第三部 第92話 崩壊する秩序 混迷に沈むテスラ城塞都市
テスラ城塞都市。
ダンジョンを管理する魔導具が置かれた中心神殿。
その建物を突き破り、黒い巨人が這い出ていた。
◆
カイルは市民を救おうと動いたが、薙ぎ払われた巨人の腕によって黒い巨人に吸収された。
まるで泥に沈むように。
跡形もなく。
イリーナが叫ぶ。
「カイル!!」
答えはない。
巨人の体が、わずかに膨らむ。
黒い液体が蠢き、肉が形成されていく。
レオンの顔が歪む。
「……くそ」
その背後。
都市のあちらこちらから悲鳴が上がった。
恐怖におびえ、人々が逃げまどう。
子供を抱えた母親。
荷車を押す老人。
我先にと逃げ出す群衆。
まるで――地獄の蓋が開いたようだった。
テスラ城塞都市。
人口百万を抱える巨大な都市。
レオンが振り返る。
誘導する兵士や応戦する冒険者達を横目に。
「……守るぞ」
イリーナが笑った。
「言われなくてもな」
セドリックが魔力を集める。
「総力戦だ」
◆
その瞬間。
街の各所から魔法が放たれた。
炎。
氷。
雷。
塔の上から矢が降る。
兵士たちが盾を構える。
冒険者たちが叫ぶ。
「押し返せ!」
「市民を逃がせ!」
都市全体が戦場だった。
だが――
巨人は歩いた。
ズン――
その一歩で建物が崩れる。
絶叫、阿鼻叫喚。
振り払った腕の衝撃波で家が砕ける。
セドリックが叫ぶ。
「まとめて焼く!」
巨大な魔法陣。
炎が渦を巻く。
戦略級魔法。
そして発動。
轟音。
巨人を炎が包んだ。
歓声に皆が湧く。
だが――
炎が消えたとき。
巨人は立っていた。
無傷で。
セドリックの顔が青ざめる。
「……嘘だろ」
巨人の体が揺れた。
黒い腕が動く。
炎が――吸われた。
「魔力を食ってやがる……!」
セドリックは経験した事のない事態に体が固まる。
次の瞬間。
黒い腕が振り下ろされた。
轟音。
地面が砕ける。
セドリックの姿が消えた。
◆
イリーナが突っ込む。
「セドリック!!」
槍が閃く。
巨人の足を貫いた。
黒い液体が弾ける。
イリーナが笑う。
「効くじゃねえか!」
だが。
巨人の足が崩れる。
液体になる。
そして――再形成された。
イリーナの目が見開く。
「……は?」
なんだよ、これ。
目の前の現実に思考が遅れる。
その迷いは、致命的だった。
黒い腕が振り下ろされた。
広範囲に及ぶ一撃。
防御ごと、イリーナの体が地面に叩きつけられる。
動かない。
レオンの歯が軋む。
だが戦いの手を止められない。
冒険者に指示を飛ばす。
◆
そうして、激しい戦いで時間が過ぎていく。
昼。
夕方。
夜。
戦闘は続く。
だんだんと冒険者が倒れていく。
兵士が散る。
魔法が尽きる。
都市が崩れていく。
だが――
市民は脱出できたのか、わからない。
白狼の牙が壁になったからだ。
◆
夜。
沈黙に包まれた瓦礫の都市。
残っていたのは――
レオン。
そしてリリアだけだった。
レオンは剣を地面に突き刺す。
体が震えている。
全身が血まみれで意識が飛ぶ寸前だった。
リリアが詠唱する。
「回復を……」
淡い光。
だが。
魔力が足りない。
レオンの体から血が止まらない。
リリアの声が震える。
「まだ……まだ……!」
その時だった。
巨人が止まった。
動きを止めた。
ゆっくりと顔が動く。
街の外。
遠く。
海の方向を見る。
そして――歩き出した。
ズン――
歩くたびに振動が伝わる。
城塞壁よりも、さらに巨大な姿。
都市を歩いて出ていく。
黒い巨体は夜の闇へ消えた。
◆
静寂。
リリアが崩れる。
レオンも意識を失った。
どれほど時間が過ぎたのか。
やがて。
空から影が降りた。
エミリオだった。
彼は瓦礫の街を見てまわる。
そしてレオンたちを見つけた。
近づく。
「大丈夫か」
その瞬間。
レオンの目が開いた。
剣を握る。
だが。
エミリオを見て力が抜けた。
「……救援か」
エミリオは頷く。
レオンが呟く。
「白狼の牙は……いやテスラは全滅だ」
少し沈黙。
そしてレオンは言った。
「最後に……見た」
「……あいつの顔」
エミリオが聞く。
「顔?」
レオンがかすかに笑う。
「……女だった」
「黒い化け物なのに」
「顔だけ……」
そこまで言って。
レオンの体から力が抜けた。
静かに。
息を引き取る。
リリアだけが残された。
エミリオは気を失ったリリアを抱きかかえる。
破壊された都市を一度だけ振り返る。
そして――帰投した。




