第三部 第89話 崩壊する秩序 後編
テスラ城塞都市の外。
巨大なダンジョンの入口が、黒い口を開けていた。
岩肌を削って作られた古い遺跡のような入口。
長い年月で風化し、石壁の隙間には苔が生えている。
その前に立つ五人の冒険者。
Sランクパーティー――
七聖と比肩するとも噂される。
白狼の牙。
レオン・ヴァルグが入口を見上げた。
「この入口から入るのは久しぶりだな」
横で槍を担いだイリーナが笑う。
「調査なんて退屈な仕事じゃなきゃいいけどな」
セドリックが眼鏡の奥の目を細める。
「既に魔力の流れが妙だ」
「嫌な感じがする」
周囲を警戒しながら、カイルが肩をすくめた。
「おいおい、まだ入口だぞ」
「怖い話は中に入ってからにしろって」
最後にリリアが静かに言う。
「みなさん、気をつけてください」
「……いつものダンジョンじゃありません」
レオンは小さく頷いた。
「行くぞ」
そして五人はダンジョンへ足を踏み入れた。
◆
第一層。
薄暗い通路。
古い石壁。
通常なら、低級魔物が徘徊している程度の場所だ。
カイルがダガーを構えながら前を探り進んでいく。
「……静かすぎるな」
イリーナが言う。
「それはそれでいいだろ」
その時。
奥の通路から魔物が飛び出した。
ゴブリン。
だが――
「なんだ、数が多い!」
カイルが叫ぶ。
十体。
いや、二十体。
狭い通路を埋める数だ。
レオンが剣を抜いた。
「前衛出る!」
イリーナが槍を振り回す。
「任せろ!」
重槍が唸り、ゴブリンを吹き飛ばす。
セドリックの魔法が炸裂する。
「ファイアバースト」
炎が通路を走った。
魔物の群れが一気に焼き払われる。
数分後。
戦闘は終わっていた。
イリーナが槍を地面に突き立てる。
「……確かに多いな」
セドリックが静かに言う。
「第一層でこの数は異常だ」
レオンは短く言った。
「進む」
◆
第二層。
第三層。
魔物の数は確実に増えていた。
オーク。
コボルト。
ゴブリン。
通常なら分散しているはずの魔物が、群れになって現れる。
セドリックが言う。
「魔力が濃い」
「何かが起きている」
カイルが前方を確認する。
「五層への階段だ」
レオンは一瞬だけ考えた。
そして言った。
「ここまで来たなら確認する」
「五層まで行く」
五人は階段を降りた。
◆
第五層。
その瞬間。
全員が足を止めた。
イリーナが呟く。
「……おい」
カイルの声が低くなる。
「なんだよ……これ」
広い空間。
その床一面に――
魔物がいた。
ゴブリン。
オーク。
魔獣。
無数。
ダンジョンを埋め尽くすほどの数だった。
だが。
それだけではない。
魔物たちは――
奥を見ていた。
セドリックが呟く。
「ありえない……」
レオンの目が鋭くなる。
そして即座に言った。
「撤退だ」
イリーナが驚く。
「おい、まだ――」
レオンが遮った。
「これは戦闘じゃない」
「災害だ」
その瞬間。
魔物の群れがこちらを見た。
一斉に動き出す。
「走れ!」
五人は一斉に階段へ向かって駆け出した。
その時だった。
ゴォォォォン――
低い振動。
地面が揺れる。
カイルが叫ぶ。
「地震!?」
ダンジョン全体が唸りを上げる。
レオンが振り返る。
魔物の群れが動き出していた。
それはまるで――
押し寄せる波のようだった。
レオンの顔が険しくなる。
「……まずい」
その瞬間。
ダンジョンの奥から、さらに大きな振動が響いた。
そして――
地面が、裂けた。
◆
裂け目の奥。
暗闇の中で、何かが動いた。
魔物たちが、一斉に道を開ける。
まるで――王を迎えるように。
暗闇の奥から、人影が歩いてくる。
それは――
魔物ではなかった。
だが。
その姿を見た瞬間、
レオンの背筋に冷たいものが走った。
人の形をしている。
だが。
その存在から溢れる魔力は、
災害そのものだった。
それはゆっくりと顔を上げた。
そして――
白狼の牙を見た。
(続く)




