第三部 第90話 崩壊する秩序 侵食
テスラ城塞都市の外。
巨大ダンジョンの奥で――
地面が、ゆっくりと隆起していた。
ゴォォォォォ――
低く、重い振動が地面の下から響く。
まるで大地そのものが、雄叫びをあげるかのようだった。
レオンたちは、上層へ向かう階段を駆け上がっていた。
背後から、押し寄せる魔物の群れ。
第五層に広がっていた無数の魔物が、まるで堰を切った濁流のようにレオン達に向かって動き出していた。
「走れ!!」
レオンが叫ぶ。
イリーナが後ろを振り返る。
「くそっ……!」
槍を振るい、迫るゴブリンを吹き飛ばす。
だが――
数が多すぎる。
セドリックが振り向きざまに魔法を放った。
「フレア・ブラスト!」
炎が通路を覆う。
魔物の群れが焼かれ、悲鳴が上がる。
しかし。
その奥からさらに現れる。
カイルが叫んだ。
「終わりがねぇぞ!」
レオンの目が鋭くなる。
「止まるな!」
「上へ出る!」
その瞬間だった。
ゴォォォォォォン――
今までとは比べ物にならない振動。
ダンジョン全体が大きく揺れた。
天井から石が落ちる。
壁に亀裂が走る。
リリアが叫ぶ。
「崩れます!」
そのとき。
ズズズズズズ……
地面が、ゆっくりと裂ける。
裂け目から、黒い何かが漏れ出してくる。
それは――
液体のようだった。
だが液体ではない。
粘つく闇。
黒い塊。
それが、ゆっくりと蠢いていた。
魔物たちが止まる。
ゴブリンも。
オークも。
魔獣も。
すべてが、その存在を見ていた。
次の瞬間。
黒い塊が広がった。
ドォォン――
魔物の群れが飲み込まれる。
悲鳴。
断末魔。
しかし血は飛ばない。
ただ――
消える。
魔物たちは黒い塊に触れた瞬間、
溶けるように吸い込まれていった。
セドリックの声が震える。
「……なんだ……あれは……」
黒い塊は膨張していた。
魔物を吸収するたびに。
大きく。
大きく。
まるで生き物のように。
レオンが叫ぶ。
「逃げろ!!」
本能が、この場所を去るべきだと警告する。
その時。
黒い塊の中央が盛り上がった。
骨のような形。
腕。
脚。
人の形が浮かび上がる。
だが――
まだ完全ではない。
黒い液体が体を覆っている。
巨大な人影。
天井に届くほどの大きさだった。
レオンの顔が青ざめる。
「……あれは……」
言葉が出ない。
その存在は、ゆっくりと立ち上がっていく。
そして。
動いた。
ズン。
一歩。
その足元で、魔物が潰れる。
黒い体がさらに膨らむ。
セドリックが叫んだ。
「こいつを地上に出したら――」
レオンが言った。
「都市が終わる」
その瞬間。
黒い巨人の体が震えた。
次の瞬間。
ドォォォォォン――
ダンジョンの天井が吹き飛んだ。
黒い巨体が地上へ突き破る。
◆
テスラ城塞都市。
城壁の外。
大地が崩れた。
黒い巨体が、ゆっくりと姿を現す。
城壁の見張り兵が凍りついた。
「な……」
言葉にならない。
巨大な黒い影。
それは、ゆっくりと動いた。
骨だった場所には肉がつき、
漆黒の皮膚が形成されていく。
その瞬間。
周囲の草木が枯れた。
鳥が落ちる。
虫が死ぬ。
生命が吸われていた。
黒い巨体が膨らむ。
大きく。
大きく。
テスラの城壁を越えるほどに。
城壁の上で兵士が叫ぶ。
「魔物だ!!」
「巨大魔物!!」
だが――
それは魔物ではなかった。
もっと別の何か。
黒い巨体は都市を見下ろした。
そして――
ゆっくりと腕を伸ばす。
その瞬間。
都市の外縁で。
人々が消えた。
悲鳴だけを残して。
テスラ城塞都市。
人口百万の都市。
その崩壊が――
静かに始まった。




