第二部 第73話 偵察
アルヴァ砦は、まだ遠い。
グラナスの軍議テントでは、アルヴァ攻略の作戦立案が進んでいた。
「グラナスから北東へ二日の距離」
カイが地図の一点を指す。
視線が集まった先――アルヴァ砦。
山に挟まれた狭い谷に築かれた砦だ。
正面から攻めれば、兵の損害は大きい。
だから――
まずは目で確認する必要があった。
こうして、カイとエリーナが偵察に向かうことになった。
◆
小高い丘の岩陰。
「見えるか?」
カイが低く問う。
隣でエリーナが杖を構える。
風が、静かに渦を巻いていた。
「……少しだけ」
エリーナは目を閉じる。
魔力が空へと広がる。
風に乗り、視界が遠くへ滑っていく。
まるで鳥の視線のように。
◆
アルヴァ砦。
石造りの城壁。
高い塔。
門は閉ざされている。
だが――
「砦の守備兵が……少ない気がします」
エリーナが呟く。
門の上の見張りは三人。
城壁の巡回も、まばらだった。
要衝にしては、静かすぎる。
◆
「罠だな」
カイは迷いなく言った。
聖導軍が砦を捨てるはずがない。
「だが……」
カイは砦を見つめる。
「捨てたように見せる作戦かもしれん」
◆
その時。
エリーナの視界が、旗を捉えた。
砦の中央。
制御塔の近く。
黒の旗。
「……七聖旗?」
エリーナの眉が寄る。
「まさか……ジュリア?」
その呟きを、カイは聞き逃さなかった。
しばらく砦を見つめる。
そして――
「グラナスに戻るぞ」
短く言い、踵を返した。
◆
アルヴァ砦。
中央制御塔の魔導炉の前。
ジュリア・マクミルランは、わずかに笑った。
「見られていたわね」
右手を軽く上げる。
魔導炉の術式に、微細な干渉を施す。
セリナ軍の進軍予測は三日。
その頃には――
ちょうど良い頃合いになる。
「さて」
ジュリアは砦を見上げる。
「どこまで崩れるかしら」
◆
守備隊長が駆け寄る。
「ジュリア様、指示を」
「魔導炉の監視を強化しておきなさい」
ジュリアは穏やかに言った。
「そして――」
「レグノル軍が来たら、予定通りに」
守備隊長は深く一礼する。
◆
谷を渡る風が、砦の旗を揺らす。
静かな砦。
だがその地下では、
魔導炉の術式が、ゆっくりと書き換えられていた。
誰にも気づかれないまま。
アルヴァ砦。
次の戦場の幕が、静かに上がろうとしていた。




