11 人間引導禄 「交差する声と感情と」
―私は,一人じゃない―
3人は、山に囲まれた盆地の中で、魂や亡霊を引導していった。トアはアリスのポップティアーズに見とれていることもあった。
「ふー、やっぱり山の中ってだけあって、植物いっぱいあるから引導も多くなるなぁ。大変大変~」
アリスの声は結構あっさりしている。本当に焦っている様子がないあたり、焦っていないのだろう。もっと焦るべき死神は今ここにいるわけだが。私は今のところ、今日はあまり魂を引導していない。亡霊の引導が主になっていた。今日は魂の引導は少なめかと思っていた矢先の出来事であった。私は死を感知した。
「……アリス、私ちょっと行ってくる。死を察知した。」
真剣な顔でそう言った。アリスは察したようだった。そして控えめだがちょっと好奇心の混じった声で私に話しかけてきた。
「ね、ねぇ。私もついて行っても良い?トアちゃんの読心術も見てみたいし、他の仕事ぶりを見るのも大切……じゃん?ダメかなぁ……」
「あー、気にしないよ。でもアリス?自分の引導はいいのかい?」
声のトーンは特に変えずに私は聞いた。
「うん!こういう地形の場所は生えている植物がちょっと偏ったりするものでね、あらかた引導できたと思うから!」
そう言ってニコニコしているアリス。トアもアリスの横に立っていた。私を見つめている。
「よし、じゃあ行くよ」
私たちは感知した場所へと向かっていく。と言ってもすぐだった。目の前に、和風で少し年季の入っている一軒家が現れた。死を察知したのはここだった。私は一軒家の中に入った。無論認知されないから安心だ。アリスとトアも後ろからついてきた。部屋は静まり返っていて、がらんとしている。1階を回ったが特に何もない。私たちは2階へと進んだ。階段の軋む音おとが静まり返った部屋に異様なほど響く。2階には1人部屋だろうか。そして物置として使われている部屋があった。年季が入っているようだが、人が使った様子もちゃんとある。空き家という訳ではなさそうだ。ちゃんとまだ機能している。そして1人部屋に入った瞬間だった。遺体がある。しかし1階にも人はいなかった。他殺の可能性は低そうだ。冷静に見ている私だったがアリスは何も言えない様子だ。見慣れているはずがないからだろう。トアは表情を変えない。頬はすこし硬そうな印象があった。今のトアならわかる感情だろう。
私は遺体を暫く観察した。遺体から見て、成人していない、中学生程度が妥当だろう。幼さが残る少女だった。ショートカットの髪がぼさぼさしている。他殺の可能性は低いはずだが、腕、特に手首に切り傷の跡が痛々しく刻まれている。それも何本も。しっかり刻まれている。私も少し喰らってしまった。これは何かあるな。私は遺体に語り掛けた。アリスとトアは何も言わない。アリスについては少し喰らいすぎて顔が動揺している。
「魂よ、聞こえるか。君は今……自殺、だな。自ら命を絶った。わかっていることだろうけど一応ね。私はミラ。死神さんだよ。君をあの世に引導するべく参った者だ。とりあえず出てきてくれないか」
魂はふらふら~っと出てきた。弱々しいが、どこか安定感のない、不安定な魂だった。私は少し気になった。腕の切り傷に加えて、不安定すぎる魂の動きも。動きが激しいのか落ち着いているのかわからない。私はトアの方を見た。
「トア、来て……。頼めるかい?少し、覗いてみてくれ」
トアは頷いて目の前の魂を見つめ、読心術を試み始めた。アリスはその様子をじっと見つめている。初めて見るトアの読心術に興味津々のようだ。しばらくトアは魂を眺めていたが、突如魂から目を逸らした。そして何かをつぶやいた。
「……キキトレナイ コエ イッパイ キキトレナイ ウルサイ」
私は少し驚いた。今までそんなことなかったのに。見ていたアリスがトアを抱きしめた。トアの頬が熱くなっている。アリスは気づけたようだった。
「トアちゃん、頬が熱い。発熱レベルで熱いよミラっち!大丈夫!?そんな顔真っ赤にしちゃったら、かわいい頬が震えすぎて大変なことになっちゃう。」
そしてアリスは手からポップティアーズを発現させた。そして熱く火照ったトアの頬を優しく包み込んだ。正直私はトアの言葉に動揺して、考え込んでいたせいで、アリスとトアのやりとりなど耳に入っていなかった。そんな様子の私にアリスはなんとなく気づいていたようで、トアに優しく教えてあげていた。
「このポップティアーズね、『おめかしの涙』だよって教えたでしょう?だからね、魂を可愛く輝かせるのもそうだけど、心から沸き上がった感情のせいでちょっと崩れちゃった顔とかに使うと、その感情を涙として外に出してあげて、少し顔を和ませることができるの!トアちゃん、今の頬、だいぶ熱が引いたんじゃないかな?トアちゃんに今どんな感情が生じていたかまではわからないけど、ちょっとイイ感じじゃない?」
トアは頬を確認して、つぶやいた。
「アンシン ナゴミ アリガトウ」
「いいんだよっ!トアちゃん!さてと!ミラっち、トアちゃん落ち着いたみたいだよ!今からその魂さんからいろいろ聞きだすんでしょう?」
アリスのあっさりした声で少し目が覚めた気がした。アリスの声は透き通っているが耳に優しい。まさに魔法の声だ。私は一度大きくため息をつき、魂に話しかけた。
「……なぁ魂さん。君は……一体?」
トアが聞き取った言葉も引っ掛かっているせいで、質問が少しおかしくなってしまったかもしれない。しかし魂はちゃんと返答してくれた。
「私?私はちゃんと中学生です!!絵が好きな、普通の年頃のね!」
おかしい。なんて普通なんだ。自殺した魂には何かしら不可解な様子が見られるのに、受け答え自体は普通だ。しかし何か引っ掛かる。これは一体……。そして私はとりあえず、気になっていたことを聞くことにした。
「遺体の腕についている切り傷は一体なんだ?」
「あー……あれは、何でもないのよ、その、あの……」
あきらかに動揺した声だったが、その次の瞬間だった。魂の声色が明らかに変わった。
「……おい、これ以上掘り下げんなよ。人様の体のこととかもういいだろ?ったくデリカシーってもんがねぇな……これ以上何か掘り下げる気だってんならこっちにも考えってもんがあるぜ」
私はさすがに驚いたが、同時にピンときてしまった。これはまさか……。聞いていたアリスも、口調の変化に気づいており、驚いている。そして私はトアの言葉を思い出した。「キキトレナイ」……。私は咄嗟に聞いた。
「……君は、誰だ」
「あ?何、その辺のしがない男性社会人だよ。それがどうかしたのか」
私はもうなんとなくだが、察しがついた。もちろん確定ではないが、おそらくこれだろう。魂が声を出せる時間は少ない。思い切って見ることにした。アリスはただ見守っている。私のことを落ち着いて眺めながら。
「君……さっき自分で『中学生』だと教えてくれたが。……私は君を少しでもいいから知りたいだけだ。しっかり想いを包んでやりたい。教えてくれ。君は、『多重人格』か?」
魂の落ち着かない動きが一瞬で止まった。
「……と、止まったよ、魂さんが……。さっきまでの挙動不審がまるで嘘みたいだけど」
アリスが驚いた様子で魂を見つめる。トアもなにか聞こえたらしい。
「……キコエル キコエル! マサカミヌイテクルトハ……コイツニナラ……!」
トアハ聞き取った心の声を教えてくれた。ようやく音が聞こえたらしい。
「やっぱりそうか。トアが最初『キキトレナイ』って言ってたからさ、もしかしたら、音が多すぎて言葉としてキャパオーバーを起こしたのかもなって思ってね」
魂はふよふよと揺らめきだした。しかし、さっきのような挙動不審な様子は見られなかった。しっかりと地に足をつけている(魂に足はないけどね)。魂は何か話し出した。口調はさっきの男性の口調のままだ。
「……すごいな、よく見抜いたな。そうだよ。多重人格って世間では言われているが、それはこいつを守るために選んだ道だったんだよ。……そう、道だった……はずなんだよ」
そこで声は一度止まった。口をつぐんでいるようだ。私は急かすことも、まくしたてることもせず、変わらぬ落ち着いた眼で待っている。アリスも同様だった。しかし1人、少し違う者もいた。
「……マモレナカッタ ナンドモ ナンドモ イッタハズダッタ ナンドモ カワッタハズダッタ オクニアルモノヲ マモリタカッタ……ダレニモタヨレナカッタ オレハ……オレハ……」
魂も含めて、私たちは驚きつつもトアの声に耳を傾けた。アリスは少し混乱しているようにも見えた。そしてトアの聞き取った言葉はそれで終わりかと思った。しかし違った。
「ホホ ツメタイ コレ 『クヤシサ』」
そう言ってトアは魂を抱きしめて頬ですりすりした。私はトアの頬が赤らんでいるのをしっかり確認した。顔こそ変わらなかったものの,どこかじんわりと心が温かくなるのを私は感じていた。アリスは微笑ましい顔をしている。場の少し淀んでいた空気が変わってしまった。
「お、おい!一体何なんだ!?しかもあんたさっきから俺が思ってる事ドンピシャで当てやがって!」
そりゃこの反応が自然であろう。しかしそれを説明する時間も惜しい気がした。
「なぁ、守れなかったってのは、何をだ?」
重くならない口調で聞いた。
「……少女を……さ。あの子は絵が好きでもともと明るい子だったんだよ。学校でいじめを受けるその時まではね。きっかけは俺も知らないんだ。ただ知ってるのは、彼女が……いじめっ子らに詰め寄られたり、絵をちょっとでも批判されたりすると、過去の抑圧されてどこかに保存されているトラウマが掘り起こされてパニックになってしまうことなんだ。さらに、自傷行為のことも、あまり変な触れ方をするとやはり過去の記憶やトラウマにつながってしまって、少女がおかしくなってしまう。だから俺が人格ごと交代することでそれを防いでいたんだ。で、自分ばっか責めるな、って。いやかもしれないけど誰かに相談できたら……ってずっと言ってたはずだった。……でも、それじゃ間に合わなかったんだよ……。」
気づけばアリスがぽろぽろと涙をこぼしている音が聞こえた。部屋が静かなせいで、どんな音でもすべて響く。トアは魂に触れながら話を聞いていた。
「……ありがとう。教えてくれて。おそらくこれ以上詮索させないように、君は出てきてくれたのだろう。1つ聞きたい。少女が……大切にしていたもの、……1つ教えてくれ。それとともに君らを引導する」
魂はふわふわと移動しだした。私はそれについて行った。トアも一緒に。アリスはぽろぽろ泣きながらではあったが、遺体に触れて、ポップティアーズを発動させていた。遺体の目元についていた乾ききった涙の跡をポップティアーズで包み、輝かせた。アリスなりの精一杯な弔いだったのだろう。そして魂は部屋に置いてあった木製の棚の前で止まった。
「……少女が……シキが……大切に……」
そこで音が止まってしまった。タイムリミットだった。私は棚の中を確認してみる。本が置いてあったり、描いた絵だろうか。いろんなキャラクターが書かれた紙がたまに転がっている。トアは身を乗り出してきた。
「タマシイサン ショウジョ シキ ヨンデタ コレ オナジモジ カイテアル」
トアが指さしたのはスケッチブックだった。「シキ」と名前が書いてある。スケッチブックには持ち運びのしやすい筒形のケースに入った色鉛筆も挟まっている。私はそれらに炎を灯した。青く揺らめいている。
「……いってらっしゃい……素敵な画家さん……。」
私の横でアリスがそう呟いた。そして魂とともに上へと青い軌道を作っていった。空は白かった。まるで無限のスケッチブックのように。




