17 人間引導禄 「見えない檻に閉ざされて」
―見えないもの以上に,恐ろしいものはない―
私とトアは寺を後にした。トアの頬には白い花びらが未だについたままだ。
「ホホ カンカクアル」
「花弁ついてるからね」
他愛のない会話をしながら私たちは歩いていた。和風な街並みが私を冷静にさせてくれる気がした。
「にしても、この辺は亡霊が多いな、ほんとに。こんな暢気に歩いている場合でもなさそうだ」
私は歩きながら亡霊を通りすがりに引導していた。トアは相変わらず初めて見る街並みを見回していた。
「ナゴミ……」
「気に入ったみたいね、頬が少しだけふわふわしている感じだねトア?」
「ウン」
「それは和んでいるってのもそうだけど、『落ち着いている』ってのもあるかもよ。頬が安心していて、心が一定に保たれているんだ」
「オチツキ ナゴミ」
「そうそう。落ち着きは大事なんだよ、どんな時でも落ち着くこと。落ち着いているといろんなものが鮮明に見えるよ」
「ナルホド!」
なるほどと言う言葉なんか教えたっけか。まぁアンドロイドであるというだけで説明はつくのだけれど。
「……ん、トア、ちょっと行こうか。近くで死を感知したよ。ココからすぐだ」
「ウン!」
私とトアは歩き出す。やはりどんな街にも光と影はある。雅な街並みと立ち並ぶ建物の隙間。いわば路地裏のような狭い道を通り抜けた。そして街並みに溶け込んでいた和風な建物の中に入った。
「この家の中だ、死を感知したのは。」
家の中は普通と言うか、使われていない感じがする。もちろん玄関に1足靴があったのは見たので、人はいるはず。ところどころ埃がついていたりもした。1階を一通り見たが誰もいない。2階か。
「……クライ」
「そうだね、あまり日光が入らないからかも。トア、おいでっ」
私はトアを持ち上げて肩の上に乗っけた。
「ちゃんと掴まっててね」
「ウン!」
私はそのまま2階へと上がった。1つだけ部屋があった。ドアは空いている。
「……なんだこれ」
私は思わずつぶやいてしまった。トアを肩に乗せているからか、トアの体が一瞬震えたのもわかった。これは。
「何この部屋……散らかってる。あ、遺体もあるな、でも外傷もないし病気でもないな。」
私はとりあえず散らかってるものをよけつつ遺体に近づいた。服やら荷物やらで散らかった部屋だった。遺体は若い体の男性でまだまだ働き盛りだったであろう。床にうつぶせで亡くなっている。
「……ボコボコ グッタリ」
トアが遺体の肌の質感を読み取ったようだ。私も少し気になっていたところだ。私は遺体に話しかけた。
「……魂よ、出ておいで。君は今……過労死だ。過労死した。私はミラ……」
そう言いかけたときだった。トアが少し身を乗り出した。
「シニガミダヨ!キミヲインドウスベクココニマイッタモノダ!ワタシハトア!ジョシュダヨ!」
急にトアが代弁してしまった。
「お、覚えたのか?セリフ」
「ウン!ミラ イッテタカラ」
「じゃなんで急に言ってくれたんだ?」
トアは首を横に振った。
「わかんないってか。あははは!、そういうのを『好奇心』って言うんだ。なんか急に『これやりたいっ!無性にこうしたいっ!』って言うね。なんでかわからないことがほとんどだし、これもまだ『抽象』な概念だ。にしても急だねw」
「コウキシン! ホホ フルフル!」
トアは頬を手で包んで見せた。無邪気だ。
「さてと、魂さんよ、そういうことだ。……声はまだ出せそうか?」
すると魂はゆっくり浮いて私たちの前で止まる。そして話始める。
「……え、俺死んだのか。会社の資料が……」
私は少し驚いた。死んでなおまだ会社のことを気にかけているとは。
「……おい、会社の資料って……思考が会社になってるって相当だな……。」
トアが魂を見つめている。何か感じているのだろうか。
「……メールモヘンシンシテナイ、アラタナプログラミングゲンゴノアップデート、……オイテイカレテシマウ、オイテ……」
トアの声は焦っているように聞こえた。常に追われているような声。
「……トア、ありがとう。前半の言葉の意味はあんまり分からないけど、この魂のことは何となくわかった。なぁ魂、君はどこに勤務していたんだ?」
魂は弱々しい声で答えた。
「情報系の会社だよ、毎日毎日追われる日々だ。在宅勤務とはいえまさか過労死するとはな……」
私は少し魂を眺めた。部屋もよく見たら机の上にパソコンが置かれていて、おびただしい量の文字やグラフ。そしてそばに置かれているスマホの通知は鳴りやむことを知らない。私は静かにため息をついた。トアは鳴りやまない音の正体を探るようにあたりを見回している。
「魂よ生きているうえで何か大事にしていたものはあるかい?」
魂は答えなかった。タイムリミットともとれるが、私はそれだけでもないかもと思ってしまった。なぜなら、大事にしていたものを答えられなくても、そのものがある場所に魂が移動することはできるはず。しかしこの魂は動く気配がない。私は静かに魂に火を灯す。そしてつぶやいた。
「……せめて原因が見えるものであってほしかった……天国に行けよ、絶対」
魂は力強く引導された。トアは何かを持って私の近くに来た。
「ミラ コレ オト ズット ナッテル!」
私はトアから灰色の板を受け取った。ずっと通知が鳴っている。画面が文字だらけで、充電もさほど残されていない。液晶に少しヒビも入っている。
「……ソレ オト シンドウ アル!」
「……これはスマホだ。連絡とか通信する道具。見えないものと……通信して連絡を取り合ったりね」
私は少し意味深な声のトーンで言った。そしてトアに問いかける。
「……ねぇトア、この板から出てる音って……目に見えるかい?」
「ミエナイ!キコエル!」
私は頷いた。
「あの魂は……『それ』に押しつぶされたのさ。『見えないもの』にね……」
トアの頬が変化する。
「ホホ カチカチ アツアツ」
「それは『驚き』だね。見えないものに押しつぶされるなんて、普通に考えたらありえないと思うだろう。でもそれが今回起こってしまって。トアもびっくりしたのさ。わかったかな?」
「ナントナク」
なんとなくと言う言葉はついさっき私が使ったきりなのに。本当に末恐ろしいアンドロイドだ。私はトアを肩に乗せた。トアはあっさりいいサイズ感に縮んでくれる。そして私の手に持った灰色の板の電源を落とし、机の上の板もパタンと閉じておいた。一瞬で静寂に包まれた部屋には、灰色の板が2枚、そして白い花びらが添えられていた。トアの頬に感覚はもうなかった。
ご覧いただきありがとうございます!17話です!トアの可愛さがとんでもないですし,ミラのお姉さん感半端ないです!そして社会につきものな「過労死」という重めのテーマとなっておりますが,最後まで美しく書けたと思いますので,楽しんでいただけたらと思います!コメント・感想等励みになります!ありがとうございます!




