12 人間引導禄 「人身事故とミラ」
―駅に行ったら,記憶が落ちていました―
多重人格者の魂を引導してから早2日。時が経つのは早いものだ。私とトアはいつも通り魂の引導に勤しんでいた。本日は田舎の地での仕事だ。そして最近、トアと出会ってからか、私は過労気味だったせいで頭のどこかに押し込まれていたモノクロな映像がたまに頭脳内再生されることがあった。気にかけてはいなかったし、そもそも映像が不鮮明で何のことかあやふやだったため、気にはしていなかった。そして今、私とトアは田舎にポツンとあった駅にいた。死を感知したのだ。
「……ここだ。駅前の交差点といったとこかな。」
「エキ?」
「この世界に生きてる人間を運ぶ便利な箱が止まる場所のこと。電車って言うはやい箱が、ほらあれ、あの木のはしごみたいのが地面にくっついてるだろ?あの上を走るんだ。で、「駅」っていう場所に停車していくのさ、順番にね。この世界はやけにひ広いんだ。だからいろんなとこに駅がある。で、人が行き来してるってわけさ。だからこういう場所では人の死もつきもんなんだ。」
トアはポカンとしているように見える。一口に話しすぎたか。
「デンシャ エキ カンドウ」
どうやら私は要らない心配をしたらしい。そう。この子はアンドロイドである。学習能力に限度はない。
「さてと、死を感知したのはこの辺だけど……、まぁ駅で死ぬと言えば、『人身事故』だろうな。うん。」
「ジンシンジコ?」
「うん。ほらさっき言ったろ?人の行き来が多い場所では死がつきものだって。電車と人がぶつかっちゃうことを『人身事故』って言うの。たぶん何んとなーくわかってたんじゃないかい?トア」
首を振りそうなそうでもなさそうな微妙な反応を見せるトア。
「あは、そういうのを『中途半端』って言うのさ。どっちつかずな、そんな感じ。私はこれ嫌いじゃないね」
「チュウトハンパ!ミラ スキ?」
「うん。さて、魂がお待ちかねだよ。おいで、駅の中に入ってみるよ」
「ウン」
そう言って私とトアは駅の構内へと足を踏み入れた。小さな駅ではあるが、人身事故が起きたということは、ある程度の利用は絶えない駅なのだろう。構内にて、魂はすぐに見つかった。電車が停車しているが、かなり位置がずれて見える。人もざわざわしている。やはり人身事故のようだ。私は線路に降り、遺体に近寄った。生々しい。たった今事故が起きたばかりだろうか。トアは遺体を見てはきたが、原型があまりない、そんな遺体を見るのはきっと初めてだっただろう。触れるのを躊躇してしまっていた。
「……魂よ、出ておいで。私は死神のミラ。君をあの世へ引導すべく参ったものだ。君は今線路に転落し臓器が飛び出て死亡した。……あ、少しグロイことを言ってしまった。ごめんよ。わかっているよね、電車と接触したってことぐらいは。」
魂が出てきたが、やたらそわそわしていることが目についた。トアは私の足を手で持っている。あとでトアに今生じているであろう感情を教えてやらねば。
「あ、あんた、だ、誰!?」
当然の反応だ。魂の少しかすれた男性の声が響いている。しかしこの説明にできれば時間を使いたくないのが私の本音だ。
「死神だよ。大丈夫物騒なことはしない。この通り丸腰だし。君を空のあの世って場所に送るだけだよ。優しいやり方でね。」
優しく説明したつもりだった。受け入れがたいのだろうか。死神を信じろと言われても無理な話であることは私にもわかる。しかしいつか人は死ぬわけだし、今までなんだかんだ説明すれば受け入れてくれる魂がほとんどだった。なにしろ死んでしまっているから受け入れるしかないからだろう。しかしこの魂は落ち着かない。私はトアの方を見た。
「トア、ちょっち頼める?覗いてみよう」
「ハイ!」
私の足にさらっと手を添えて眺めていたトアがスッと前に出た。ちょこんとしたサイズ感がかわいい。そしてトアは心を読み始めた。
「ドコダ、ドコダ……、オレノ、オレノ……カバン」
「鞄……?」
私はあたりを見回してみた。鉄柵のところに鞄が放り出されていた。中身が少し出ている。ささっと取りに行って、魂に聞いた。
「これか?黒色の大きめな手提げ鞄らしいけど。」
魂の挙動不審が収まった。魂の動きはあっさり落ち着いた。
「よ、よかった……。この鞄大切なもんなんだ。この中に……俺の大事なメモ帳と写真が……」
私は鞄を丁寧に漁ってみた。確かに茶色のミニメモ帳が入っていて、幸運にも傷はついていない。中には人間の写真だろうか。3人ほど映った写真が撮られている。その中に、遺体とそっくりな体つきの男性が映っていた。その周りにいるのは妻と子供。つまり、家族なのだろう。私は何とも言えない気持ちになった。そんな矢先、再び頭に映像が流れた。この駅そっくりな場所が映し出されている。モノクロだがいつもよりかは形がある映像だった。しかしすぐに我に返った。
「このノートを鞄の中にあるか確認していたところだったんだよ、あの時。鞄に絶対に入れたはずなのに見当たらなくて。で気づいたら線路の上で、俺が乗る予定だった電車が来てて……。」
魂の声を聴いて、さらに頭の映像が輪郭化しているのを感じたが、今は反応はせず、目の前の魂の引導に集中した。
「この写真とノートが大切だったんだな……。よし、これと共に君をあの世に引導するよ。……もう手放すなよ、大事なもの。さ、いくよ」
そして私は瑠璃の灯を魂とノート、そして写真に灯した。控えめに燻って、魂は上へと昇って行った。私は少し伸びをする。トアは私のことをまじまじと眺めている。
「……ミラ、ミラ オトガスル ザザザザーッテ……ア オト ナクナッタ」
私はさすがに驚いた。もしかして私の頭に流れているあのガビガビな映像を音声として読み取っているのか?確かに私の頭の中ではモノクロな映像が流れていた。そしてその映像は、たった今一気に着色化されたところだった。私は思い出したのだ。その映像の正体を。
「……ほんと、トアってすごいね。音だったら読み取れるのか。だから音が聞こえたって言ったのね。……うん、今私の中でザザザザーって音立てて映像が流れてた。でも今その正体がわかったよ」
私の中の映像。今までモノクロだったその映像。今なら、現像できる。騒がしくなった駅だけど、私の中に流れている音は決して騒がしくなかったのである。過去の音は、現在の音よりも、くぐもっていたのだ。




