19 その裏側に,潜む花
―写真で見る花と,実物の花。どちらが感動するだろうか―
次の日。私はトアと一緒に少しだけ遅めに出社した。ツムギをカツアゲ(※しません)するためだ。遅めに出社すると、やはり社員がいっぱいいる。賑やかで新鮮だった。アリスもいつも通りだが、髪型が三つ編みのおさげになっている。ヘアアレンジ好きなんだろうな。
「ミラっち!この時間に出社とは珍しいねっ!きゃ〜トアちゃんっ!おっはよ〜」
「オハヨウ!アリスオネエチャン」
すっかり仲良しな二人。ツムギをカツアゲする前とは思えないほどだ。
「ところでミラっち?あなた代理人を狙っているんでしょ?そうよね?この前課長の部屋に行ってたし」
アリスは思い出したような顔で聞いてくる。確かにあの時後ろからアリスの声がしていたな。
「代理人を狙っているわけでもないんだけど…いい機会だと思ってるだけさ。また話すよ、アリス」
アリスは瞬きをしている。少し不思議そうだが、慣れたもんだとあまり驚いてはいない様子だ。
「ふーん、そっか!あ、大変そろそろ行かないとっ!今の時期は植物が死んじゃう時期なのよ〜、じゃ!ミラっちも頑張ってね!トアちゃん!まったねー!」
アリスは手を振りながら小走りで去っていった。笑顔が眩しい。トアも手を振っていた。ちっこい手が揺れている。
「…さてと、ツムギも…来てるな、行こうトア」
「ウン」
私とトアは窓際へ向かった。相変わらず曇った顔をしているツムギが見えた。
「よぉツムギさん。来い。行くぞ」
ツムギはビクッとしていた。昨日の圧が効いているらしい。
「…どこへ…行くんですか?」
少し控えめな声で聞かれた。
「下の世界だ。忙しいとか吐かすなよ?」
ツムギは少しだけ震えてはいるが、昨日よりはマシになっている。トアが熱暴走を起こさないのが何よりの証拠だ。
「…分かりましたよ、行きます」
少し不機嫌そうな、乗り気じゃないツムギ。私はトアを抱き上げた。
「よしトア、今日はこのお兄さんの肩に乗ってくか!!」
「はぁ?!お、おいちょっと待っ」
「ウン!」
トアは少しサイズを小さくして、ツムギの肩に乗っかった。3歳児ぐらいのサイズが可愛いトアが肩にしがみついている。ツムギの撫で肩のせいで、トアがちょっと落ちそうで怖い。
「お、おいっ!!降りろっ!何で俺の肩なんだよ!」
肩に可愛いアンドロイドが乗っているせいで、ツムギは敬語を忘れてしまっている。少年のような口調だ。周りの社員がツムギの肩に注目している。
「ココ ナゴミ」
「はは、ツムギさんの肩も和んでいいってさ、よかったね!」
ツムギは顔を赤くしている。周りの社員の視線も痛い。
「…………はぁもう。早くいきましょう、下の世界に」
「ああ。」
3人はオフィスを出て、門の前まで来た。ツムギは一言も喋らなかった。肩の重みのせいで落ち着かないツムギだった。
「よっし、ツムギついてきて」
私は飛び降りた。いつも通りだ。
「え?えぇ!?ここ飛び降りんの!?階段使えよ!?」
「ツムギサン!スガスガシイヨ!」
「……わーったよ!!!飛び降りればいいんだろ!!掴まってろよアンドロイド!!」
やけくそにツムギは初めてバンジーをした。
「お、おいっ!!コラッ!!前見えねぇだろ!目に手を置くな!!」
「テヘペロ☆」
ツムギは騒がしく落ちていった。この騒ぎは私の耳には聞こえていなかった。
いつも通り下の世界についた。周りは住宅が立ち並んで、少し窮屈な場所だった。住宅の大きさはさまざまで、いろんな建物が立ち並んでいた。私はとんでもない量の死をかなり近い場所から感知していた。ツムギも何とか降りてこれたらしいが、髪がぼさっとしていた。風にやられたか。
「毎日こんな風に仕事に行ってるのか……。豪快だな」
ツムギが髪を触りながら言った。トアは何やらご満悦のご様子で肩から降りた。清々しかったのだろう。
「……死を感知した。それもたくさん。なんだろう。」
私は歩き出した。ツムギもついてくる。目の先にはなにやら大きな建物がある。ビルではない。
「……ミラ ミラ! オト チカヅイテクル オト!!」
トアは近づいてくる音を感じ取ったらしい。だんだん近づいてきている。ツムギも気づいたようだ。
「何の音だ、ピーポーって聞こえる」
ツムギは周りを見渡している。音はだんだん大きくなった。
「救急車って言ってね、急な病気とか、事故とかがあったときに病院へ運ぶための車だ。音が鳴ってるのは、緊急だから、道を開けてくれって伝えるためなんだよ」
「キュウキュウシャ!」
「ふーん、そんなのあるのか。」
そう言ってるうちに、救急車が横を通り過ぎていく。そして目の前の交差点を左に曲がり、建物へ吸い込まれていった。私もその建物の方へ向かった。
「ついた。ここから死を感知した」
目の前には茶色をした大きな建物がそびえたっていた。トアとツムギは目を見張っている。
「これは……?」
「オオキイ! カンドウ!」
トアの頬は赤くなっている。この建物を視界に収めるのはおそらく困難だろう。
「病院だ。それも大きなね。病気を治したり、けがを治す場所」
ツムギは圧倒されている様子だ。声も出ない、と言った様子だ。私はそんなツムギの様子を眺めていた。
「いくよ、ついてきて」
私たちは病院の中に入った。いろんな絵画やら文字が展示されている。しかしどこか閉鎖されているような、そんな雰囲気を感じる。ツムギの顔は不安げだった。顔をしかめている。
「……なんだここ…………病気を治す場所とは思えないほど気分が悪い。照明とかは温かい色をしているのに。何なんだこの胸騒ぎは……」
「ミラ ココ ホホ フルフル」
「病院はそういう場所さ」
そして3人は2階、3階と上がっていった。廊下に差し掛かった。ツムギは終始落ち着かない。トアもキョロキョロしている。廊下は騒がしくスタッフが動いているが、そのすべてが異様に静かだった。
「異様に静かだな……人の往来が絶えないのに、ちょっと嫌な感じの静けさだ。」
ツムギは居心地が悪そうに言った。私は4階の一室の前で止まった。一室の前には白い服を着た人が何人も集まっている。
「……ここ。ここだよツムギ」
ツムギは私の後に続いて中に入った。カーテンを開けて見る。目の前に少女が映った。ツムギは目を見開いて咄嗟にカーテンを閉めた。反射的なスピードだった。
「……なっ……!」
ツムギはうろたえていた。震えている。目の前の白いベッドの上に、少女が寝転がっていた。首に跡を残して。紐が巻き付いている。白い紐だ。私は一息ついた。
「……魂、出ておいで」
そう問いかけると、魂は出てきてくれた。
「ん……あ!あなたはだぁれ?」
かなり幼い、かわいらしい声だった。無邪気だ。
「私は死神のミラ。君を迎えに来た者だよ」
「トア ジョシュ!」
魂はやけに動き回っている。ツムギは目の前の光景の異様さに、恐怖さえ感じているようだ。
「お、おい、な、なんでその魂の声がそんなに無邪気なんだよ……っ!君は今死んだんだぞ!わかっているのか!?」
ツムギが魂に向かって必死に諭すように言った。魂は軽々と動き回っている。
「だってだって!もうどこも痛くないのよ!ほら見て!私やっと外に出られるわ!!!」
魂はくるっと一回転して見せた。ツムギは何も言えなかった。ただ、うろたえた。狂気に見えているのだろう。死んでいるはずなのに……。そんなツムギをよそに、私は涼しい声で再び問いかけた。
「君は今、自分で首を絞めたのだろう?」
「はぁ!?ど、どういうことだよ!?この子、自分で首絞めたってのか!?なのになぜこんな…………っ!?」
魂が反応する前にツムギが反応した。もう冷静沈着な、かつてアリスが憧れた天才はいない。少年しか、ココにはいない。
「そうなの!もう嫌だったの、あんな痛い治療も、誰も来ない部屋も。」
トアが少女の魂を眺めている。そしておもむろに魂に頬を擦りつけた。
「タマシイサン コドク アッタカイ?タマシイサン」
魂は自分からトアの頬に擦り返した。
「あったかいよ!それにあなたぷにぷにねっ!ねぇねぇ!お友達になってよ!名前何て言うの?」
「トア!トア!」
「私、ゆめって言うの!トアちゃん!よろしくね!」
ツムギはただ眺めている。何を言えばいいのか、何が正解なのか。きっと言葉にできない狂気を人一倍感じているはずだ。
トアに魂を任せ、私はツムギの肩に触れた。我に返ったツムギが振り返った。
「ツムギさん、こっち来て」
ツムギは言われるがまま、私と共に少女の部屋の窓から出て、ベランダに寄りかかった。ツムギはぐったりしている。何も言わないツムギだ。
「ツムギさん、まずは悪かったな、こんな重いものに付き合わせてしまって」
ツムギは力なく頷いた。窓には魂と戯れている少女の影と、うろたえる少年の影が映っている。
「…………ミラさんは……こんなものを毎日見ているのか……?」
声はか細かった。なんとか絞り出した言葉だったのだと思う。
「ああ。毎日さ。……少し私の話にはなるんだけどね、ツムギさん。さっき言った通り、あの少女は自殺した。首に紐が巻き付けられていたから、それは薄々感じたと思うんだけどさ」
ツムギは静かに聞いている。顔は曇ったまま。もう疲弊し切っているようにも見える。
「私は……代理人なんかどうだっていいの。ただ、この状況を……改善したいだけなんだ。……こんな狂気を……正したい。ツムギさんも感じただろう?あの魂の異様な無邪気さ。」
私の声は少し震えていたと思う。私にだって、少年のような心がある。
「……ミラさんも感じているのか。あの異常さ。正直俺には受け入れられなかった。……あんなの……っ」
ツムギの声には力がなかった。しぼんでしまった風船のようだ。
「……ツムギさん、あの状況の異常さに喰らったようだね。見せたかったものはまさにそれなんだ。私はもう慣れてしまったけれど、今のツムギさんになら、この状況がいかに狂っているか、わかるだろう?」
ツムギは頷いた。今度は力強かった。目が真剣に輝いている。部屋ではトアと魂が飛び回って遊んでいる。トアはアンドロイド。頬で感じるがそれがわからない。目の前の狂気にだって、溶け込めてしまう。まだ教えていないから。
「ツムギさん、私はこの状況を改善したい。……そこでだ、取引しようよ。」
ツムギは私の突然の言葉に目を見開きつつこちらを見た。緑眼がてっぺんに上った日光に照らされて、少しだけ輝いている。
「……取引…………?」
私はベランダの手すりに寄りかかりながらツムギを見つめる。
「……ツムギ。君の天才的な情報処理能力、そして解析、分析能力。そしてそれを表す言葉を貸してくれ。私は君に『言葉の裏側』を……言葉やデータでは表せない『リアル』を教えてやる。……天才君よ、この『狂気』に満ちた状況をまとめ、資料に表せるか?」
ツムギは固まっていた。しかしその顔には、輝きが灯っていた。少年は今、青年になりつつあるのだ。
ご覧いただきありがとうございます!19話です!ツムギが知り得なかった狂気を叩きつけられていますね。そして何と言ってもミラ!取引を持ち掛けました。さぁこの先「ツムギ」がミラーメトロ創設にどうかかわってくるのか,こうご期待です!




