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ハズレスキルと笑われた俺は、辺境でのんびり最強でした 〜「万物の声」持ちの追放者、精霊王の娘に懐かれながら無自覚無双中〜  作者: 杠(ゆずりは)


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3/13

木の上から何かが落ちてきた。銀髪で尖り耳で、めちゃくちゃ怒ってる

 何かが、落ちてきた。


 朝の水路点検をしていた俺は、頭上で枝が折れる音を聞いた。

 反射的に一歩前に出て、両手を広げた。


 どすん、と重い衝撃が腕の中に収まった。


 思ったより軽かった。

 でも思ったより柔らかかった。


 見下ろすと——人間だった。


 正確には、人間に近い何かだった。

 銀色の髪。日の光に透けるような白い肌。

 そして、耳が。


 尖っている。


(エルフ? いや、違う。精霊族か)


 俺のスキルがざわめいた。

 この子から、森の精霊たちと似た気配がする。


 抱えた相手は目を閉じて気絶していた。

 額に小さな切り傷がある。落ちる途中で枝に当たったのだろう。

 あと、ものすごく怒った顔をしたまま気絶していた。


 眉間に皺が寄っている。口元がへの字に結ばれている。

 怒りながら落ちたらしい。


(まあ、とりあえず)


 俺は気絶した銀髪の誰かを、小屋に運んだ。



   *



 目が覚めたとき、最初に見えたのが俺の顔だったのが、よくなかったのかもしれない。


「っ——!」


 銀髪の少女は跳ね起きて、壁際まで後退した。

 琥珀色の目を大きく見開いて、俺を睨んでいる。


「落ち着いて。怪我の手当てをしただけです」


「……手当て?」


 少女が自分の額に触れた。薬草を当てて布で巻いてある。


「なぜ」


「落ちてきたので。拾いました」


「……拾った」


 少女が微妙な顔をした。

 プライドが傷ついた顔、というやつだ。


(言い方が悪かったかな)


「助けた、の間違いです。失礼しました」


「……」


 少女はしばらく俺を眺めた。観察している、という感じだ。

 じっと見てから、おもむろに言った。


「あなた、人間ね」


「そうです」


「なのに、精霊の気配がする」


「スキルです。万物の声、といって——」


「ちょっと待って」


 少女が手を上げて俺を遮った。

 立ち上がり、小屋の外に出て、何かに向かって耳をそばだてた。


 しばらくして、真っ青な顔で戻ってきた。


「森の精霊が……あなたのことを友達だと言ってる」


「仲よくしてもらってます」


「人間と精霊が友達になるなんて……何百年も聞いたことがない」


 少女がふらりとよろめいた。

 頭を打ったせいかもしれない。俺は慌てて肩を支えた。


「座ってください。まだ安静にしていたほうがいい」


「……あなた、名前は」


「アルトです。農家です」


「農家」


「農家です」


 少女が何か言いたそうな顔をしたが、黙った。

 俺に促されて、再び寝床に座った。


「私はシルフィア。シルフィア・エル・ヴェルドリン」


 名乗った後、少し間があった。


「……ヴェルドリン、というのは」


「精霊王家の名前よ」


 精霊王家。


 つまり、落ちてきたのは精霊界の王女だった。


   *


 話を聞いた。


 要約すると——精霊王ヴェルドが、シルフィアに婚約者を押しつけようとしている。相手は精霊界の高位貴族の息子で、シルフィアとは折り合いが悪い。

 婚約の話し合いが今日の午前中に予定されていたので、それから逃げるために人間界に飛んできた。

 着地に失敗して、大木から転落した。


 以上だった。


「それで、木の上に?」


「人間界を上から偵察しようと思って。思ったより高かった」


「なるほど」


「笑わないでよ」


「笑いませんよ。大変でしたね」


 シルフィアが少し意外そうな顔をした。

 俺はそれより、鍋の火加減が気になっていた。


 朝から煮込んでいたシチューが、そろそろいい頃合いだ。


「お腹、空いてますか」


「……え?」


「朝から何も食べてないでしょう。逃げてきたんなら」


 シルフィアが何も言わなかった。

 それが肯定だと受け取って、俺は椀を二つ出した。


 シチューは野草と根菜の入ったやつだ。

 昨日、エルデ村の村長が塩と干し肉の塊を持ってきてくれたので、今朝からそれを加えて煮ていた。

 出汁が出て、深みのある味になっているはずだ。


 椀に盛ってシルフィアの前に置くと、彼女はしばらく湯気を眺めていた。


「……精霊界では、人間の料理を食べたことがない」


「口に合わなかったら残していいです」


 シルフィアが一口、すくって飲んだ。


 止まった。


 もう一口飲んだ。


 それから無言で、ゆっくりと、でも確実に食べ進めた。

 椀が空になったとき、シルフィアは少しだけ目を伏せた。


「……おかわり、ある?」


「あります」


 俺は黙って椀に盛った。

 シルフィアは今度はもう少し速いペースで食べた。


(よかった、気に入ってもらえたみたいだ)


 などと思っていたら、シルフィアが突然、椀を持ったまま俺を真っ直ぐ見た。


「なんで聞かないの」


「何をですか」


「精霊王の娘がなんでここにいるのか、とか。精霊界に帰れ、とか。利用できないか、とか」


 俺は少し考えた。


「怪我した人をまず食べさせるのは当然じゃないですか。事情はそのあとでも聞けます。それに、帰りたくないから逃げてきたんでしょう。そこに帰れとは言いにくい」


「……利用しようとは思わないの」


「精霊王の娘を利用してどうするんですか。俺、農家ですよ」


 シルフィアがまた、微妙な顔をした。

 今度は、怒っているのとは少し違う顔だった。


 なんだろう、と思っていたら、シルフィアが椀をそっと膝に置いて言った。


「精霊界には、今日は帰りたくない」


「そうですか」


「明日になれば、婚約の話し合いは流れる。父も諦めるはず。だから今夜だけ……」


 シルフィアが少しだけためらってから、続けた。


「今夜だけ、泊めてもらえますか……?」


 琥珀色の目が、まっすぐこちらを見ている。

 気位が高そうなのに、耳の先がほんのりと赤い。


 俺は小屋を見回した。

 部屋はひとつ。寝床はひとつ。


「俺は外で寝ます。寝床、使ってください」


「外で!?」


「焚き火があれば平気です。夜は土が見張りをしてくれるので」


「土が見張り……」


 シルフィアが何か言いかけて、黙った。

 ため息をついて、それから小さく「ありがとう」と言った。


 聞こえるか聞こえないかくらいの声だったが、俺にはちゃんと届いた。



   *



 夜、焚き火のそばで空を見上げていると、小屋の中からシルフィアの声がした。


「アルト」


「はい」


「精霊界では、万物の声を持つ人間のことを、古い言葉で『語り部』と呼ぶの。知ってた?」


「知らなかったです」


「数百年に一人、現れるかどうかという。伝説みたいなものだと思ってた」


 焚き火がはぜた。


「明日、帰るべき?」とまた声がした。


「帰るかどうかはシルフィアさんが決めることです」


 しばらく間があった。


「……シルフィアでいい。さん、はいらない」


「わかりました、シルフィア」


 それきり、声はしなくなった。


 俺は星を眺めながら、木の囁きに耳を傾けた。

 大木が、おかしそうに揺れていた。


『落としてすまなかった。だが、悪くない縁になりそうだな』


 俺は何も言わなかった。

 でも、まあ——そうかもしれない、とは思った。

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