29 人間引導禄 「光に消された光の末路」
―目には,目を―
私はトアに抱き着いたまま、下の世界へと降りて行った。トアのお団子はすっかり乾いて、いくつか可愛いアホ毛が楽しくわちゃわちゃしている。そしていつもより私はホカホカしながら下の世界へと降り立った。
「ふぅ、トアの頬はやっぱりお気に入りだわぁ」
「ウレシイ ホホ ウレシイ~」
トアは顔こそ変わらないが、頬を光らせて喜んでいるようだ。そんなトアを眺めつつ、私はあたりを見渡した。大きな川が近くを流れているようだ。そういえば、キオウが『川の近くでは、町が発展しやすい』と教えてくれたことがあったな。この付近にも町があるようだ。といってもだいぶ田舎で、建物よりも田んぼの方が多いような気もする。そんな場所だった。しかし流石川の近くと言うだけあって、畑や田んぼはたくさんある。川から水を引いているのだろう。
さて、スッキリしない空の下で、いくつかの魂や亡霊をいつも通り感じた。さっそく引導を開始する。ついでにトアの頬の光も試してみたいものだ。一番近くに感じる魂のもとへと私とトアは向かった。川からは少しだけ離れた場所にある一軒家のようだ。白い壁をしているせいで、今の空と一体化していると言っても過言ではないかも知れない。一軒家にはおそらく車が駐車されていたであろうスペースがあった。今は車はなく、もぬけの殻だ。私は家の中に入る。玄関には靴が1つ。少し小さめだろうか?子供用のスニーカーだけが置いてある。この家の中に感じる魂は子供であることが分かった。しかし病気の子供が家で1人と言うのもひどい話だし、他殺と推測するにしても家は荒れてはいない。これは自殺か何かの可能性が高そうだと、私は首元のネックレスをちらっと見た。音はなく、いやなほど静かだった。
1階には魂と思われるものはなかったため、階段から2階へと上がった。部屋が2つある。しかし広さにしっかり差がある。1つは広くて可愛い部屋だった。ものがたくさんあるように感じるが、しっかり片付いていて開放的、窓からの日光もきれいに差し込むのだろう、晴れていたら。そしてクローゼットの中にも(※本来勝手に開けてはいけませんが、死神には関係ない)きれいな服が多くある。中には制服もあったことから、中学生の女子が使っている部屋なのかと分かった。
「ニオイ スル! ホホ アンシン~」
トアがクローゼットから漂う服の匂いに安心しているらしい。
「いい匂いだね~」
この部屋は完成された部屋であると私も感じつつ、部屋を後にした。そしてもう1つの狭い部屋に入る。いた。魂が。微動だにせず蹲っているのだろうか。私は部屋の様子に少し目を見張ってしまった。クローゼットの服はさっきの部屋よりおそらく少ない。置いてあるものも、さっきの部屋より少ない。何より散らかっていて、机には紙やら鉛筆が散乱し、床にはぬいぐるみだろうか。使い古しのぬいぐるみが黒ずんで落ちていた。机の上にはよく見ると手鏡も置いてある。指紋やら汚れやらでかなりくすんでいる。全体的にどこか少し淀んでいた。ベッドの上に遺体はあった。中学生ぐらいの女の子だ。そういえばこの部屋のクローゼットにも制服があったな。所々しわがあったような気がする。
「……ニオイ スル デモ ホホ サビシイ」
トアはさっきの部屋の匂いとは逆のものを感じ取ったようだ。無論私もだった。私は遺体に近づき、ただ浮いていた魂に話しかけた。
「魂、まだ話せるかい?」
魂は少しだけ動いた。ほんの少しだった。
「……うん?声がした……。私1人しか家にはいないはずなのに。誰かいるのね?泥棒さん?」
魂は音と感触以外は何も感じられない。これこそ自然な反応と言える。
「ドロボウ?」
トアが反応する。泥棒と言う言葉の意味はあんまり教えたくないかもしれない。
「まぁ、その言葉は今度教えてあげるよトア。さてと、改めまして……私は死神のミラ。君は今、首を吊ったんだな?紐が落ちてる。呼吸ができなくて亡くなった。君をあの世へ案内するよ」
「ワタシ トア! リーダーダヨ! アトミラノジョシュ!」
魂はあまりふわふわしない。どこかどんよりした雰囲気を感じさせる。
「……そう、私をお迎えに来たの。そっか」
静かで覇気のない声だ。無理もないと言えばそうなのだが、この雰囲気だと事情を話してくれるかどうか少し怪しい。トアの出番かもしれないなと私は勝手に考えていた。そしてそれは裏切られた。
「……私はいろは。この家の長女なの。えーっとミラさんとトアさんだったっけ、よろしく」
あっさり自己紹介をされた。私は今拍子抜けであった。魂の声は相変わらず暗かった。トアは私の肩から降りてサイズを大きくし、魂を真正面から見つめている。
「……クレハ……………………。」
トアはつぶやいている。魂はびくっと動いた。私は聞き慣れない言葉に一瞬静かに戸惑ったが、すぐになんとなく察した。
「くれはって……もしかしてあの隣の部屋の主か?」
魂はさらに弱々しい声で答えてくれた。
「……うん、……私の2つ下の妹……。」
そしてそこで魂の言葉は止まった。代わりに口を開いたのはトアだった。
「ワタシナンカ……ドウセ……」
私はトアの言葉を聞き、やはりさっきの部屋の主であろう、『くれは』が関わっているのだろうと確信した。そして魂に優しく問いかける。
「……いろは、嫌なら嫌でいいんだが、よかったら君に起きたこと、今回のこの末路を辿ってしまった理由を教えてはもらえないだろうか。すべて受け止めるから」
いろはは間を置かずに返事をした。
「うん、聞いてほしい。私の言葉なんか普段誰も……聞いてくれないから」
そしていろはは語り始める。
「私ね、くれはが生まれてから両親共々、くれはばっかりだったんだよ。私が何かいいことをしても、やっぱりくれは。褒めてほしかっただけなのに。すべて取られていった。何よりくれはは可愛かった。頭もいいしセンスもあって、運動もできて、愛されキャラで……。非の打ち所がなかった。だからなおさら、私の欠点が目立った。私は勉強は人並みにできたけど、あんまり人と話すのは得意じゃなくて、何よりインドアで身なりもくれはに比べりゃ劣っている。……今日だって、両親はくれはとおでかけしてるよ。最近はヒートアップして、私は存在していないみたい。」
私は話を静かに聞いていた。そしてとてつもなく悲しかった。こんな家庭がある現実が。トアの頬も反応しているようだ。
「……だからさ、私思っちゃったんだよ。人並みの頭で。じゃあ私が本当にいなくなったら探してくれるのかなって。いなくなってしまっても変わらないのかなってさ。」
私は今とても脱力していた。なんてわかりやすくこの子の両親はいろはを傷つけるのだろう。なぜ家族と言う集団の中で優越が生まれて、育て方に差をつけてしまうのだろう。私は死神として過ごしてみても、理解できないことはたくさんあった。これもその1つだ。
「ホホ シワシワ…… オツカレサマデスワタシ……」
トアもいろはの話を聞いて脱力していた。なるほど、だから自殺をしたのか。
「……まぶしかったな……くれは。私……くれはの才能の光に埋もれちゃったみたいだよ」
私は反応した。トアもだった。光という言葉は、今トアにとっては重要ワードになっているはずなのだ。そしてトアの頬が発光し始めた。私は首元のネックレスに触れ、魂にお礼を言いつつある質問をした。
「……ありがとういろは。よく……わかったよ。……いろは、君を今から上の世界へと引導する。何か持っていきたいものとか大事なもの、あるかな」
いろははぱっと思い出したように机へと向かった。机の引き出しの上で忙しなく動いている。
「引き出しの中に、大事なブレスレットが……!!」
やけに切羽詰まった声だ。私は少し重く軋んでいる引き出しを開けると、短くなった鉛筆や定規、色ペン、付箋などが少しごちゃ混ぜになりつつも入っている。しかしそのブレスレットが入れられていたところだけは、鉛筆やらなんやらはなく、ブレスレットは輝いていて目を引かれた。紫色と透明のビーズの交差で結ばれている。なんて素敵なブレスレットだろう。トアも目を離さず見ていた。
「キレイ!ヒカッテル」
「このブレスレットは……おじいちゃんからのもらい物なんだ、初めて買ってもらって、褒めてもらった、思い出の物」
私は少しだけ心が痛んだ。いろはにとっては大切な、かけがえのない思い出のはずなのに、私はどこか心が痛んだ。私は手に炎を宿そうと力を込めるが、すぐに力を抜き、いろはに近づく。
「……分かった。このブレスレットだね。一緒に引導するよ……。……最後にいろは、聞いてくれる?」
魂はゆらっと動いた。不思議に思っているのだろう。
「……いろはは……輝いていたよ。いつでも、どんな時も。強い光のせいで埋もれたんじゃない。強い光の方にあなたの両親が毒されただけだからね……。……いろは、上の世界でも、ちゃんと光っているんだよ。私とトアは少なくとも君の光に魅せられたから。空の一番星は、君だけだよ」
いろはは動きがピタッと止まっていた。何にも言わない。きっと泣いているのだろう。魂は涙を流せない。私はトアを見る。
「トア、準備はいい?君の頬の光でこの魂を引導するよ」
「ウン!」
トアがどう動くか見ものだ。トアは魂に頬をくっつけた。たちまち魂が光に包みこまれていた。その光は強くない、どこか柔らかい光だった。しかし魂は上に上がらない。やはりだった。トアはあの光にまだ名前を付けていない。私は咄嗟に光で包まれた魂に炎を灯した。暗い部屋を飛び出して魂は上へと昇って行った。どんより暗い天気の空には青い優しい一番星が光っていたのだ。
ご覧いただきありがとうございます!29話です!引導禄となっております!ちょっと悲しいけれど,素敵なお話となっておりますので是非お楽しみください!




