22 人間引導禄「歪んだ世界へようこそ」
―世界は,見えているものすべてだ―
私たちは惜しいが、屋上庭園を後にした。2階へと降りて行った。屋上庭園の余韻だったのだろうか。最初病院に入ったときに感じた閉鎖性は、いくらか気にならなくなっていた。そしてあのおばあさんの魂に、私たちはどこかほっこりさせられていたのだろう。そんな道中、廊下に亡霊が浮かんでいたので引導した。しかし、1つだけ、引導されない亡霊が。私は不思議に思ってその亡霊に近づいた途端だった。
「あああああああああああっ!!!!!!!!!来るああああああああ!!!!食われてしまうううううう!!!!死んじゃうううううう!!!!雫ううううう!!!」
亡霊に声などないはず。なのにこの亡霊はありえないほど絶叫している。
「え!?うわっ!?」
私は思わず目を瞑ってしまった。そして亡霊は猛スピードで飛びまわる。ツムギの肩の上に乗っていたトアに魂が直進してくる。
「と、トアっ!!縮め!!!!」
ツムギは咄嗟に身をかがめ、トアを抱きかかえた。トアも咄嗟に自分のサイズを小さくした。魂はそのままツムギたちの上を通りすぎ、どこかへ猛スピードで飛び去っていく。トアどうやらツムギが片手で抱いてしまえるサイズにしてしまったらしく、顔がとんでもなく近くなっていた。ツムギは我に返り、顔を真っ赤に。無論トアも、恥ずかしい頬が噴出している。こんな時にアレだと思うが、私はただ眺めている。本当はあの亡霊を追いかけるべきなのである。
「……おー。大胆だね??」
私は上から覗き込むようにツムギを見つめる。
「……う、うるさい!!!!しょうがないだろ!!!……トア、大丈夫か?」
トアは真っ赤だ。表情こそ変わらないが、頬が赤すぎてもはや顔が変わっていると言っていいだろう。
「ダイジョウブ アリガトウ」
「あ、ああ。大丈夫ならよかった。……おい、いつまで見てんだミラ。そんなことよりさっきの亡霊追っかけないとまずくないか?」
私はニヤけが止まらない。悪い顔をしていただろう。しかし、無意識にそうなっている、と言ってもいいレベルなのだ。自分でどうにかできるものでもない。
「あー亡霊……見失ったわ」
私はあっさりした声で言う。ツムギの顔が呆れていた。
「だろうな」
ツムギはズバッとものを言う。そういう頭の回転の速さは光るものがあるとつくづく思う。
「で、見失ったけど、どうするんだ?亡霊の位置とかわかるもんなの?」
少し呆れ交じりにツムギは聞いてくる。私は少しだけ頭を掻いた。
「多分さっきのやつ、亡霊じゃなくて魂だろうな。……あーしっかしなんせここ病院だからね、亡霊も魂もまだまだいるだろうから。特定するとなると……」
そう言いかけた時、サイズを大きくして元に戻ったトアが頭を上げている。
「……キコエタ! タマシイサン コエ!」
トアが元気な声で教えてくれる。私はほっとしていた。
「本当?トア!さっすが!どっちの方から聞こえた?」
さすがアンドロイド。感覚が人一倍研ぎ澄まされている。トアはキョロキョロとあたりを見渡している。
「ココ シタ」
トアは自分が立っている床を見ながら言った。
「今いる場所の真下、か。確かに死を感じるなそのあたり。行くか!」
私はトアを抱き上げて自分の肩に乗せた。
「ソコ カイダン ツカウ!」
トアが耳元で案内してくれる。これほど可愛くて正確なボイスレコーダーなど他にないだろう。ツムギも後ろからついてくる。
「この階段ね、トア、掴まっててね」
そして薄暗い階段を下りていく。
「階段なんか暗いな、毎回思ってたけど、こここそ明るくすべきじゃないか?」
ツムギがぼそっとつぶやいているのが聞こえた。実は階段でツムギが今ちょっと躓いていたのも私は知っている。
「あ!いた!あれだ!!」
階段を下りると目の前に見える部屋へと突っ込んでいく魂が見えた。ツムギがため息をつく。
「あんだけ元気なのに亡くなってるってのがな……」
「それは言わない約束だよツムギ」
魂は部屋に突っ込んだが、それ以降出てくる様子はない。私たちは魂が逃げ込んだ部屋へ入った。魂は遺体のそばにいて、さっきの激しさとは打って変わって微動だにせずそこに浮いている。
「なるほど、この部屋がこの魂の遺体がある場所か。えーっとどれどれ……」
私は部屋の白い布団の上に寝転がっている遺体を眺める。ボロボロだ。特に歯。原型がない。肌も色あせていて、遺体の体はいつになく不健康的に痩せている。男性の遺体だった。ツムギとトアっは傍のベットにかがみこんでいる。
「……なぁミラ。これ……近くに落ちてた紙なんだけど、。『雫』って書いてあるよ。さっきもこの名前叫んでたよな?」
「オボエテル! シズクーーーッ!! ッテ イッテタ」
ツムギが見つけた少しくしゃくしゃな紙。そしてその紙には確かに、汚い字で『雫』と書かれているようだ。私はその紙を眺めながら、急に大人しくなった魂にいつものセリフをかけた。
「……君は今、オーバードーズによって亡くなった。嘔吐物が詰まって窒息している。で、さっき暴れていたのはなんだ?」
魂は急に静かになってしまっている。そして言葉を発した。
「……雫……っ雫ぅっ……」
泣きそうな声で訴えるような雰囲気だ。聞いていたツムギが思わず聞いてしまっていた。
「なぁ、この紙にも書いてあったけど、『雫』って何のことなんだ?叫ぶほどの何かなの?」
そういったツムギに突然魂が再び暴れだした。
「雫はなぁ!!!俺の恋人なんだよぉおおおお!!!!てめぇこのおおおおお!!!!!」
魂は情緒がとても不安定なようだった。ツムギに突進してくる。
「うわっ!?」
ツムギに直撃……したかと思ったら、それが違った。魂が青く燻っている。
「……ミラ……?」
ツムギは驚いている。私は咄嗟に炎で包み込んでいた。引導はしなかったものの、炎で包むことで動きを封じた。
「……分かった。なんとなく分かった。『雫』という名前の恋人がいるのか。その恋人に何かあったのかい?」
私は少し低めの声で語りかける。威圧感を醸し出したつもりはなかった。魂は再び落ち着いた。そして泣きそうな声になった。
「最近いねぇんだよぉ……んで、いてもたってもいられんくなって探そうと思ったんだよぉ……」
ツムギは大困惑している。目の前の魂に対しても、何故か理解している私に対しても。そしてトアはツムギの頬にしがみついていた。
「メガ マワル」
そう言いながらツムギにしがみついていた。私は魂を見ながら、手に青い炎を宿した。
「……魂よ、君を今から上の世界に送る。何か未練とかあるかい?」
魂は取りも直さず即答だった。
「雫……。」
私はその答えを聞いて、顔を変えることもなく、魂を引導した。トアはようやくツムギから少し離れて下りてきた。
「……今の魂、一体なんだったんだよ……なんだかスッキリしないな」
私は真顔だった。少しため息をつく。
「……世の中、掘り下げない方がいいことだってある。……あの魂はすべてが歪んでいた。『雫』もおそらく彼が作り上げた『幻想』に過ぎない。また教えてやるよ、『心理学』と一緒にね……」
私たちはさっさとその部屋を後にした。淀んだ空気から解放されたかったのだ。ツムギは終始モヤモヤした顔をしていたが、私の様子を察してくれたのか、何にも聞いてこなかった。
ご覧いただきありがとうございます!22話です!21話とは打って変わって少しダークなお話となっています!そしてミラ。なぜミラはこうも簡単に魂のバックグランドをなんとなく見抜いてしまうのか。そしてミラの言う『心理学』とは…?こうご期待です!




