21 人間引導禄 「屋上庭園の思い出」
―奇跡は,人間が「奇跡」と呼んでいるだけで,意外と頻発,してるかもよ―
私たちはゆめの部屋を後にした。まだまだこの病院内には死の匂いが絶えない。しかしその重い雰囲気を感じさせないような、癒しな二人がここにあった。ツムギはしばらく喋れずにいる。トアが頬をくっつけてしまっているからであった。
「……と、トア、いつまでくっついてるつもりだよ……」
「オキニイリ!」
私はニヤニヤしながら廊下を歩いて行った。さっきまでの病院の閉鎖された雰囲気はだいぶ緩和されているように思えた。狭くて暗い階段を上がって、次の魂の部屋についた。白いベッドの上に、高齢な女性がしわしわな状態で固まっていた。私の目には安らかに眠っているように映った。彼女の体には、多くのコードが伸びている。ツムギは驚きはしなかった。さっきの少女の遺体より、ずっと安らかに見えているのだと思う。そして遺体の周りには、家族だろうか。中には小さな子供の姿もあった。私は遺体に近づき、声をかける。トアは遺体の頬に触れて、すぐにツムギの頬にくっつく。
「……あなたは今……がんによって亡くなった。転移を繰り返していたようだ。……出てこれますか……?」
私は耳元で優しく声をかけた。魂はおぼつかない様子で姿を現した。ツムギは魂から目を離さなかった。
「……あぁ……亡くなったのねぇ私……。……お迎えかしら?」
「私は死神のミラ。大丈夫、あなたを上の世界へ引導するよ」
するとトアがツムギからするっと下り、サイズを少しだけ大きくした。そして再び魂と遺体に触れる。
「……ツメタイ……」
そう呟いたのち、トアは魂を見つめ始めた。心を読み始めたようだ。ツムギはトアを見つめている。
「……シアワセダッタ。マゴニミトラレテ……デモ……チョットサムイワネェ……」
「孫……」
ツムギはベッドの近くに立っている小さな男の子を見た。「死」という概念すらまだ理解できていないような、そんな幼い子供だ。周りの家族は涙をこぼしているが、一人だけきょとんとしている。ツムギは静かに見つめていた。
「……俺、今日この場に来なかったとしたら……あの子供のように……大切なことを知らぬまま終わっていたのかな……」
ツムギのつぶやきが聞こえる。私は一瞬はっとした。そしてツムギに話しかける。
「……そうかもしれないね、ツムギ。でも、トアを見て。今何してる?」
ツムギはトアの方を見る。トアは魂に手で触れている。分かってやっているのか、ツムギには分かりえない。
「……トアも最初は何にも知らなかったアンドロイドだったよ。でも触れているだろ?それに……ほら、あの男の子。遺体に触れているじゃないか」
「ほんとだ……」
男の子は遺体に触れていた。しかし姿から見て、死んだと理解しているわけではないだろう。ツムギは目の前の光景を眺める。
「……あー、あったかいわぁ……誰か触れてくれているみたいね、もう見えないけれど……」
魂は安らかな声で話す。静かで穏やかな声だった。
「ウン フレテル! アッタカイ?」
「ええ、とっても。……あら、もしかしてあおいくんかしら?触れているのは。……あぁ、そうなのね……」
そこで魂の声は止まった。タイムリミットだ。トアはしばらく触れ続けていた。
「アオイクン?」
「そこにいる男の子のことだろうね。……トア、魂がなんか幸せな温かさもってないかい?」
トアはたましいのあたたかさを確かめるように触れている。
「ウン! ツメタクナイ!!」
私は優しく笑った。トアとアオイくんがつながった瞬間だったのだろう。
「トア、君が魂を幸せにしたんだよ。……幸せに、ね」
ツムギは驚いているようだった。感動しているともいえる。
「……すごいな。トアはともかく、男の子は意図して触れているわけではないのに……最終的に幸せにつながる……」
「……これもまた『リアル』さ。幸せの作り方なんか、この世界には何通りもある。正解もないし、意図しなくたってできるんだよ」
ツムギは優しい目で見ていた。そして魂に近づき、手で触れてみた。
「……あったかいな、この魂……」
静かに、しかし確かな声でそうつぶやいていた。
「……ミラ タマシイサン オト アル! 『オクジョウテイエン』……?」
おそらく『屋上庭園』のことだろう。この病院の屋上にあるのだろうか。私は魂を見る。大丈夫だ、まだ亡霊になるまで時間が残されている。
「トア、その魂さんの音の場所へ行こう」
私は部屋を後にし、階段を上がっていった。
「屋上庭園……?ってなんだんだ?あ、トア、行くぞ」
ツムギは魂を抱えたトアを優しく抱きかかえて階段を上った。何階か上がり、屋上の前まで来た。
「…………わぁ……」
「……キレイ……」
目の前には庭園が広がっていた。病院内では見られない、無限が広がっている。空の色も相まって、とてもきれいで、どこか懐かしい場所だった。
「ここが屋上庭園か……」
私はあたりを見渡す。日常でも目にする花が植えられている。異世界、と言うより日常世界という要素の方があって、落ち着く場所だ。私は青い炎を小さく、控えめに手に宿した。
「魂さん、屋上庭園になにか思い出があるのか、細かいことはもう聞けないけれど……思い出とともに、あたたかくしていきなね……」
魂に青い炎を灯した。日常世界に少しだけ、異世界の火の粉があたりを飾る。魂は美しく、空に上がっていった。ツムギは少しだけ、目が潤んでいた。
「……乾いてるのかな、目が。……」
ツムギはしばらく眺めていた。
「ミラ! コレ! ヒマワリ ニテル!」
トアの声が日常へと引きもどしてくれる。花は冬なのにもかかわらず、咲いていたのだ。
21話です!ご覧いただきありがとうございます!今回は「あたたかさ」に注目したお話となっております!ぜひお楽しみください!




