Aランク魔物が村に来た。話し合いで解決したら村人が全員引いてた
騒ぎが起きたのは、昼過ぎのことだった。
俺が畑で大根の間引きをしていると、エルデ村の方から鐘の音が響いてきた。
一定間隔で打ち鳴らされる、緊急の鐘だ。
シルフィアが小屋から顔を出した。
「何?」
「村の警報です。魔物が来たときの音」
「魔物…」
「行ってみます」
鍬を置いて、村に向かって歩き出した。
後ろからシルフィアがついてくる音がした。
「あなたが行くの?」
「様子を見るだけです」
「魔物よ?」
「話してみれば、だいたいなんとかなります」
シルフィアが何か言いたそうにしていたが、結局ついてきた。
*
村の広場は、すでに大混乱だった。
村人が家の中に逃げ込んでいる。村長が老体に鞭打って指揮を取っている。
そして、広場の入口に——でかい影が立っていた。
グリフィンだった。
鷲の頭と翼、ライオンの胴体を持つ魔物で、体長は馬三頭分くらいある。
翼を広げれば家ごと吹き飛ばせそうな大きさだ。
グリフィンは広場に降り立ったまま、動いていなかった。
村人を追いかけるでもなく、暴れるでもなく、ただそこに立って、低く唸っている。
広場の反対側には、冒険者が四人固まっていた。武器を構えているが、足が震えている。
その横に、ギルドの制服を着た若い職員が立っていて、青い顔で何かを書き留めていた。
俺が近づくと、職員が振り返って叫んだ。
「逃げてください! Aランク魔物です! 一般人が近づける相手じゃ——」
「ちょっと待ってて」
「え」
俺はグリフィンの方へ歩き出した。
背後で複数の「ちょっと!」「待て!」「死ぬぞ!」という声が飛んだ。
シルフィアの「アルト、気をつけなさいよ!」という声も混じっていた。
グリフィンが俺に気づいた。
金色の目が、こちらを向く。
俺は立ち止まって、精霊語で——正確には、獣の言語に近い意志の伝達で——問いかけた。
「なぜここに来た?」
グリフィンが低く唸った。
怒りではない。何か、違う感情が混じっている。
『巣が……燃えた』
思ったより、静かな声だった。
「燃えた?」
『森の外れで火が出た。人間が起こした火だ。巣が焼けた。卵がある。でも戻れない。まだ煙が』
グリフィンの足元を見た。
爪に、煤が付いている。翼の端が、少し焦げている。
(子育て中か)
俺は振り返って、村長を探した。
老村長が、震えながらも広場の入口に立っていた。
「村長、最近この辺で火事はありましたか」
「は、はあ……三日前に、森の東外れで山火事が。消えたと思っておったが」
「そこにグリフィンの巣があったみたいです。卵が残ってるけど煙で戻れなくて、困ってここまで来たようです」
広場が、しんと静まり返った。
グリフィンは怒って来たのではなかった。
行き場を失って、困り果てて——たまたまここにたどり着いただけだった。
俺はグリフィンに向き直った。
「巣の場所を教えてください。煙を止めます」
グリフィンが一瞬、目を細めた。
『……人間が、助けてくれるのか』
「できる範囲で」
グリフィンがゆっくりと翼を動かした。
ついてこい、という意味だと受け取って、俺はついていった。
*
東の森外れには、焦げた木々と白い煙が残っていた。
巨大な樹の幹の空洞が、グリフィンの巣になっていたようだ。
中を覗くと、煤だらけになった大きな卵が二つ、草で作られた巣の中にあった。
まだ割れていない。無事だ。
俺は焼けた木々に手を当てた。
「煙を止めてもらえますか。あとは、できれば……また育ってもらえると助かります」
焦げた木々が、ゆっくりと答えた。
『……痛い。でも、まだ根は生きている』
「無理しなくていいです。ゆっくりで」
煙が、少しずつ薄くなり始めた。
地面の焦げた草が、端からわずかに緑を取り戻す。
完全に元通りとはいかないが、もう煙は出ない。
グリフィンが巣に戻っても、卵が燻ることはないはずだ。
グリフィンが低く唸った。
今度は最初とは全然違う、穏やかな響きだった。
『……ありがとう』
「お子さんが、元気に生まれるといいですね」
グリフィンがゆっくりと巣に降り、二つの卵を翼で包んだ。
大きな体が、小さな卵をそっと抱く様子は、なんというか——ただの親鳥だった。
俺は静かにその場を離れた。
*
村に戻ったら、全員が固まっていた。
冒険者四人が口を開けたまま動かない。
村長が目を白黒させている。
ギルドの職員が手に持っていたペンを落としていた。
シルフィアだけが、腕を組んで「やっぱりそうなった」という顔をしていた。
俺は村長に報告した。
「グリフィンは戻りました。東の森外れに巣があるので、しばらくはそこに近づかないほうがいいです。卵があるので」
「あ、ああ……」
「山火事の跡も、少し回復を手伝いました。また様子を見に行きます」
「そ、そうか……」
村長が椅子に座り込んだ。足に力が入らないらしい。
ギルドの職員が、ゆっくりと近づいてきた。
二十代前半くらいの、線の細い青年だ。
名前はヨシュと、後で聞いた。
「あの……少し、よろしいですか」
「どうぞ」
「グリフィンと……話していましたよね。確かに」
「ええ」
「スキルですか」
「万物の声、というスキルです。動植物と意思疎通ができます」
ヨシュが手元のメモを見た。
何かを書き足した。
書き足しながら、小さな声で言った。
「……あなた、今どのランク登録ですか」
「冒険者は辞めてます。農家なので」
「農家」
「農家です」
ヨシュがメモから目を上げた。
その顔には、困惑と、畏怖と、事務的な使命感が混在していた。
「……Sランク認定、しないといけないですね」
「しなくていいです」
「いや、これは規定でして……」
「農家なので」
「で、でも——」
「畑の大根が待ってるので、失礼します」
俺はその場を離れた。
後ろでヨシュが「農家……農家……」と虚ろな声で繰り返しているのが聞こえた。
シルフィアが並んで歩きながら、静かに言った。
「あなたって、本当に農家なのね」
「農家です」
「……うん」
シルフィアが少しだけ笑った。
小さな、くすりという笑いだったが、俺にはちゃんと見えた。
(笑えるんじゃないか)
そう思ったが、言わなかった。
大根が待っているので。




