31 人間引導禄 「伝わらない孤独」
―言葉が分からないだけで,生まれてしまう『孤独』がある―
私とトアはお葬式場を後にした。ほっこりとした、穏やかで心地良い雰囲気に浸ていた矢先、どこかでかなり大きい音が。何かがぶつかった音だった。そしてその場所に魂を感じた。絶対何かあった。私は少しだけ息をつく。トアの肩は少し上がっていた。
「オオキイオト!! ビックリ!!」
「やれやれ、もうちょっと余韻を楽しみたかったけれど……。行くか。トア、肩おいでっ」
トアは体を小さくし、肩に乗っかった。音がした方向はここからたいして遠くなかった。交差点には凹んだ車と原型のない自転車が。事故もなかなか多いんだよなぁ。遠くに飛ばされていた自転車の方から死を感知した。近くからサイレンの音が聞こえる。
「ピーポーピーポー……ア!!キュウキュウシャ!!アッテルヨネ!」
「前に教えたもんね。誰かが救急車を呼んだのか。よしおいでトア。引導するよ」
そして原型をとどめていない自転車に近づき、魂に話しかける。遺体は損傷が激しかったが、なんとか若い女性だったことは分かった。
「……あなたは今、交通事故で亡くなった。なんて……痛々しい……。出会い頭の事故か。」
魂は無言だった。私は不思議に思った。普通何か返事あるはずなのに。
「……あれ、返事しない……?」
暫く待ってみたが何にも言わない。しびれを切らした私はトアに頼みごとをした。
「トア、ちょっとこの魂の心読んでみてくれ。遺体を見る限りは年老いていない、まだまだ若い女性のはずだ。」
「ウン」
そしてトアは魂に集中し始めた。しかしすぐに頬が反応し、トアが私の方を見た。
「ホホ コンワク……」
少し私は驚いた。初めてのパターンだ。
「おや、どうしてだいトア」
「ヨミトレナイ オト ハジメテキク オト」
「なんて聞こえたか、なんとなく言える?トア」
トアはもう一度魂と向き合って、見つめ始めた。ぽつりぽつりと何かを言い始めた。
「……フアユー!?……ワッアバウユー……トキングアバウツ……?」
なるほど。すべて理解した。この魂は英語を話す方のようだ。私は少し深呼吸し、今さっき言ったセリフを英語にした。死神という職業柄、自分の決め台詞ぐらいは英語で言えるようにしているつもりなのだ。
「トア、ありがとう。なんとなくわかったよ。あとは任せてね……。……ふぅ。……You have just died in a traffic accident. I am Mira, a Grim Reaper. I have come to guide you to the world above. (あなたは今、交通事故で亡くなった。私は死神のミラ。あなたを上の世界へと引導すべく参った者だよ)」
……決まった。アリスに鍛えてもらった産物か。めちゃうまく言えた。さすが私。そしてポカンとしているトア。何言ってるかは流石にわからないだろう。翻訳機能なんか灯した覚えがない。魂はようやく動き、何か声を出し始めた。しかし私は、聞き取りが壊滅的にできなかった。案の定聞き取れない。するとトアが何かをぽつりぽつりと言い始めた。
「……シリアスリー?!……グリム……リーパー!?……ノーウェイッ!!!……ワアーユー……プラニングテゥデゥー?!」
こんなこと思っては絶対いけないのだろうが……トアはアンドロイドなだけあって、音を拾うのは天才的に優れていた。しかし、多分『プランニングトゥドゥ?!』と魂は言っているのだろうが、トアはテゥーデゥーと言っている。ちょっと面白い。私は笑いを少しこらえていた。
「ミラ?ワラッテル……」
「ち、違うの!トアが可愛かったから!!」
久々に慌てた気がした。そして何より、トアのおかげで魂が言いたいことは何となくわかった。おそらく死神の存在に驚いていて、何をする気かと聞いてきている。私は少しの間考えた。なんて言うといいかな。
「……えーっと、 I have come to guide you to the world above. (上の世界に引導するよ)」
繰り返しにはなるが、とりあえず返答をしてみる。魂はなにやら落ち着かない様子。トアがなんとか聞き取ろうとしてくれている。
「……アァー……マダー……。……イツルッライクアイヴダイド……アイ……ワンツデゥテゥシーユー、エンアイムソリ……」
なるほど。この魂は、他国から来ていた者だったようだ。おそら祖国の母を惜しんでいて、会いたかった。そしてごめんね。と言っているらしい。私はいたたまれない気持ちだった。1人で祖国から来たことに加えて、国が違えば言語も違う。そんな中でのこの悲劇。私は魂に火を灯す。魂が何か言っているが、私は優しく遮って、最後の言葉をかけた。トアは魂の言ってることを聞き取ろうと必死に聞き耳を立てている。
「……I'm here for you.……Your mother too…….……Goodbye for now…….(私はそばにいるよ。……あなたのお母さんもさ。……今はお別れだけど,とりあえずまたね……)」
そう言葉をかけた途端、魂は静かになった。そしてポツンとゆっくり何かを言った。それは私にも聞き取れる言葉だった。
「……Thank you……"Mira"…….I will never forget you……ByeBye…….」
魂は上へと昇って行った。儚く、そして青く。私は一息をついて、トアの方を向く。トアが一番疲れたであろう。
「トア、ありがとう。君が聞き取ってくれたのは『英語』っていう言葉でね。私たちが話しているこの言葉ではないんだ。きっと何を言っているのか、わからなかったよね?」
「ウン……オト ワカッタ デモ ホホ ハンノウ シナイ……」
私は良い機会かもしれないと思った。私が知っている言葉だけを教えてしまっては、その言葉で孤独を感じてしまうと言う、言葉の二面性について理解できないままになるかもしれない。私もかつて経験がある。生前の高校生の頃の記憶がはっきりと戻ったことで、高校生の時に英語を学習していた記憶も戻っている。それは教えてやらないといけないことだと私は強く感じた。
「トア、今日のお仕事が終わったらさ、アリスに会いに行こう。アリス、喜ぶと思うからさ。」
トアはさっきまでは表情こそ変わらないものの、どこか困惑した雰囲気を醸し出していたが、アリスと言う言葉が出た瞬間、頬が赤く染まった。
「アリスオネエチャン!! ウン!!」
私は微笑んだ。トアが急成長するチャンスかもしれない。何が起こるかはまだわからないし、トアが何を得るのかもわからないけれど、きっとすごいことが起こるのだろうと、そんな予感がしていた。交差点の信号は、青だった。
ご覧いただきありがとうございます!10万字を突破しました!31話です!言葉について深く触れたお話となっております。そしてアリスへ会いに行くことになっております。アリスは何を語るのか。不思議な国はもうすぐそこです!




