18 天才の苦悩
―天才は,意外と,人間らしかったりする。知らんけど―
だいぶあたりも暗くなってきた頃。私とトアは滞在時間いっぱいまで引導をし終え、帰ろうとしていた。
「ミラ ホホ スコシ ボコボコ オツカレサマデス」
「トアもお疲れ様。疲れたな~。でもちょっともの惜しいな」
「モノオシイ?」
トアが上目遣いで聞いてくる。かわいい。
「ここ、『日本』だからさ。ほら今日お寺に行って庭見たりしたでしょう?それに街並みも。ちょっと帰りたくないかもって言う……そういう感覚のことを『もの惜しい』って言うんだ。きっといつか感じる日が来るよ、そのぷにぷにな頬でねっ」
私はトアの頬に触れた。相変わらず赤ちゃん肌だ。
「ウニュッ」
そしてこの声である。かわいい。
「よし、ヨノアへ帰ろうか。いくよっ!」
そして私とトアは一気に上へと飛んで行った。そして和風な門の目の前についた。静かだ。きっと引導課のオフィスにも社員は残っていないのだろうと思いつつ、門をくぐった。
引導課のオフィスのドアを開けると、窓際の席に一人だけ。社員が残っていた。ツムギだ。何やら頭を抱えているように見えた。こちらには気づいてもいないほど、何か悩んでいるようだった。私はとりあえず自分の机に置いてある荷物を確認した。トアはじっとツムギの方を見ている。私もツムギの方を見た。データとにらめっこ状態だ。顔に疲れの色が出ているツムギだ。私はツムギの机の方へと向かった。ツムギは私が話しかけるまで、近くに寄っても気づかない。いつもは整っているセンター分けの髪も少し崩れているように見えた。
「……ツムギさん、こんな時間まで珍しいね。無理はしない方がいいと思うが……」
ツムギは少し睨むような眼でこちらを見た。吸い込まれそうな緑眼がこちらを軽蔑しているようだ。
「……それはあんたもだろ、ミラさん。こっちも忙しいんですよ。で、何の用ですか?あなたの本日の引導データの確認なら済んでいますが。」
突き放すような言い方に、これはタイミングを見誤ったと思った。幼いなぁこの子。何があったのだろうか。しかしそれを掘り下げるのは余計にツムギを怒らせる気がするし、正直今朝のあの焦った様子から想像できる。と思っていたのにもかかわらず、私はついつい聞いてしまった。これぞ良くない方の『好奇心』だった。トアはただツムギのことを見つめている。
「……代理人の話か?朝焦っていた様子だったが……」
そう言いかけたときだった。案の定だった。
「あーもうっ!。俺はあなたに構っているほど暇じゃないんだ。お先です。では!」
やはり詮索はいい結果を生まない。わかっていたのに聞いてしまう私はやはり非合理的である。ツムギは引導課のオフィスから出ていった。私はその背中を眺めていた。トアが突然私の肩から降りて、自分のサイズを大きくしだした。140センチぐらいか。
「アノヒト オト キコエタ! マケタクナイ ゼッタイニダイリニンニナルンダ トアノホホ アツアツ――ッ!!! カットウ!!ダァァ――ッ」
そしてトアはツムギの後を追いかけ始めた。熱暴走しているようにも見えた。もちろん幻覚だが、トアの頬から蒸気が噴出しているように見えてしまった。
「お、おいトア!?待てって!私はトアと違って体力ないんだぞ!?」
私もトアを追って階段を駆け下りた。どこへ行くつもりなのだろうか。ツムギは追いかけられていることなど知るはずもない。トアを追って私はオフィスを出て周囲を見回す。門の近くにある噴水にツムギとトアがいることを確認した。ツムギは噴水のところに座っていた。遠くから見るとぼーっとしているようにも見えた。
「ツムギサン!!ツムギサン!!!」
トアが出したとは思えない声量でツムギのことを呼んでいた。必死で追いかけている私の耳にも聞こえるほどだった。
「うわっ!?だ、誰だ!?……君は確か……トア、だったか?アンドロイドの……」
ツムギはトアのことをまじまじと眺めている。私は走り疲れて歩きながら噴水へと向かった。アンドロイドのエネルギー量、恐るべし。
「ツムギサン!! カットウ シテル! マケタクナイ ダイリニンニナリタイ クヤシサ カンジテル! コドク カンジテル トアノホホ アツアツ ナッタ! ホラッ!」
そう言ってトアは突然ツムギの頬に自分の頬をすりすりと合わせ始めた。ぷにゅっという擬音が見える。
「ふにゅっ!?お、おいっ!?や、やめっ!?」
ツムギは変な声が出てしまっていた。私はなんとか噴水までたどり着いた。息を切らしつつ顔を上げた。そして目の前の状況をまじまじと眺めた。息切れもすぐにどっかいった。
「ウニューッ!」
「は、離せっ!お、おいミラさん!ちょ、マジっ!!」
私は本来ここで、トアを止めるべきなのだろう。なのになぜか、しばらく間があった。この状況を面白がってしまっているのかもしれない。そう思った。しかし流石に止めなければ。
「ト、トア!ストップだ!一体何があったんだ?」
私はツムギからトアを離した。トアの頬はかなり熱を持っていて、少し膨らんでいるようにも見える。そしてツムギの頬も真っ赤だった。少し息切れしているツムギだった。
「ツムギサン カットウ シテタ コドク クヤシサ アッタ キコエタ ホホ アツアツ ナッタ」
ツムギは自分の頬を手で触りながらトアの声を不思議そうに聞いている。
「要するに、ツムギの心の声を聞いて、頬にいろんな感情が表出したんだな?ツムギの感じている悔しさとか孤独とか葛藤とかを頬で感じたのね。で、一気にいろんな感情を読み取ったせいで、いろいろと熱暴走したと。こういうことか」
ツムギは私の方を見た。いかにも色々言いたげな顔をしている。当然と言えば当然だ。
「おい!ミラさん!アンドロイドの管理とか一切の責任はミラさんにあるはずだろ?どういう教育したらこんな色々と強引なことになるんですか!」
私は少しだけピクッとした。教育、か。ツムギは一度言葉をそこで止めた。教育……。私は少し我に返ってツムギのことを見た。そして噴水にすっと座った。トアも膝にのっけて。
「えーっと。まずうちのトアがすまんね、頬……まぁ大丈夫そうね」
「そこは軽いんですね」
ツムギは思ったよりズバッとものを言うようだ。
「ほれ、トア。こういう時は……いくぞ、真似してね」
私はトアにあるポーズを教えた。そしてツムギに見せつけた。
「いくぞいくぞトア、せーのっ……」
「テヘペロ☆」
トアを抱きかかえてツムギに見せつけた。トアは可愛い。
「…………………………まぁ、いいです。」
かなり間があったが、折れてくれた。トアの可愛さは天才にも通用しそうだ。トアのテヘペロはさておき、私は仕切り直しつつ話し始めた。
「ところでツムギさん、トアの熱暴走は予想外だったけど、トアが読み取ったあの感情は本物なんだ。一緒にいろんな魂を見てきたから分かる。何か葛藤しているんだろう?さっきも頭を抱えていたし。」
ツムギは少し目を逸らす。図星のようだ。
「……だから、何ですか。俺が何を思おうが勝手でしょ」
ツムギは突っぱねるような口調で言った。間違いない。私はツムギに絡む義務も義理もない。しかし私は、不思議な直感があった。まさにトアを初めて見たときの感覚と酷似している。この子、もしかしたら……といった、言葉にならない、そんな感覚が。
「ミラ キイテクレル! ツムギサン カットウ」
トアがツムギに語りかけている。
「……さっきから何なんだ。俺はただあなただけには負けたくないだけだ。それ以上もそれ以下もない」
少し苛立っている様子のツムギだったが、私は動じない。動じないように気を付けた。
「じゃあ勝ってみればいいじゃないか。天才君なら朝飯前のはずだろう?」
ツムギは明らかに私のことを睨んでいる。『目で殺す』とはまさにこのこと。しかし返答はしない。言い返す言葉がないのだろう。そしてどこか体が震えていた。トアは再び頬が反応しだす。
「……シゴトジョウノモンダイテンガ……アレバ……ショウメイデキルノニ……ナノニ……ッ!!オマエナンカ……ッ!!!!!!」
ツムギは目を見開いた。私はトアの方を見た。心の声を聞いたらしい。
「なっ……こ、こいつっ……!?」
ツムギは驚きやら焦燥やら、色々入り混じった顔をしている。ぐしゃぐしゃだ。私には、どこか腑に落ちたような部分があった。
「……なるほどね、ありがとうトア。……おいツムギ」
感情が前面に出たツムギは相変わらず私を睨んでる。恨まれているような顔だ。そしてツムギはシカトをした。私は気にせず続ける。
「明日、悪いが私に付き合ってもらうぞ。見せたいものがあるんだ」
ツムギは驚いて私を睨んだ。苛立っている。
「は?何でお前なんかと……」
そう言いかけたツムギに私はツムギの肩を優しくも確実に掴み、一気に顔を近づけた。私は目の圧は誰よりも上だと過信している。ツムギは言葉に詰まり、固まっている。
「……来い。いいな?」
ツムギは何も言えなかった。恐怖の顔を浮かべていた。
「…っう…………」
ツムギの顔はいつになく歪んでいた。天才の姿は幻想だったかのように、一瞬で崩されたのだった。私は死神のミラ。勝負事には興味がない。非合理的な、死神なのだ。
18話です!ご覧いただきありがとうございます!ツムギは今後,ミラに何を見せられるのか。そして代理人の座を賭けた勝負の行く末は,,,?!こうご期待です!!




