第二部 第72話 七聖 黒の観測者
テンレア同盟、情報局執務室。
執務室は、静かだった。
窓の外では、風が旗を揺らしている。
机の上に、部下から一通の報告書が置かれた。
ジュリア・マクミルランは、それを指先で軽く弾く。
「……グラナス陥落」
短い一文。
その隣には、すでに届いている別の報告。
リーデル陥落。
◆
ジュリアは椅子に深く腰を預ける。
驚きはない。
戦争とは、そういうものだ。
砦が落ちることもある。
戦線が後退することもある。
問題があるとするなれば――
その形だった。
◆
机の上に地図を広げる。
細い指が、二つの地点をなぞる。
リーデル。
そして、グラナス。
どちらも短期間で落ちている。
「……早いわね」
敗北そのものは問題ではない。
だが。
崩れ方が整いすぎている。
◆
ジュリアは窓の外を見る。
空は穏やかだった。
嵐の前のように、静かだ。
「戦争の匂いじゃない」
ぽつりと呟く。
戦とはもっと、乱れるものだ。
もっと血と偶然に満ちている。
だが、今回は違う。
◆
視線が、レグノルの地図へ戻る。
指が、進軍方向をゆっくりとなぞる。
そして止まる。
アルヴァ。
「次はここ」
黒の魔女は、小さく笑った。
「さて――」
声は柔らかい。
「どんな形で崩れるのかしら」
◆
そのとき、扉が叩かれる。
「報告です」
「どうぞ」
副官が一礼し、書簡を差し出す。
ジュリアはそれを受け取る。
目を通す。
◆
ほんの一瞬だけ、視線が止まった。
報告書の端。
小さな補足記録。
リーデル。
グラナス。
どちらにも共通する、微細な観測値。
ジュリアは紙を机に置く。
表情は変わらない。
だが。
「……面白い」
その声は、ほんの少しだけ低かった。
◆
窓の外では、風が旗を揺らしている。
戦は続く。
アルヴァが、次の舞台になる。
だが。
ジュリアの思考は、戦場ではなく――
もっと深い場所へ向いていた。




