28 禁忌なるエゴ
―すさまじい欲にご用心―
ツムギと別れた後、私とトアはいつも通り下の世界へと向かった。下の世界へと落下している最中、トアにこんなことを言った。
「ねぇトア、私ふと思ったんだけどさ……」
トアにどう聞こえたかはわからないが、少なくとも私は元気のない声だったと思っている。
「ツムギはデータを取って来いって言ってたけど……実際私が感じるのはさ、確かに人は死にすぎていて、下手したら過労になっちゃう一歩手前まできてるけど、自殺の魂がそのほとんどを占めているかって言ったら多分そうじゃないんだよ」
トアはポカンとしている。私は聞いてくれるだけでよかった。トアがいてくれてよかったと思う。
「だけど私は自殺の魂を救う手段を思いついて、鏡を駅として、魂は三途の川へ、生きている者は自分を映す間へ、転送する仕組みを作ろうとしている……。前者はいいんだ、私の引導データが超過していることが理由になるから。でも、後者はどうだろう……。自殺の魂が全体を占めているとは私はあまり感じない。だから、多分後者は私のただの『エゴ』でしかない気がするんだ。そこに真っ当で、筋の通った『理由』がない。私の『欲望』だけだ。……あ、ごめん、難しいことベラベラと。」
トアは首を振っている。当たり前だ。情報過多すぎる。しかしトアは2文字の言葉を拾い上げていた。
「エゴ……?」
「私がこうしたい!!っていう願望……。願いのことだよ。それも恐ろしいぐらい強い……。自分を突き動かすほどのエネルギーだよ。強いが故に、それを誰かにぶつけてしまうとその人を傷つけかねない。そして何よりこれは『抽象』な概念なんだよ」
「チュウショウ! スジノトオッテイナイ シタノセカイデツウヨウシナイモノ!」
「うん。でも下の世界だけじゃない。ツムギが今日見せてくれたあのデータ、覚えているかい?」
「ウン! バーチャルディスプレイ!」
「あれは、『具体』だ。私は課長に私の引導の現状の資料と、私がやりたい『ミラーメトロ』の資料をツムギ達と協力して作らなければならない。そこに『抽象』は通じない。これは私が生前感じたことだよ。」
トアのお団子がラフに揺れている。私の声には珍しく感情が乗っていただろう。
「……だから、本当にミラーメトロは承認されるのか……私がやろうとしていることは正解なのか、やっていいことなのか、なんか分からなくなっちゃった。ツムギのデータを見たときに。」
トアはきっと、話の趣旨は理解できていないだろう。とんでもなく申し訳ない。トアがただ私の想いをぶつけるための道具と化していることが。私が教える側のはずなのに。トアの頬が急に光りだす。空に一番星が光り始めた。
「ミラ カットウ シテル! デモ ミラ イッテタ チュウショウ ヒカリ ハナツ!! ワタシノホホ ヒカッテル!!! トア イッショ!!」
トアの頬の光は強く輝いているように感じたが、不思議と眩しくなかった。しかし消える気配は微塵もない。瑠璃の灯が頭によぎった。私は気づかぬうちに濡れていた顔をぬぐって、トアの輝いている頬に自分の頬をくっつけてみた。
「……なんだろ…………包み込まれているみたい。消すでもなく、強調するでもなく、ただ受け止めてくれているみたいにあたたかい………」
私は下の世界につくまでの間、しばらくトアを抱きしめて頬にくっついていた。なんだろう、視界が機能していないのだろうか。この風景は……懐かしい感じだ。どこからだろう、声も聞こえてくる。
——「配ったガイド用紙の構成を参考に、書いていってください。書き終わったら見せに来るようにお願いします。時間になったら途中でも一度回収しますのでよろしく。」
私はガイド用紙に一通り目を通し、構成を確認した。
(まず志望するきっかけ等、でそこの大学で何ができるかを少し端的に要約して書き、最後にもう一度一言できれいに締めるって感じか……。うーんピンとこない、一旦素直にどうしてそこに入りたいかというのを軸に書いてみよう……)
そう思った私は、構成はある程度守りつつ、その大学の心理学科で何ができるか、何を得ることができるかという部分にも触れながら書き始めた。しかし一番の軸は違った。核心的な部分はしっかり別にあった。
”私は人間の様々な姿を知りたいので、心理学科を志望します”。
これが一番素直な私の思いだった。結びをしっかり書き、先生のもとへ見せにいった。顔色を一切変えずに確認していた。謎の緊張感が私の中でぐるぐるしている。
「……抽象的すぎる。もう少し具体的に書いて。」
それが最初で最後の言葉だった。私は顔こそ変えないものの、静かだが鋭い何かに崩された気がした。完成したばかりのジグソーパズルを一気に落とした時のような、そんな感覚だった。紙を返却してもらい、自席に戻った。空虚感というものはこんな感じなんだろうか。しかし先生が言っていることはご最もだ。だけど諦めきれない何かが、私の中を音もたてずに荒らしていた。視界がぼやける。
(……まずい、一旦落ち着かないと……。)
とにかく耐えた。私の中の衝動を落ち着かせるように。一度紙とシャーペンを机の端っこに置き、ゆっくり、ゆっくりと息を吐いた。少しだけ冷静になれたが、視界はぼやけたままだ。訳も分からず、目薬を持ってくればよかったと後悔した。書くことはせず、少し考え始めた。するとなぜか、怒りも含まれていたのだろうか、疑問が湧いてきた。
(……どうして見えない未来を具体的にわかっている人がいるんだ……?まだ私たちは十年ちょっと生きただけの世界しか知らないはずなのに……?……それになぜ地震予測すらできないのに、自分の先のことはわかるんだ……。)
最後の方はまさに自分にそう言い聞かせて、正当化しているような、まさに皮肉であった。視界が少しずつ開けていった。なんてしょうもないことで泣いてるんだ私は。
(地震予測もできないんだ、この先のことなんか、具体的にわかる方が無理な話だ。そんなことより、行ったその先で、どう過ごしていくのかの方が、大切じゃないか……!)
だいぶ視界は晴れた。しっかり光が見える。私はさっきの紙に書いた文をすべて消した。先生が「イエス」としか言えないような、喜んでくれるような、具体的でいかにもな文章をでっちあげるために。そして自分のために時間を使うために。もう私は震えていない————
「……そんなことも、あったなぁ……。……そうだったな……」
わけもなくつぶやく私をトアは不思議そうに見つめている。トアには分からない、生前の記憶だ。
「……ごめんトア。私は今ね、『乱心』していたんだよ」
「ランシン……?」
「うん。なんて言ったらいいかな、トアが読み取れないほど心がぐるぐる回ってたんだ。ごめんね。変なこといっぱい話しちゃったね」
「ウン! ア!ミラ! カットウ ナクナッタ!」
やはり読んでくれているトア。私の目にはトアの光だけを映している。そこに形は、なかった。
私はミラ。周りからは飄々としているだのなんだの言われるけど、底なしの人間味を持った、ヨノアで最も人間に近い、非合理的な死神だ。私の『エゴ』は今この瞬間に、宇宙一優しい、そして誰にも壊せない、『禁忌』へと昇華したのだ。
28話です!お待たせしました!ご覧いただきありがとうございます!そして,ミラの生前の記憶が描かれておりますね!もしかしたら馴染のある方もいらっしゃる…かもしれませんね!ではまた次回!こうご期待です!




