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ハズレスキルと笑われた俺は、辺境でのんびり最強でした 〜「万物の声」持ちの追放者、精霊王の娘に懐かれながら無自覚無双中〜  作者: 杠(ゆずりは)


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12/13

王国が謝罪に来た。エリクが立派になっていた。俺は畑の収穫で忙しい

朝から大根の収穫をしていた。


 土が「今日がちょうどいい」と言っていたので、朝飯を食べ終わってすぐに畑に出た。

 大根は引き抜くときの感触が好きだ。土がぎゅっと引き止めようとする抵抗を感じながら、すぽんと抜けたときの気持ちよさは、何回やっても飽きない。


 シルフィアが、籠を持って隣で手伝ってくれていた。

 昨日の話の後、シルフィアは少し照れを引きずっているのか、ときどき俺に話しかけようとして止まり、また何か言おうとして黙る、という動作を繰り返していた。

 俺はそれを見ないふりをしながら、内心ではなかなか楽しんでいた。


「シルフィア、そっちの列も頼めますか」


「……わかった」


「ありがとうございます」


「礼はいい」


 でも籠を置いて、迷いなく取りかかってくれる。

 シルフィアは口では「礼はいい」と言うくせに、頼んだことは必ずやってくれる人だった。


 そういうところが好きだ、と思った。

 昨日も言ったことだが、何度思っても本当のことだった。


 畑仕事を続けていると、木が声をかけてきた。


『アルト。馬車が来ておる。今度は随分、大きな列じゃ』


「大きな列?」


『馬が十頭以上。護衛の騎士もおる。旗を立てておるが——あれは王国の紋章じゃないか』


 俺は手を止めた。


 王国の紋章。


(王様が来るのか)


 シルフィアが俺の顔を見た。


「何か来た?」


「王国の馬車が来るらしいです。大きな列で」


 シルフィアが大根を籠に放り込んで、立ち上がった。


「……マルクス侯爵の件で、王国が直接動いてきたのね」


「そうみたいです」


「行かなくていいの? 迎えに」


「収穫の途中なので。村長が対応してくれます」


 シルフィアが俺を見て、呆れた顔をした。それから「まあ、あなたらしいわ」と言って、また大根を引き始めた。



   *



 村長から呼ばれたのは、それから一時間ほど後だった。


 エルデ村の広場に、豪奢な馬車が三台並んでいた。護衛の騎士が十二人、整列している。

 その前に、一人の男が立っていた。


 五十代半ばの、落ち着いた顔つきの男だった。

 金糸の刺繍が入ったマントを纏い、頭には王冠を載せている。


 王様だ、と思った。


 俺は泥のついた手を布で拭いながら広場に入った。

 シルフィアが斜め後ろについてきている。


 国王は俺を見て、少し目を細めた。

 それから、護衛や家臣が止める間もなく、ゆっくりと頭を下げた。


「アルト殿。此度の件、王国を代表して詫びる」


 広場がどよめいた。護衛の騎士たちが「陛下!」と声を上げたが、国王は頭を上げるまで動かなかった。


「マルクス侯爵が、精霊界に対して許しがたい行いをしていたことは、今となっては疑いようがない。また、侯爵の意向を受けた者たちが、王命を騙ってそなたを脅したことも、我が国の恥だ。誠に申し訳なかった」


「顔を上げてください。俺は農家なので、国王陛下に頭を下げられると落ち着かないです」


 国王が顔を上げた。

 少し驚いた顔をしていたが、すぐに表情を和らげた。


「率直な物言いをする人だな。エリクから聞いてはいたが」


「エリクが?」


「うむ。王都に戻ってきた彼は、我に直談判しに来た。謁見の申し出を無視して、執務室に直接入ってきてな」


 俺は思わず「それはすごい」と言った。以前のエリクなら正面の扉から堂々と来るが、無視してまで押し入るような行動力はなかった。


 そのとき、馬車の後方から見慣れた顔が現れた。


 エリクだった。

 シーナ、カイン、バルドも一緒だ。


 エリクは俺の顔を見て、少し眉を下げた。苦笑いのような、でも何か吹っ切れたような顔だった。


「来たぞ、アルト」


「来てくれたんですか」


「当たり前だ。俺たちの話でもある」


 エリクが国王の隣に進み出て、改めて俺を見た。


「アルト。俺は王都で、お前のことを話した。追放したこと、スキルを馬鹿にしたこと、報酬を払わなかったこと——全部、国王陛下の前で話した」


「……全部?」


「全部だ。隠しても仕方ないし、隠したくなかった」


 エリクが、真剣な目をしていた。

 以前の、どこか軽くて自信家だったエリクとは、確かに違う目だった。


「お前がいなければ、今の俺たちはなかった。それだけは、ちゃんとした場所で言いたかった」


 広場が、しんと静まり返った。


 村人たちが、遠巻きに見守っている。ルナが俺の方を見て、ぎゅっと拳を握っていた。ドーフが腕を組んで、黙って頷いた。ガデルが、少し目を細めた。


 俺はエリクを見た。


「……ありがとう。言ってくれて」


「礼はお前じゃなくていい。俺がやりたくてやったことだ」


 シルフィアが、腕を組んで前を向いたまま、ぼそりと言った。


「……成長したじゃない」


 エリクが「そちらのお嬢さんは」と俺に聞いてきた。

 俺が「シルフィアです」と答えると、エリクが「ああ、あの銀髪の!」と言って、バルドが「俺のアルトとの関係の予想、合ってたな」とこそこそ言っていた。何の予想かは聞かなかった。



   *



 国王から、褒賞の提案があった。


 騎士団への招聘。王国貴族への取り立て。金貨百枚の報酬。王都の屋敷の提供。

 どれか一つでも、受け取ってほしいという話だった。


 俺は少し考えて、答えた。


「ありがとうございます。でも、全部いりません」


 家臣の一人が「全部!?」と声を上げた。

 国王は驚いた顔をしたが、静かに「理由を聞かせてもらえるか」と言った。


「俺は農家なので、騎士団には入れません。貴族になっても畑仕事が増えるだけですし、金貨百枚は使い道がなくて困ります。屋敷に住んだら、土が寂しがります」


「土が、寂しがる」


「土が話してくれるんです。植物もですが。ここの土は特に、声が豊かで。離れたくないんですよ」


 国王が、しばらく俺を見た。

 それから、静かに笑った。


「……そうか。わかった」


「ただ、一つだけお願いがあります」


「なんでも言え」


「エルデ村を、王国の保護下に置いてほしいです。今はただの辺境の村なので、いつ誰かに不当な扱いをされるかわからない。村人たちを守れる立場にしてほしい」


 国王が、今度は目を細めた。

 ゆっくりと、深く頷いた。


「それは、容易に応じよう。この村は今日から、王国の保護地として登録する。誰も不当に手出しはできない」


「ありがとうございます。それで十分です」


 家臣たちが「騎士団への招聘より村の保護を選ぶのか」という顔をしていたが、俺にはこれが一番大事だった。


 シルフィアが、俺の横でこっそりと息を吐いた。安堵のため息だった。



   *



 国王の一行が村を出た後、村に残ったのはエリクたちだった。


 四人は「せっかく来たんだから一泊する」と言って、村長に頼んで離れを借りた。

 ガデルが「宴会をやろう」と言い出し、ドーフが「俺が肉を調達してくる」と言い、リリアが「飲み物の在庫確認します」と帳簿を持ち出した。


 気づいたら村全体が宴会の準備を始めていた。


 俺はその中心で、鍋を三つ同時に回していた。


「アルト! こっちの鍋も頼む!」


「はいはい」


「シルフィアおねえさん、そっちかき混ぜて!」


「わかった、焦がさないようにね」


 ルナが走り回って、コルが薪を運んで、ペペが誰かの足元にまとわりついて転ばせていた。

 ノアとメレが笑いながら食器を並べている。


 エリクが俺の隣に来て、鍋の中をのぞいた。


「お前が料理してるの、初めて見るな」


「ダンジョンではやらなかったですから」


「今の方が、顔がいいな」


「え」


「いい顔してる、という意味だ」とエリクが言った。「パーティーにいたころのお前は、いつも少し遠い目をしてたから」


 俺は鍋をかき混ぜながら、少し考えた。


「そうだったかもしれないですね。ここに来てから、毎日近い目をしてる気がします」


「近い目」


「目の前のことが面白いので」


 エリクが笑った。

 声を出して、ちゃんと笑った。


「そうか。なら、ここが正しい場所だったんだな、お前には」


「そう思います」


「……よかった」とエリクが言った。声が、少し低くなった。「本当に、よかった」


 俺は何も言わなかった。

 言わなくてもわかる話は、言わなくていい。



   *



 夜の宴会は、遅くまで続いた。


 焚き火を囲んで、みんなで飯を食って、酒を飲んで、笑った。

 エリクが武勇伝を語り、バルドが「半分嘘だ」と言い、シーナが「全部本当よ」と庇い、カインが「四分の三くらいは盛ってる」と修正した。

 ガデルが昔の冒険話をして、ドーフが武器の話をして、リリアが「記録に残しますね」と筆を走らせていた。

 ルナたちはとっくに寝ていた。ペペがガデルの膝の上で丸くなっていた。


 シルフィアが俺の隣に座って、焚き火を眺めていた。


「……賑やかね」


「いいでしょう」


「うん」とシルフィアが言った。素直な返事だった。「いい」


 俺は空を見上げた。

 星が、いつもより多い気がした。雲がないせいかもしれない。


「シルフィア」


「何」


「あの話の続き、いつでも聞きますよ」


 シルフィアが、少しの間黙った。


 焚き火が、ぱちりと音を立てた。


「……もう少し待って」


「わかりました」


「急かさないでよ」


「急かしてないです」


「急かしてるように感じるのよ、こっちは」


「それはすみません」


 シルフィアが、ふんと鼻を鳴らして、焚き火に目を戻した。


 でも、肩がほんの少し、俺の方に寄った気がした。

 気のせいかもしれない。でも、気のせいじゃない気もした。


 土が、満足そうに囁いた。


『今年の収穫は、例年の三倍以上じゃな』


「ありがとうございます。みんなのおかげです」


『来年はもっと育ててやるぞ』


「頼みます」


 焚き火の煙が、夜空に向かって真っ直ぐ上がっていった。

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