く、ツムギに問いかけた。
「……いいのなら…………。」
私は再び長めに息をつき、頬をパンと叩いた。ツムギはまたまたビクッとしていた。完全に怯えている少年のように見える。
「……すまんツムギ。怯えさせてしまっているな私。……ツムギは悪くないし、私の悪い癖が前面に出ているようだ。感情的になってしまった。詫びないとだね。よし!ツムギ、ついてきて。飯奢るから」
「え、え?あ、おお」
ツムギは拍子抜けだっただろう。私の右目はだいぶ凪いできた。2人は五福停へと向かった。道中私は何もしゃべらなかったが、ツムギはどこかそわそわしていた。
「なんだここ……?」
「飯屋に来たことないタイプか?」
「ないな、基本家で自炊だった。スズさんに料理教えてもらってたから……。」
ツムギは初めて見る紺色の暖簾をまじまじと見つめている。ゆらゆらと相変わらず客を誘うような暖簾だ。毎回のことだが座敷席に案内してもらって、メニュー表を暢気に眺めた。ツムギは挙動不審気味だ。
「ツムギ、この中で食べたいと思うものはどれだ?」
ツムギは渡されたメニュー表を見る。なんとなく目を通しているようだ。
「……なんだこの赤い丼ぶりみたいな……」
「あー、マグロ丼だそれ。食ってみれば?トアもマグロ好きだったし」
ツムギはあからさまに目を細めて私を睨んできた。私は目を背けておく。しかし流石ツムギ。ちゃんとマグロ丼注文してた。私は軽めにとろろかけうどんにした。ツムギは慣れない定食屋にそわそわしていた。しかし料理が来ると話は全く違った。ツムギはまさかの丼に乗ってるマグロだけを食べた。私はめっちゃ笑った。やってることがトアを全く同じなのだ。
「だははははっ!!」
「え、えぇ!?なんで食っただけで笑うんだよ!?」
「あのねツムギ、それ、下に白米があるだろ?それと一緒に食べるものなんだよ」
「た、食べ方まであるのかよ……、てかなんで先に言わないんだ!!」
「だってやってることがトアと全く同じなんだもん。トアも前にアリスの家でマグロの寿司って言う、白米の上にそのマグロが乗った料理食べたんだけど、マグロだけで食ってたな、」
「…………」
ツムギは顔を真っ赤にしている。こいつやっぱり可愛い。これがトアとくっついたらとんでもないんだろうなと想像しながらうどんを啜った。ツムギはマグロ丼がお気に召したらしく、またまたトアを彷彿とさせるほど口に詰め込んでいて、一瞬うどんを吐き出しそうになった。
「なんだかんだ、ホントにトアとツムギって似てるね」
ツムギは水を吹き出しそうになっていた。
「似てるわけないだろっ!!どこを見てそう思ったんだ」
「ほぼ全部だろ」
ツムギは顔を赤らめながら口をとがらせている。私は目を細めながら眺めていた。そういえば今まで、からかってはきたけど、本心は聞いたことがなかったな。この後きっと、あの2つのデータのことやら私の目のことやらで重くなりそうではあるし。私はツムギの肩を抜く目的も含めて、こんなことを問いかけた。
「……なぁツムギ、別にからかってるわけじゃないから、素直に答えてほしいんだけど、」
ツムギはマグロ丼を咀嚼しながらこちらを見た。口はもう尖ってはいない。
「……トアのこと、どう思っているんだ?」
ツムギが目を見開く。ギクッというオノマトペそのものだ。
「……からかってんのか」
「違う。気になったのさ。トアはツムギの頬をやけに気に入っているし、行動を見ているともしかしたらもしかする段階にきている気がして。でもツムギの本心は聞いたことがなかったし。実際今日初めて知ったからね、ツムギに記憶が存在しなかったなんて。」
「あぁ。記憶、な。記憶ってのは要するに、過去のことなんだよな?で、スズさんの話からすると、俺も下の世界で生きていた時期があったってことなんだろ?でも、それを俺が理解する前に死んだから、俺にはその記憶ってものがないんだったか?」
さすが、理解は早い。私はうんうんと頷いた。
「そう。そういうことになる。……トアもかつては辛い境遇にあったんだよ。読心術アンドロイドとして世に出るつもりが、うまく言葉を扱えないからって理由で捨てられそうになってたんだ。トアには記憶も何もなかった。記憶が生まれる前に処分されそうになっていた。だからかもね、ツムギと似ているような部分が見受けられるのは。」
「……トアにそんな過去があったのか…………」
ツムギはマグロ丼をさらっと食べ終わり、しみじみと聞いている。
「……で、ツムギ。トアのことはどう思っているんだ?」
ツムギは顔を再び赤くしながら黙りこんだ。……これは何も言えないパターンかなと私があきらめかけた時だった。
「……俺にもわかんないんだよ。記憶ってもんが存在しないからか知らないけど。……でも……なんか……トアと過ごしてると……なんかその……この辺が……震えるというか……なんか放っておけなくて……可愛くて……守ってやりたいって思うことがある……。」
ツムギは胸に手を当てて言った。スズさんにもう一度会いに行ってこのことを伝えたいと思った。
「……好きなんだね、トアのこと。そういうのを『恋』って言うんだ。ツムギの心が、トアに引き寄せられているんだ。この人だって。ツムギの心が、トアだよって教えてくれているんだ。だから気になるし、可愛く見えるんだ。」
ツムギは顔を赤くしながら目を伏せた。
「……この感情も、下の世界にはあるのかい……?」
「……ああ、ある。尊い感情としてね。これもまた、データで説明できない。尊い『リアル』なんだよ。ツムギはこのリアルを、いつかトアにも教えてやってほしい。ツムギの言葉で。ね」
ツムギは目を伏せたままだったが、だいぶほぐれているようにも見えた。この2人の成長が、待ち遠しい。
ご覧いただきありがとうございます!39話です!資料室でのドロドロとした雰囲気から一転しました!ちょっと甘酸っぱい話になっております!まぁ,この後例の二つの報告書のことが明かされるわけですから,アイスブレイクはやっぱり大事ですよね!皆さんも,。アイスブレイクを大事にしてくださいね。「異世界はすぐそばに」を読んだらだいぶアイスブレイクできるかも?(※ポン太作の完結済み短編集です。よかったらぜひ!)
また次回もお楽しみに!!




