「役立たずを追放します。さようなら」と言われたので、森に引っ越しました
「アルト。お前をパーティーから追放する」
ダンジョンの五十層、石造りの広間のど真ん中で、エリクはそう言った。
たいまつの炎が揺れている。遠くで魔物の唸り声がしている。
俺の仲間だったはずの四人が、それぞれ気まずそうに視線を逸らしている。
——さて。
俺こと、アルト・ウィンダムは内心でため息をついた。
ため息というより、長年溜まっていた空気が、ようやく抜けていく感覚だった。
(やっと言ってくれたか)
正直、驚いてはいない。
むしろ「遅かったな」と思っている。
前世——日本で本田アキラとして生きていた記憶を持つ俺は、この世界に転生して六年になる。
五人パーティーを組んでダンジョンを攻略し始めたのが一年前。最初から、なんとなく予感はあった。
俺のスキルが、あまりに「地味」すぎたから。
「万物の声」。
それが、神様から与えられた俺のたったひとつのスキルだ。
動植物、鉱石、精霊——世界のあらゆる「もの」と意思疎通ができる能力。
聞こえるのだ。草の囁きが。岩の思念が。風の中を漂う何かの意志が。
この世界は、思った以上にたくさんの「声」で満ちている。
でも、エリクたちにとってはそんな話、どうでもいい。
「お前のスキルじゃ前衛も後衛も張れない。回復魔法も使えない。戦力外だ。ここ最近ずっと、お前の分の荷物を俺たちで持ってたんだぞ」
「うん、それは申し訳なかった」
「謝ればいいと思ってんのか!」
エリクが声を荒げた。
金髪に青い目の、絵に描いたような勇者顔だ。
怒ると眉間に深い皺が寄る。
俺は別に怒っていない。
謝ったのも本心だ。荷物を余分に持たせたのは事実だし、それは悪かったと思っている。
「今まで稼いだ報酬の配分も、これ以上払うつもりはない。五十層まで送ってきてもらったんだから、それで貸し借りなしだ」
「わかった」
「……本当にそれだけか?」
「他に言うことある?」
エリクは少し面食らったような顔をした。
怒鳴り返してくるか、泣いて謝るかを期待していたのかもしれない。
でも俺は本当に、それだけだった。
(むしろ清々した、とは言わないでおこう。さすがに感じ悪い)
仲間たちが互いに顔を見合わせる中、俺は静かに荷物をまとめた。
着替えが二枚、干し肉が少し、革の水筒、そして小さなナイフ。
財布の中身は銅貨が七枚。
実に清貧な旅立ちだった。
「達者でな」
そう言い残して、俺はダンジョンの出口へ向かった。
背後でエリクが「なんだあいつ……」と呟く声が聞こえたが、振り返らなかった。
*
地上に出ると、秋の空気が肺に満ちた。
近くの街まで歩いて半日。ギルドで登録を抹消して、宿に一泊して——さて、これからどうするか。
俺はベッドに大の字になって、天井を眺めた。
(行くとしたら、辺境だな)
選択肢はシンプルだ。
街でひとりで冒険者を続けることもできる。でも、俺のスキルで稼げるクエストは限られている。
魔物の言葉を通訳する仕事はあるが、需要は多くない。
それより——俺には、ずっとやりたいことがあった。
農業だ。
前世で憧れていた。田畑を耕して、作物を育てて、穏やかに生きる暮らし。
転生してこの世界に来て、スキルの性質を理解したとき「ああ、これは農業向きだな」と思ったのが正直なところだ。
土が話しかけてくる。植物が「こっちに根を張りたい」と教えてくれる。
農業チートじゃないか、と一人で興奮していたのを覚えている。
なのにエリクに誘われて、流れでダンジョンに潜っていた一年間。
(まあ、いい経験だった。ダンジョンの中で石に話しかけて鉱脈を見つけたり、魔物と交渉したりと、それなりに楽しかったし)
俺は翌朝、東の辺境を目指して歩き始めた。
*
三日かけてたどり着いたのは、「エルデの森」と呼ばれる場所の外れだった。
地図によれば、森の西側に小さな村がある。東側は人が住まない深森で、強い魔物が出るため冒険者も近づかないと書いてあった。
俺は東側に向かった。
「いい土だ」
踏み入った瞬間、地面が呟いた——正確には、俺が土の声を聴いた。
腐葉土が厚く積もった豊かな大地。長い年月をかけて育まれた、生命力に満ちた土。
前世の知識で言えば、野菜でも果物でも育つ最高品質の農業適地だ。
(ここだ)
探していた場所が、最初の三日で見つかった。
森の奥に入り込むと、やがて小さな空き地が現れた。
かつて誰かが住んでいたのだろうか——崩れかけた石組みの跡がある。壁と呼べるものはもうないが、礎石はしっかり残っていた。
「ここ、使わせてもらえますか」
礎石に話しかけると、石は穏やかに答えた。
『かまわんよ。長いこと誰も来なかった。踏まれるのも悪くない』
ありがたい話だ。
俺は周囲を見回した。
材木になりそうな倒木がいくつかある。建材になれる石もある。
問題は、俺一人では家を建てる腕がないことだ。
前世で読んだセルフビルドの本の知識はある。でも実際に丸太を組んだことはない。
どうしたものか——と考えていたとき、倒木のひとつが声を発した。
『わしを使ってくれ。長く地面に転がっていて、退屈しておった』
「え」
『建て方は知っておるぞ。この土地に家を建てた先人たちを見てきたからな。案内してやろう』
俺は目をしばたたかせた。
木が、自分で動き始めた。
倒木がごろりと転がり、礎石の上に収まる。次の木が運ばれてくる。石が重なっていく。
まるで見えない手が組み立てているように、材料が次々と所定の位置につく。
俺は棒立ちになって、それを眺めた。
(……俺のスキル、思ったより凄いかもしれない)
気づいてなかったのか、と思うかもしれない。
でも「万物の声」は「話す」スキルだ。動かすスキルではない。
ただ、話しかけた相手が「自分で動いてくれる」かどうかは、また別の話だった。
日が傾くころ、ログハウスと呼べる代物が、森の空き地に完成していた。
粗削りだが、雨風は凌げる。隙間を苔が「埋めましょうか」と申し出て、丁寧に詰めてくれた。
扉代わりの木の板を最後に取り付けて、俺は完成した小屋を眺めた。
「ありがとう。みんな」
木々が、葉をそっと揺らした。
その夜、焚き火の前で干し肉を噛みながら、俺は空を見上げた。
星が多い。都市の明かりがない分、びっくりするほどよく見える。
どこかで梟が鳴いている。
(悪くない)
追放されて三日。
財布には銅貨が五枚になった。
でも、家は建った。
明日から畑を耕そう。土に何を植えたいか聞いてみよう。近くに水源がないか、川か湧水に話しかけてみよう。
やることは山ほどある。
「……木が、喋った」
ぽつりと言葉が漏れた。
改めて振り返ると、今日起きたことが現実とは思えない。
でも現実なのだ。
この世界の「もの」たちは、みんな生きていて、話しかければ応えてくれる。
(俺のスキルは「ハズレ」じゃなかったのかもしれない)
たき火が弾けた。
森が、静かに息をしていた。
こうして、俺の辺境スローライフが始まった。
——と同時に、俺はまだ知らない。
三日後の朝、この小屋の前にある生き物が落ちてくることを。
銀髪で、尖り耳で、めちゃくちゃ怒っている誰かが。




