30 人間引導禄 「受け継がれし思いとともに」
―強い糸は,強い意志だ―
私たちは一軒家を後にし、玄関から出た。駐車場には来た時にはなかった車が止まっていた。私はさっさと通りすぎた。
「……クヤシイ」
トアがつぶやいていた。トアの頬で引導できたわけではなかったからだろうか。前にトアにはリーダーを任命している。もしかしたら『責任感』が生まれてたりしないかと私は微笑みながらトアを見ている。
「引導できなかったからか。トア、大丈夫だよ。引導ができなかったのは、まだトアに頬の光に名前を付けられるほど、トアが言葉を知っているわけじゃないからってだけなのさ。これからもっといろんな魂を見て、言葉に触れていけばすんなり出てくると思うよ。だから大丈ぶっ!」
そう言って私はトアの頬をぷにっと手で押した。
「ンニュ! ワカッタ! アリガトウミラ!」
頬を押されながらも返事をする健気なトアだった。
「……さてと、また魂がいるみたいだ。行こうか。すぐ近くだよ」
「ウン!」
二人は堤防に囲まれた町の中を歩き出す。閉鎖されている感覚はなかったが、天気が微妙なので少し物寂しい雰囲気はあった。でもそれに左右されているわけでもなかった。一番星が光っているのだから。
少しだけ歩いたところに少し黒い横長な建物が見える。ここに魂がある1つようだ。少し不思議な空気を放っているその建物は、中に入った瞬間に圧倒されそうな貫禄だ。2人は中へと入る。音がない、と言ってもいい。とてつもなく静かで落ち着いた空間だった。花がいっぱい飾ってある。床には絨毯がびっしり。そしてあたたかい光が優しく包んでいる。
「アンシン スル」
「そうだね。ホテルみたいだな」
「ホテル?」
「人が一晩過ごす場所さ。私の家の部屋で私は寝ているだろトア、あの部屋をお金と引き換えに貸したりするんだよ」
「ナルホド!」
雰囲気にはあんまり合わない暢気な会話をしながら二人は奥へと歩いていく。小ホールだろうか。小さめのホールの奥に白い箱が置かれていて、黒い服を着た人々がそれを囲んでいた。これは。
「……これは、『お葬式』だね」
「オソウシキ?」
「うん。死んだ人に最後の別れを告げて、上の世界へと導くための儀式なんだ。下の世界の人々が行う『引導』のことだよ。」
「インドウ……」
トアは薄くだが頬を光らせている。早く自分も引導できるようになりたいのかもしれない。私はトアを肩に乗せ、白い箱にゆっくり近づいた。本来なら近づくべきではないと私は思っているのだが、ただでさえ魂が大量発生しているのだ。あまり気遣いをしているのも野暮かもしれないと思った。白い箱の上に浮かんでいる魂に向かって私は話しかけた。
「……あなたは今、病死した。葬式中に話しかけてしまって恐縮なところなんだけど、そこは目を瞑っていただきたい。」
魂には不思議な様子はなく浮かんでいる。
「いいえ。私はもう満たされております。お気になさらないでねお嬢さん」
『お嬢さん』と呼ばれたのは中々新鮮だ。声でそう判断したのだろうか。そこまで高く可愛らしい声はしてないと思っているのだけれど。
「オジョウサン?」
「可愛らしい女の人を呼ぶ言葉さ。幼い女の子に使うんだよ」
私はトアにそう教え、再び魂を見つめた。
「……『お嬢さん』、は照れるし、私は死神だからね。ミラって呼んでよ魂さん。」
「ミラさんねぇ。可愛らしい名前ね。とても素敵な名前よ。」
「そんなに褒められるなんてね……ありがとう。あなたこそじゃないか。遺体も少し見たんだが……」
そう言いかけた時だった。トアが遺体を見ながら何やら目を輝かせている。
「ミラ! コレ! キレイ!!」
トアは遺体が着せられていた着物を指さしていた。
「……とのことだ魂さん。私もそう思う。美しい姿だね」
「ウツクシイ?」
「その遺体が着ているものを見たとき、頬はどんな感じだった?トア」
「チョットブツブツ デモ イヤジャナイ アッタカイ」
「その感覚を生じさせたものに対して言う言葉が『美しい』だよ。『キレイ』って言う言葉とよく似ているんだ。また教えてあげるよトア。」
そうトアに教えていた。魂が何やら動き始める。遺体の近くに魂は移動した。
「この着物ね……私たちが受け継いでいた糸で作られているのよ。私の後継者が作ってくれたものなの。」
私は驚いていた。そんな背景があったとは。
「コウケイシャ?」
魂がトアの声がした方へと来てくれた。
「あら、可愛いお嬢さん。トアとおっしゃるのね?私が教えてあげます。私たちはね、糸を日々作っていたの。この服を作るためのね。そして、この糸の作り方は、一部の人しか知らないんです。私はまさにその一部で、日々糸を作っていたのだけれど、今回このように死んでしまいました。だけど私はそうなる前に、糸の作り方を、選ばれし者に受け渡していたのですよ。この着物もその選ばれし者が私のために作ってくださったものなのです。その選ばれし者と言うのが『後継者』と言うのですよ。お分かりかしら?」
トアはポカンとしている。魂にはその様子が見えないので、私が補足をしておいた。
「素敵なお話をありがとう魂さん。トア、後継者の意味、分かったかい?」
「エラバレシモノ!ダヨネ?」
「ええ、そうですそうです。選ばれし者なのですよ。あら、そろそろ時間ね。ミラさん、トアさん、お話しできて楽しかったわ。そろそろ火葬場への移動ね、行かないと。」
魂は白い箱の中へと入ろうとしていた。私は静かに首元のネックレスに触れた。
「魂さん、名前だけ教えてください。覚えておきたい。」
魂は答えてくれた。優しい、優しい声だった。
「サクラと申します。よろしくね」
サクラさんは今度こそ白い箱へと入ろうとした。私は魂に静かに青い炎を灯しておいた。あとは下の世界の者達が引導するであろう。できるのならサクラさんの生前の思い出とともに逝ってほしい。私はトアを連れてその場を後にした。
「ミラ! サクラサン インドウ シナイノ?」
「うん。さっきも言ったけど、ここは下の世界での引導を行う場所だからね。大丈夫だよ」
トアは頷いた。私はトアの近くにしゃがんだ。
「ねぇ、トア。サクラさんは、何を受け渡したって言っていたか、覚えているかい?」
トアはもちろん、といったようにすぐに答えてくれる。
「イトノツクリカタ! イトッテ ナァニ?」
「糸ってのはトアが今着ている服を作るための材料だ。下の世界にはね、たくさん時間をかけて守ってきた、『伝統』って言うものがあってね。古くから人間が『選ばれし者』に受け渡してきたものさ」
「デントウ……」
「そう。時間をかけて守ってきたのさ。トアもね、私の言葉とか感情教えてもらっているでしょう?これもまた『受け渡している』んだよ。私の美学をトアに守ってもらいたい。これはトアにしかできないことなんだよ」
トアの頬がぶわっと熱くなっていた。トアが咄嗟に頬を確認していた。
「カ カンドウ……!!カンドウノホホ……!!ミラ アリガトウ!!」
私は微笑んだ。言葉だけで言うのは難しい。そしてトアはアンドロイド。アンドロイドの中でも、頬でキャッチできる、繊細で最も人間に近いアンドロイドだった。
30話です!ご覧いただきありがとうございます!ほっこりする引導禄となっております!感想等励みになります!次回もお楽しみに!




