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13 M・Yの記憶

―異世界は,転生しなきゃ行けないのか―   

 

 私は今、自宅近くの河川敷に来ていた。あたりは薄暗い。朝早く目覚めてしまったのだ。いつもは5時なのに。2時間も早く。トアとかつて話したこの場所に、トアと共に座っていた。

「クスグッタイ フルフル~」

「あはははっ!やっぱり芝生はくすぐったいか!可愛いなぁ」

 最初ここに来た時も、こんなやり取りをしたっけか。懐かしい。

「カワイイ?」

「かわいいってのはな、愛らしいってこと。その風景とかを映すと、なんか笑顔になっちゃう。そういうものとか姿に対して言う言葉さ。かわいいねトア」

「テレル~」

 トアは生じるホホの感覚を、だいぶ流暢に言語化できるようになってきている。私は少し微笑んで、腕をグーっと上に伸ばした。

「ノビ!ダヨネ?」

「そう。清々しいやつだよ」

 トアも伸びをし始めた。表情こそ固まっているが、清々しいようだった。私は少し姿勢を崩し、楽な姿勢で座り直した。

「……ねぇトア。昨日さ、私の頭の中の音を聞き取ってたよね。ザザザザーって聞こえるって言ってたろ?」

「ウン キコエテタ アレ ナニ?」

 純粋無垢な声で質問してきた。そりゃそうだろう。この子は学習能力が半端ない。教えてやらないといけない。

「あの音はね……私の過去に起きた出来事のリプレイだったんだ。頭の中で自分に起きたことが、再び再生されていた音だったんだよ。こういうのを、『想起』とか『フラッシュバック』って言う風に呼ぶの」

「ソウキ……。」

 そうつぶやくトアを私は眺めていた。私は少しの間目を閉じた。……うん。いまならはっきり再生できる。しっかりと現像できる。今なら話せる。そう思って目を開いた。

「……トア、私の過去に起きた出来事……聞いてくれるかい?君が聞き取った音の中身、覗いてみないか?」

 トアはただ頷いた。顔の変化はまだ見られない。私はゆっくり話し始めた。まさか最初に打ち明ける相手がアンドロイドになろうとは思っていなかったが。


 ——これは、私が死神になる前——私がまだ、「人間」として生きていた時の話——

 私には、実は人間時代の記憶があった。その記憶は、おそらく中学時代から始まる。


 中学時代。私はとにかく自信のない、ネガティブで視野の狭い、悲観的な少女だった。失敗を恐れ、日々不安に苛まれ。そんな人間だった。勉強も大嫌いで、家に籠るのが当たり前だった。そんな私に将来があるのか。毎日そう言っては自分を否定し続けていた。友達ともうまく話せず、ふさぎ込み、流行に対しては常に否定的だった。なぜそうなったのか。その部分の記憶はない。中学時代より前の記憶に答えがあるのだろうが、その部分は欠落してしまっている。そして1番覚えていることがあった。私は、私が大嫌いだった。悲観的、不安が尽きない。そんな自分のことが。そして、そんな自分を変えたい。心の奥底にそんな願望があったこと——


 そして迎えた高校生。あまり学力の高くない、そんな高校。でも、心のうちは変わらなかった。私は変わりたかった。ただそれだけだった。前を向きたい。楽しく、生きてみたい。と。そんな中だった。中学時代はふさぎ込んでいた私だったのだが、思わぬ出来事が起こったのだ。入学してすぐの時のこと。私はトイレに行こうと廊下に出ていた。偶然その時、家から持ってきていたグミをスラックスのポケットに入れっぱなしだった。しかもパッケージまるごと。そして廊下に出たときだった。目の前かを歩いてきた女の子とパチッと目が合ってしまった。向こうは少し気まずそうだった。しかしなんだろう。私の中には、今まで感じたことのなかった、不思議な「直感」が走った。安心感があった感じだった。頬が少し温かかった覚えがある。私はそのことのすれ違いざまに、声をかけたのだ。ポケットからグミを取り出しながら。

「……グミ、食う?うまいよ。」

「……え、いいの?ありがとう。……おいしい。」

 その女の子は戸惑ってこそいたものの嬉しそうにグミを食べた。

「……私は結都(ゆと)。1組の人間だ。このグミうまくね?」

 そういうとその女の子は目を一瞬光らせた。

「え、わかる。このグミうまい。私このグミよく食べるの。あ、私はひな。3組の人間だよ。」

 私はこの時驚いていたのだ。同時に必然だとも思った。今まで閉じこもっていた殻がいとも簡単に崩れた瞬間だった。お菓子1つで。私は今まで自分はなんて狭い世界にいたのだと。思い知らされた。そしていい意味で裏切られた。ひなと別れた後、強く思ったのだ。

(……変わるなら、今だ。……いや、変わってみせる。きっとそれは、困難だけど、容易なはず。私は……!)

 その1件ののち、私はもう立ち止まらなかった覚えがある。グミと言うひとつのお菓子で友達を作ることができることに気づいてしまったから。私は中学の時につけていた名札を思い出した。『芽蕗(めぶき) 結都(ゆと)』。そう書かれていた。そんなネガティブな私は今,前を向き始めていた。そしてその名札のまま、変わっていった。

 私はまず、何かやろうと思い立って、「英検」に手を出した。一気に準二級まで取った。その後、きっかけはおぼろげだったが、夏休み中に行われた、大学が連携して開講される講座に参加した。心理学のゼミを選んだ私は、いろんな話を聞いた。全部は覚えていないが、2つほど、覚えている言葉がある。その言葉が、今の私。「ミラ」の大元ともなった気がする。そして最近よく、頭に流れていた映像でもあった。その映像には心理学の教授と、受講者30名ほどが映っていて、広い小ホールでのワンシーンだった。

 ——「皆さん、『自己理解』と聞くと、難しいイメージを持たれることでしょう。しかしね、これだけは言えます。自分を理解するためには、他者を理解する必要があるんです。他者は、自分を映す『鏡』なのです」 ——


 この言葉を聞いたとき、私は目の前の世界が一気に色づいて見えた覚えがある。心が軽くなって、解放された渡り鳥のようだった。その後私は、常に「他者」を見るようになった。そして他者を知ろうと思うようになった。その名残だろう。自然と傾聴力がついていた。

 そしてもう1つの映像。シチュエーションは同じ。講座の受講中、受講者30名。小ホールにて。その日は確か、記憶についての話だった覚えがある。講義内容の一部に,目の前に映し出されたある部屋の一室のイラストを30秒間見た後、部屋には何が置いてあったか、「椅子」は置いてあったか。という2つの質問に答えるというものがあった。私は、椅子は確かに置いてあったと思った。それはほかの受講者も同意見だった。しかし実際は、椅子など映っていなかったらしい。教授は語りだした。


 ——「あのね、さっき見てもらったイラスト。椅子はなかった。なのに過半数は間違えた。それはその質問用紙に仕掛けがあるの。『椅子』って言うワード1つが、あなたたちの30秒前の記憶を改ざんしてしまったんだ。こういう記憶のことを『虚偽記憶(きょぎきおく)』って言うの。皆さん、覚えておいて。記憶は、その人にしかない、唯一無二の宝物であり。言葉1つで簡単に壊すことのできる、『脆いもの』なのです。そして、記憶は、自分1人で変えることも実は可能なの。身近なのが『多重人格』です。」——


 私は驚いた。自分が見ていた世界が一気に壊された気分だった。私はこの一件以降、物事をよく観察するようになった。「何か」が隠されているかもしれない。それを探すのが好きになって、それこそが1番大切かもしれない。そう強く思うようになったのだ。


 それからと言うもの。私は2年生になった。とても楽しかった。1年生で得た傾聴力と観察力のおかげで、世界が変わって見えた。周りの人をフラットに、そして独特な目線で見られるようになって、私の知らなかった世界が浮き彫りになった。

 個性の正体を友達の「咲(さき)」と一緒に暴いたり、やたらと主張の強い水筒カバーがあったり、雑草のもつ「柔」の策略を知り、バレンタインデーには友達の「四葉(よつば)」から臓器クッキーをもらい、謎すぎるコントがはじまったり。ひなとペアルックにも見えるパーカーとマフラーで帰ってみたり。性別にとらわれず,一人の「人間」として生きる決意を駅でしたり。その時見た世界は輝いていたのだ。そしていつしか、私はそんな世界をもっと知りたいと思うようになっていた。


 そして3年生。友達と一緒に和気あいあいとしながらも、壁にぶつかった。それは私の「進路」だった。1年時に受講した心理学の講座の経験から「もっといろんな人間の姿を知りたい」と言う思いはずっとあった。そこから、私は心理学科の大学へ行こうと志望理由書を書いていた。担任に見せたときの反応は忘れられない。たった一言の言葉。


 ——抽象的すぎる——


 この時以上に悔しかったことはなかっただろう。私は初めて打ち砕かれた。社会が求めているのは私のような「想い」じゃない。「形あるもの」だと。でも私は,今まで見てきた世界を偽物になんかしたくなかった。志望理由はそれらしいことを書いて提出したが、私は絶対に曲がらなかった。もう曲がりたくなかった。そして無事、大学には合格した。指定校推薦が受けられたのだった。自分の「想い」を見失うことはなかった。見失いたくなかった。


 大学に入ってから、私は心理学を学びながら、あることを始めた。「言葉集め」だった。なぜだっただろう。はっきりとは覚えていないが、私が言葉に動かされることが多かったからだろう。いろんな言葉を集めた。哲学者の名言集を読んでみたり、私がただ目の前の風景を見て感じたこと。何でも書いた。

 ——人間って、不便で愛おしい——

 この言葉が1番よく覚えている。高校時代ともつながている言葉だ。私はそんな不便で愛おしい人間が大好きだった。そしてそんな人間として生きられることが何よりうれしくて、光に満ちていて。そんな矢先だったか。いつも通り、大学に行くため,駅のホームを歩いていた時だ。手が滑って言葉を書き留めたノートを駅に落としてしまった。私は夢中で線路に飛び込んだ。目の前が真っ暗になったんだ。「芽蕗 結都」が消えた瞬間だった。しかし、消えたかと思ったけど、消えはしなかったんだ。


 ——「そして気づいたら私は『ミラ』だったのさ。これが,昨日トアが聞き取った『音』の正体だよ。長い話ですまないな、トア。」

 トアの頬は真っ赤だった。アンドロイドは涙の出力はできない。しかし私の目には、トアが泣いているように見えた。

「ホホ アツアツ フルフル ドウシヨウ」

「きっといろんな感情が混ざってるんだろうね。まぁひっくるめて、『震撼』と言ったとこか。いろんな感情が頬に一気に流れ込んできて、もはや言葉で表せられない。そんな感じ。トアの頬がいろんなことをキャッチしちゃったんだよ」

 トアは頬を手で押しながら、私の方を見た。

「シンカン……。ア デモ……」

 私はトアを涼しい笑顔で見つめる。

「ウレシイ シアワセ コレハ ゼッタイ アトハ ワカンナイ」

 私はトアのその言葉を聞いて少し目を見開いた。トアなりに解釈できるものを教えてくれたのか。私は目がぼやけていくのを感じずにはいられなかった。

 ……そうだ。私は幸せだったんだ。今もこうして消えずに、培ってきたものを渡せている。気づけば私はトアを抱きしめた。ただ抱きしめていた。言葉はない。もう目が見えなかった。せっかく、きれいな朝日が昇っていたのに。私は、トアを暫くの間離さなかった。


 ——その日初めて、結都は泣いた。たくさん泣いた。仕事前であることを忘れて。死神であることを忘れて。泣いたのだった。朝日が河川敷を優しく照らしていた。

 

ご覧いただきありがとうございます!どうも。ポン太です。死神とアンドロイドの物語。これからも末永く楽しんでいただけたらと思います!それではまた次回!お会いしましょう!よい1日を!!

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