表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキルと笑われた俺は、辺境でのんびり最強でした 〜「万物の声」持ちの追放者、精霊王の娘に懐かれながら無自覚無双中〜  作者: 杠(ゆずりは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/13

秋になった。畑が実った。そして…

 秋が来た。


 森の葉が赤と橙に染まり、畑の作物が頭を垂れて、朝晩の空気が冷たく澄んでいく。

 俺がこの森に来てから、最初の秋だった。


 土が言っていた通り、今年の収穫は豊かだった。

 大根、芋、麦、豆、南瓜、人参——すべてが例年の倍以上、育った。

 土は「精霊の加護と、あんたの手入れのおかげじゃ」と言っていたが、俺はただ土と水と植物の言う通りにしていただけで、大したことはしていない。


 エルデ村では収穫祭をやることになった。


 最初は村長と数人で小さくやるつもりだったらしいが、ガデルが「どうせなら盛大にやろう」と言い出し、ドーフが「食器は俺が作る」と言い、リリアが「告知の文書を周辺の村にも送りましょう」と動き出した。


 気づいたら、近隣から百人近い人が集まることになっていた。



   *



 収穫祭の前日、俺は朝から仕込みをしていた。


 大鍋を三つ並べて、スープと煮込みと蒸し料理をそれぞれ担当する。

 シルフィアが隣で野菜を黙々と切っている。ここ最近、シルフィアの包丁さばきは目を見張るほど上手くなっていた。精霊界にいたころは料理などしたことがなかったと言っていたが、毎日やれば当然上達する。


「シルフィア、その人参、もう少し薄く切ってもらえますか」


「このくらいじゃだめ?」


「煮込みに入れるので、もう少し薄い方が味が染みます」


「……こう?」


「ちょうどいいです」


 シルフィアが「ふん」と言って、切り方を変えた。

 ちょっとだけ得意そうな顔をしていたが、見て見ぬふりをした。


 ルナが小屋に飛び込んできて「アルトおにいさん、飾り付けどこに貼ればいい!?」と叫んだ。

 コルが「走るな、ルナ」と言いながら後ろからついてきた。ペペはコルの背中にしがみついていて、その重さでコルがよろめいていた。


「広場の入口と、村長の家の前に貼ってください」とルナに答えると、ルナは「わかった!」と言ってまた走って出ていった。


「走るなって言ったのに」とコルが諦めた顔で後を追った。


 シルフィアがそれを見て、くすっと笑った。


「あの子たち、本当に元気ね」


「ルナは最初、茂みの陰から覗いてたんですよ」


「嘘、あんなに積極的なのに?」


「今でも茂みから覗くことはありますけど、以前より直接的になりました」


「成長ね」


「そうですね」


 シルフィアが人参を切りながら、少し遠い目をした。


「……私が精霊界にいたころは、こういうの、なかったわ」


「こういうの?」


「普通に、誰かの隣で料理して、子どもが走り回って、焚き火の匂いがして——そういう、何でもない時間」


「精霊界では?」


「儀式があって、会食があって、作法があって。誰かと並んで鍋をかき混ぜることはなかった」とシルフィアが言った。包丁の手を止めないまま、静かに続けた。「窮屈だとは思ってたけど、こういうものだと思ってた。ここに来るまでは」


 俺はスープをかき混ぜながら、シルフィアの横顔を見た。


「ここに来てよかったですか」


 シルフィアが、少し間を置いた。


「……うん」


 短い返事だったが、迷いがなかった。



   *



 収穫祭は、昼過ぎから始まった。


 広場に長机が並び、料理が並び、樽の酒が開いた。

 近隣の村から来た人たちが、エルデ村の豊かさに目を丸くしていた。


「この村、去年まで辺境の小さな集落じゃなかったでしたっけ」


「そうですよ。あそこに住んでる農家さんが来てから変わったんです」


「あの人が……って、普通の格好してますね」


「普通ですよ。でも土と話せるらしくて」


「土と?」


 そんな会話があちこちで聞こえてきた。


 俺は配膳を手伝いながら、その声を半分聞き流していた。

 料理が減ったら補充して、椀が空になった人に注いで、子どもが転んだら起こしてやって——そういうことを繰り返しているうちに、気づいたら日が傾いていた。


 ヨシュが来ていた。


 ギルドの制服ではなく、私服だった。少し緊張した顔で、料理を皿に取りながら俺の横に来た。


「アルトさん、お久しぶりです」


「ヨシュさん、来てたんですか」


「ええ……その、報告書を書いたことで余計なことになってしまって、お詫びに来ようと思ったんですが、なんか気づいたら収穫祭になってて」


「気にしてないですよ。おかげで村が賑やかになりましたし」


「本当ですか」とヨシュが安堵した顔をした。「よかった。あと、その——Sランクの認定申請書、もう一度持ってきたんですが」


「いりません」


「農家、でしたね」


「農家です」


 ヨシュがため息をついて、書類をしまった。それでも表情は穏やかで、悪い気はしていないらしかった。


 日が沈む頃、広場に焚き火が焚かれた。

 誰かが楽器を取り出して、適当な曲を弾き始めた。

 それに合わせて、何人かが踊り出した。ルナが知らないお兄さんに「一緒に踊ろう!」と突撃していた。


 俺は広場の端の丸太に腰を下ろして、その光景を眺めていた。


 しばらくして、シルフィアが隣に座った。


 二人で並んで、焚き火と踊る人々を見ていた。

 楽器の音が、夜の空気に広がっていく。


 シルフィアが、静かに口を開いた。


「アルト」


「はい」


「……聞いてもいい?」


「どうぞ」


 シルフィアが、膝の上で手を組んだ。

 少し間を置いてから、真っ直ぐ前を向いたまま言った。


「私、精霊界に帰る気になれないんだけど——ここにいていい?」


 焚き火が、ぱちりと音を立てた。

 楽器の音が続いている。


 俺は少し考えてから、答えた。


「最初からそのつもりで部屋を作ってますけど」


 シルフィアが、ぴたっと止まった。


「……いつから」


「一週間経っても出ていく気配がゼロだったので。あのあたりから」


「あのあたりって——それ、来て最初の一週間じゃない!」


「そうですね」


「早い!!」とシルフィアが声を上げた。「決断が早すぎる。もっとこう、悩んだりしなかったの!?」


「悩む理由がなかったので」


「ない!? 精霊王の娘が転がり込んできたのに!?」


「助かってましたから。薬湯と、料理と、子どもたちの面倒と——あと、隣にいてくれること全般で」


 シルフィアが、今度こそ完全に固まった。


 頬が赤くなっていくのが、焚き火の光の中でもよくわかった。耳は言うまでもない。首まで赤い。


「……そういうことを」


「はい」


「そういうことを、さらっと言うのをやめなさいって、何度も言ってるじゃない」


「すみません。本当のことなので」


「っ——」


 シルフィアが膝を抱えて、顔を埋めた。


 しばらくそのまま動かなかった。

 楽器の音が続いている。焚き火が揺れている。


 それから、ごく小さな声が聞こえた。


「……私も、あなたのことが」


「はい」


「……好き、かもしれない」


「かもしれない、ですか」


「確定よ、確定! かもしれないじゃなくて好き! 言い直すからもう一回聞いて!」


「聞いてます」


「好き!」


 言い終えた瞬間、シルフィアがまた顔を膝に埋めた。


 俺は、そうですか、と言おうとして——やめた。

 そうですか、は、さすがにこの場にそぐわない気がした。


「俺も」と、代わりに言った。「シルフィアのことが好きです」


 シルフィアが、顔を膝に埋めたまま、くぐもった声で「知ってる」と言った。


「知ってたんですか」


「昨日から知ってた」


「昨日……」


「木が教えてくれた。余計なことを」


 あの大木め、と思ったが、まあいい。

 俺は空を見上げた。星が多い。風が冷たい。いい夜だ。


 シルフィアが、ゆっくりと顔を上げた。

 まだ赤いが、今度は俺の方を向いた。ちゃんと目を合わせてきた。


「……これからも、ここにいる」


「はい」


「ずっと、いる」


「どうぞ」


「歓迎してよ、もっと」


「大歓迎です」


 シルフィアが、ようやく笑った。

 これまで見たどの笑顔とも違う、少し照れくさそうで、でも満足そうな笑顔だった。


 広場では踊りが続いている。ルナが誰かと手を繋いで回っている。ペペが転んで泣いていた。コルが「だから走るなと言ったのに」と呆れていた。


 ガデルが大きな声で笑い、ドーフが酒を注ぎ、リリアが「記録しますね」と何かを書いていた。


 村の声が、夜の中に溶けていく。



   *



 宴会が終わって、人が散り、広場が静かになったのは夜も更けてからだった。


 焚き火の残り火が、じんわりと燃えている。

 俺とシルフィアは、まだそこに座っていた。


 土が、地の底からゆったりと囁いた。


『豊作じゃったな、アルト』


「ありがとうございます。土のおかげです」


『来年はもっと育ててやるぞ。精霊の加護も増えそうじゃし、楽しみにしておれ』


「頼みます」


 シルフィアが「何を話してるの」と聞いてきた。


「来年の畑の話です。もっと育てるって」


「じゃあ私も」とシルフィアが言った。「来年は、私も混ぜてよ」


「どうぞ。シルフィアの担当、決めておきますか」


「なんでもいい。でも——」


 シルフィアが少し考えてから、言った。


「薬草の区画は私が管理する。あなた、薬草の見分けが怪しいから」


「それは確かに」


「あと、水路の補修も一緒にやる。一人でやると無理をするから」


「ありがとうございます」


「礼はいい」


 シルフィアが、残り火を眺めた。


「……来年の春、楽しみね」


「そうですね」


「春になったら、何を植える?」


「土に聞いてみます。たぶん豆が向いてるって言うと思いますが」


「豆か。豆のスープ、作り方、教えて」


「教えます」


 そういう会話を、静かに続けた。


 来年の春の話。

 再来年の夏の話。

 いつかエルデ村がもっと大きくなったときの話。


 どれも、ここにいることが前提の話だった。

 そのことが、当たり前のように二人の間に横たわっていた。


 残り火が、ゆっくりと小さくなっていく。

 森が、深く息をしている。


 木が、穏やかに揺れた。


『悪くない縁になったじゃろ。あのとき落としてよかった』


(落としたのは事故だろう)


 そう思ったが、まあ——結果としては、そうかもしれない。


 俺とシルフィアは、残り火が消えるまで、そこに並んで座っていた。


 来年の春は、きっといい季節になる。

 土がそう言っていたから、間違いない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ