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ハズレスキルと笑われた俺は、辺境でのんびり最強でした 〜「万物の声」持ちの追放者、精霊王の娘に懐かれながら無自覚無双中〜  作者: 杠(ゆずりは)


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精霊王に「娘と結婚してくれ」と言われた。断ったら「では婿に来い」と言われた

マルクス侯爵の装置を止めてから、三日が経った。


 精霊界からヴェルドを通じて連絡が入り、根源樹の状態は少しずつ回復しているとのことだった。葉が一枚、また一枚と戻り始めており、幹の黒ずみも薄くなっている。完全に元通りになるには時間がかかるが、もう悪化はしないと言っていいらしい。


 侯爵の件については、王国内で動きがあった。

 エリクが王都に戻り、俺の懐にあった紋章入りの魔石装置を証拠として国王に提出した。国王は当初半信半疑だったというが、精霊界のヴェルドから直々に事実確認の文書が届いたことで、一気に話が進んだ。マルクス侯爵は現在、事情聴取のために王都に召喚されているらしい。


 エリクからの手紙にはこう書いてあった。


『侯爵の顔が、あのとき「覚えておけ」と言った直後より、ずっと青かった。お前に「覚えておきます」と返されたのが、よっぽど堪えたんじゃないかと思う。バルドも同じことを言っていた』


 なんとも言えない話だ。


 俺はその手紙を読んで、返事を書いて、畑の水やりをして、昼飯にスープを作った。

 日常というのは、いつでも正直に続いていく。


 そういうわけで、俺としてはいつも通りの午後を過ごすつもりだったのだが。



   *



 小屋の扉をノックする音がしたのは、昼下がりのことだった。


 シルフィアが「私が出る」と言って扉を開けた。


 そして固まった。


「……父上」


 ヴェルドが立っていた。


 精霊王が、俺の小屋の前に立っていた。

 いつもの精霊界での威容そのままに、銀髪を風になびかせ、静かな目でシルフィアを見下ろしている。


 俺はスープをかき混ぜる手を止めた。


「やあ、ヴェルドさん。昼飯はまだですか」


「ありがたいが、腹は減っておらん」


 ヴェルドが小屋に入ってきた。

 小さな小屋が、急に狭く感じた。


 シルフィアがヴェルドと俺の間に立って、じろじろと父親を見た。


「何しに来たの」


「礼を言いに来た。それと、少し話がある」


「話?」


「アルトと、二人で話したい」


 シルフィアの目が細くなった。


「二人で? 私を外す理由は?」


「お前のことを話すからだ」


 シルフィアが、びくっとした。


「……私の、こと」


「そうだ。少し席を外してくれ」


 シルフィアがしぶしぶ外に出ていくのを見届けて、ヴェルドが俺の向かいに腰を下ろした。


 俺はスープを二人分よそって、一つをヴェルドの前に置いた。

「腹は減っておらん、と言っただろう」


「まあでも、目の前に出されたら少しは飲みたくなるかもしれないので」


 ヴェルドが無言でスープを一口飲んだ。


 それから、静かに言った。


「うまいな」


「ありがとうございます」


「……お前は、不思議な人間だ」とヴェルドがゆっくりと言った。「精霊王が目の前に来ても、動じない。地脈と話し合って毒の出所を突き止めて、それを『魔石を外しただけ』と言う。追放されても恨まず、困った者を見れば助ける。シルフィアが無礼を働いても笑って受け流す」


「シルフィアは無礼というより、率直なだけだと思います」


「それを言ってやるのは、お前くらいだ」とヴェルドが言った。口元が、わずかに緩んだ。「あれは小さいころから言いたいことを全部言う性分でな。精霊界では誰も正直に意見を言わないから、どんどん拍車がかかった」


「いい性格じゃないですか。俺は好きですよ」


 ヴェルドが、また少し間を置いた。


「……そうか」


 スープをもう一口飲んで、ヴェルドが顔を上げた。


「アルト。単刀直入に言う」


「どうぞ」


「シルフィアと、結婚してくれ」


 俺はスープを飲む手を止めた。


 部屋の中が、しんと静まり返った。


 遠くで鳥が鳴いている。風が木の葉を揺らしている。

 ヴェルドは至って真剣な顔で、俺を見ている。


「……急ですね」


「急ではない。ここ一ヶ月、お前のことをずっと見てきた。シルフィアがお前のそばでどんな顔をしているかも、見てきた。精霊界でこれほどの働きをした者に、娘を託せるなら、これ以上のことはない」


「ありがとうございます。でも——」


「お前を婿として精霊界に迎える準備もある」


「そういう話ではなくて」


「報酬も出す。精霊王家の資産は——」


「ヴェルドさん」


 俺が静かに名前を呼ぶと、ヴェルドが口を閉じた。


「シルフィアは、どう思っているんですか」


 ヴェルドが、少し目を逸らした。


「……それは」


「シルフィアが嫌だと思っているなら、俺がどう思っていても関係ないです。まずシルフィアに聞くべきじゃないですか」


 ヴェルドが、長い沈黙のあとに言った。


「……聞いたら、拒否された」


「なら答えは出てますね」


「しかし、表情を見れば——」


「ヴェルドさん」


 俺はスープをひと口飲んでから、続けた。


「娘さんの顔色を見て代わりに決めるのは、少し違うと思います。シルフィアは自分のことは自分で決めたい人ですよ。見ていたならわかるはずです」


 ヴェルドが、今度は長く黙った。


 それからゆっくりと、ため息をついた。


「……父親というのは、難しいな」


「そうみたいですね」


「お前には、父親はいるか」


「転生前の記憶に、おります。物静かな人でした」


「転生、か」とヴェルドが繰り返した。「精霊たちから聞いた。お前は別の世界から来た魂だと。だから万物の声が使えるのか、と思っていたが」


「どうなんでしょうね。俺にもよくわからないです」


「……わからないまま、ここで農業をしている」


「楽しいので」


 ヴェルドが、初めてはっきりと笑った。

 精霊王の笑顔というのは、なかなか壮観だった。光の粒が、小屋の中に散るような感じがした。


「わかった。今日のところは引き下がろう。シルフィアの気持ちを尊重する」


「それがいいと思います」


「だが」とヴェルドが立ち上がりながら言った。「お前の気持ちは聞いていないな、アルト」


 俺は少し考えた。


「それは——」


「いい、今は聞かん。だが、いつか自分で答えを出せ。逃げるな」


 ヴェルドが扉を開けた。


 外でシルフィアがすっとぼけた顔で「あ、もう終わった?」と言っていた。

 明らかに壁に耳をあてていた跡があったが、俺は何も言わなかった。


 ヴェルドがシルフィアを見下ろして、静かに言った。


「シルフィア。お前が自分で決めることを、父は尊重する」


 シルフィアが目を見開いた。


「……父上?」


「ただし」とヴェルドが続けた。「決めたくなったときは、遅れるなよ」


 それだけ言って、ヴェルドは精霊界へ戻っていった。

 銀髪が、光の中に溶けていく。



   *



 しばらく、シルフィアは扉の前に立ったまま動かなかった。


 俺は洗い物を始めた。

 スープの椀を水路の水で洗いながら、背後の気配を感じていた。


 シルフィアがゆっくりと近づいてきた。


「……何を話したの」


「根源樹のことや、侯爵の件のお礼とか、いろいろです」


「それだけ?」


「スープを飲んでもらいました。美味しいと言ってもらえました」


 シルフィアが、俺の隣に並んで立った。

 水路の水が、さらさらと流れている。


「……ねえ、アルト」


「はい」


「あなたは——」


 シルフィアが、言いかけてやめた。

 また言いかけて、また止まった。


「俺は?」


「……なんでもない」


「なんでもなくはなさそうですが」


「なんでもないの」


 シルフィアが、水路をじっと見つめた。水面に、二人の顔が映っている。


 しばらく沈黙が続いて、シルフィアが小さく、独り言のような声で言った。


「……私のこと、好きって、言ったじゃない。この前」


 俺は手を止めた。


「言いましたね」


「あれは、どういう意味で言ったの」


 俺は椀を置いた。

 シルフィアの方を向いた。


 シルフィアは水路を見たまま、こちらを向かなかった。耳の先が、じわじわと赤くなっていく。


「そのままの意味ですよ」


「……そのまま」


「シルフィアのことが好きです。薬湯を作ってくれるところも、子どもたちに本を読んでくれるところも、俺の代わりに怒ってくれるところも、弁当を冷めてると言いながら温かいまま持ってきてくれるところも」


 シルフィアが、固まった。


「全部、見てたの……?」


「隣にいましたから」


「っ……」


 シルフィアがようやくこちらを向いた。

 顔が真っ赤だった。耳だけでなく、頬も、首まで赤い。


「聞こえなかった!!」


「え、今俺の話を聞いてたじゃ——」


「聞こえなかったから!!」


 シルフィアが、ものすごい勢いで小屋に駆け込んでいった。

 扉が、ばたんと閉まった。


 俺はしばらくその場に立っていた。


(聞こえなかったって、どういうことだろう)


 土が、呆れたような声で囁いた。


『今度こそわかれ。本当に』


「……照れてるってことですか」


『そうだよ、この鈍ちん』


 初めて土に「鈍ちん」と言われた。

 水路の水が、くすくすと笑うように流れた。


 俺は少し考えてから、小屋の扉に向かって言った。


「シルフィア」


「……何よ」


 声が返ってきた。拗ねた声だったが、ちゃんと返ってきた。


「夕飯、一緒に作りましょう。今日は俺が芋を剥くから、シルフィアが炒めてください」


 しばらく間があった。


「……野菜は私の方が上手く切れるから、切るのは私がやる」


「わかりました」


「それと——」


「はい」


「……さっきの話は、あとでちゃんと聞く。今は聞けないけど」


 俺は少し笑った。


「待ってます」


 扉が、今度は静かに開いた。

 シルフィアが、まだ少し赤い顔のまま出てきた。


「見ないでよ」


「見てません」


「絶対見てる」


「見てないです」


 二人で小屋の中に入った。

 夕日が、窓から斜めに差し込んでいる。


 包丁を持ったシルフィアが、野菜を切り始める音がした。

 リズムよく、上手な手つきだった。


 俺は芋の皮を剥きながら、この静かな時間が、ずっと続けばいいと思った。

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