森の声が聞こえる。どうやら俺は辺境最強の農家になれるらしい
翌朝、起き抜けに土と話した。
「ここ、何か植えるとしたら何がいいですかね」
小屋の前にしゃがみ込んで、地面に手のひらをあてる。
すると、ゆっくりとした、どこか眠たげな声が返ってきた。
『……まず、南の端から耕してくれ。腐葉土が一番厚いのはあそこだ。日当たりもいい』
「南ですね。了解です」
『根菜が向いておる。芋系がいい。それと、あそこの岩の下に湧水がある。水には困らんよ』
なんと親切な土だろう。
俺は指示通りに南へ歩き、言われた場所に膝をついた。
手で土を持ち上げると、しっとりと重く、色が深い。
前世の記憶でいえば「こんな土、ホームセンターで買っても手に入らないレベル」だ。
鍬がない。
そう気づいて周りを見渡すと、近くに転がっていた石がおもむろに声をかけてきた。
『わしを割ってくれ。断面が刃になる。石斧くらいにはなれる』
「え、いいんですか」
『構わん。ずっとここに転がってるだけだったからな。役に立ちたい』
石の言う通りに別の岩で叩き割ると、ガラス質の鋭い断面が現れた。
木の枝に縛り付ければ、立派な石斧の出来上がりだ。
縛り紐は「蔓で縛ればいい、あそこのが丈夫だ」と草が教えてくれた。
一時間後、俺は石斧を手に土を耕し始めた。
土が「もう少し右」「そこは深く掘って」と細かくアドバイスをくれる。
それに従って進めると、みるみる畑らしい形が整っていく。
(これ、農業というより土木工事だな……)
でも楽しかった。
汗をかきながら土を掘り返し、石を退かし、根を切る。
体を動かすのは嫌いじゃない。無心になれる。
前世でデスクワークばかりしていた記憶があるから、余計に気持ちいい。
昼前に、岩の下から湧水を見つけた。
細い流れだが、水は澄んでいて、触れると冷たい。
「ここから引けますか」
『引いてくれたら嬉しい。ずっと岩の下に押し込められてて、窮屈だったんだよな』
俺は土に溝の掘り方を教わりながら、簡単な水路を作った。
溝の形は「こう曲げると水が溢れない」と水自身がアドバイスをくれる。
なんという協調作業だろう。
夕方、小屋に戻ったとき、俺は疲れ果てていたが、心は妙に満たされていた。
*
三日後、村の子どもが来た。
俺が水路の補強をしていると、茂みがガサガサと揺れて、七歳くらいの女の子が顔を出した。
赤茶色の髪に、泥だらけのエプロン。目が大きくて、まん丸だ。
俺を見るなり、固まった。
俺も固まった。
お互いに一秒、見つめ合って——女の子が猛ダッシュで逃げた。
「あ」
追うと余計に怖がらせる。俺は手を振るだけにしておいた。
翌日、今度は子どもが三人になって戻ってきた。茂みの陰から、こっそりとこちらを覗いている。
俺は気づかないふりをして、昼ごはんの準備を始めた。
今日のメニューは野草のスープだ。近くに生えていた草に「食べられますか」と聞いたら、「食べられる、少し苦いが体にいい」と教えてくれた。
鍋に湧水を張り、野草を刻んで入れ、干し肉の残りをほぐして加える。
塩は昨日、岩塩の在処を石に教えてもらって確保した。
いい匂いが漂い始めると、茂みがより激しく揺れた。
(食いしん坊め)
俺はわざとらしく独り言を言った。
「うーん、多く作りすぎたな。一人じゃ食べきれないや」
茂みが、ぴたっと止まった。
「もったいないなあ。捨てるのも悪いし……」
三人が茂みからじわじわと出てきた。
一番背の高い男の子が代表して、おずおずと言った。
「……あの、もらってもいいですか」
「どうぞ。お椀はあるかい? なければこれ使って」
その場にあった木の椀を差し出すと、三人は顔を見合わせてから受け取った。
スープを注いでやると、おそるおそる一口飲んで——目が丸くなった。
「おいしい!」
三人が声をそろえて言った。
子どもの感想は正直で、気持ちがいい。
「それを言いに来てくれたのか?」
ニヤつきながら言うと、子どもたちはわっと笑って、一気に距離が縮まった。
赤茶色の髪の女の子がルナ。背の高い男の子がコル。末っ子らしい小さな男の子がペペ、というらしい。
「お兄さん、何してるの。ここ、モンスターが出るんだよ」
「農業しようと思って。あと、ここに住んでる」
「えっ」
三人が固まった。
*
翌日、子どもたちの親がやってきた。
正確には、親に連れてこられた、という表情の子どもたちと、その後ろに腕を組んで仁王立ちしている大人が五人。
さらにその後ろに、恐る恐るついてきた村人が十人ほど。
先頭に立った太った男が、眉をつり上げた。
「お前が子どもたちに食いものを与えたやつか」
「そうですが」
「この森に一人で住んでるって本当か」
「本当です」
「なんで魔物と話してるんだ。昨日、ルナが見たと言ってた。お前、魔物使いか何かか」
男の後ろで、ルナが「みてたのばれた……」という顔をしている。
俺は少し考えた。
説明しても信じてもらえるかわからない。でも嘘をつく必要もない。
「スキルです。『万物の声』といって、動植物や鉱石と話せます。魔物とも話せますが、使役はできません」
しばらく沈黙があった。
男が「村長を呼べ」と後ろに言った。
*
村長は七十近い老人で、腰が曲がっていたが目が鋭かった。
俺の話を一通り聞いて、畑を見て回って、水路を確認して——最後に、スープを一口飲んだ。
それで全部終わりだった。
「あんた、しばらくここにいるつもりかね」
「できれば長く」
「困ったことがあれば村に来なさい。うちの連中も、たまにお邪魔するかもしれん。嫌ならそう言ってくれ」
「嫌じゃないです。スープ、また作ります」
村長が笑った。
皺だらけの、いい笑顔だった。
*
夕暮れ時、子どもたちが帰り際に手を振った。
コルが「また来てもいい?」と聞いた。ルナが「明日来る」と宣言した。ペペが無言でしがみついてきて、引き剥がすのに少し苦労した。
三人を見送って、俺は小屋の前に腰を下ろした。
西の空が赤く染まっている。
鳥が鳴いている。
土が、今日一日の感想をこっそり呟いた。
『根が張ってきたぞ。今植えたものは、三週間で芽が出る』
「楽しみです」
『来年は、もっと広く耕すといい。この森はまだまだ豊かだ』
「ありがとう」
俺は目を閉じて、夕風に当たった。
追放されて五日。
家が建って、畑ができて、村人と話した。
悪くない滑り出しだ。
(あとは——)
眠くなってきた。
今日は疲れた。よく動いた。それでいい。
小屋に入って、積み上げた枯れ草の寝床に転がる。
天井の木が、穏やかに囁いた。
『よく働いた。おやすみ』
「おやすみなさい」
俺はすぐに眠りに落ちた。
——翌朝、ルナが約束通り来た。
コルもペペもいた。それと、村の別の子どもが四人増えていた。
子どもたちが口々に言った。
「お兄さん、また来てもいいですか?」
俺は少しだけ笑った。
「どうぞ」




