第二部 第74話 アルヴァ攻略戦 前編
アルヴァ砦は、山間の谷の奥にあった。
左右を山に挟まれた細い道。
その先に石の城壁がそびえている。
山間から発生する霧が、谷を流れていた。
レグノル軍は静かに前進しながら布陣する。
◆
カイは丘の上から砦を見ていた。
「……嫌な地形だ」
低く呟く。
隣にいたエリーナが首を傾げた。
「どういう意味です?」
カイは谷を指す。
「両側が谷だ」
「弓兵が上にいれば、ここは死地になる」
兵たちの間に、わずかな緊張が走った。
バルドが笑う。
「つまり、いつも通りってことだな」
カイは肩をすくめる。
「正面は囮だ」
地面に剣の先で簡単な図を描く。
「バルド隊は城門」
「他は左右の山間に展開して進軍する」
短く命令が飛ぶ。
兵が動き出した。
◆
セリナは谷の先の砦を見つめていた。
城壁の上。
旗が揺れている。
カイが歩み寄る。
「王女殿下」
「この砦は、七聖が絡んだ罠の可能性が高い」
少し間を置いて言う。
「前線に出るべきではありません」
セリナは答えなかった。
ただ砦を見ている。
やがて静かに言った。
「構いません」
カイが眉をひそめる。
「この戦いは――」
セリナは剣を抜いた。
光が刃に集まる。
「私が始めた」
風が王旗を揺らす。
「ならば」
セリナは前に出る。
「最初に門を叩くのも私です」
バルドが笑った。
「はは、やっぱりだ」
「姫様は変わらねぇ」
カイはため息をつく。
「……止めても無駄か」
エリーナが小さく頷いた。
「王女様らしいです」
だが三人の顔は真剣そのものだった。
◆
セリナは剣を頭上に掲げる。
「光よ」
刃から光が広がった。
柔らかな光の輪が兵たちを包む。
その瞬間。
城壁から矢が降った。
矢の雨。
だが。
光の輪に触れた矢は軌道を逸らされていく。
エリーナの風魔法がそれを押し流す。
矢は地面へ。
石壁へ。
兵が気づく。
「守られている……!」
セリナは振り返らない。
「前へ」
静かな号令。
「光は、退く者のためにあるのではありません」
一瞬の静寂。
そして――
「レグノル万歳!!」
「セリナ様と共にいけ!!」
兵の叫びが谷を揺らす。
軍靴が轟いた。
ここで止まれば、死ぬ。
◆
突撃が始まる。
城門前。
矢の雨の中をバルド隊が進む。
「止まるな!」
バルドが斧を振り上げた。
魔力が刃に集束する。
「道を開ける!!」
斧が城門に叩き込まれた。
轟音。
城門が大きく揺れる。
兵が梯子をかける。
丸太がぶつかる。
◆
城門の上。
聖導軍の弓兵が狙う。
その時。
バルドが城門の前に立った。
「俺の後ろに集まれ!」
矢が降る。
バルドの斧が光る。
斧が振るわれる。
矢が弾き飛ばされる。
鎧に突き刺さる矢もある。
だがバルドは動かない。
「こんなもんか!」
兵が叫ぶ。
「バルド隊長が盾になってる!」
バルドが笑う。
「さっさと門をぶち壊せ!」
◆
空ではエリーナが杖を掲げていた。
「風よ!」
突風が巻き起こる。
飛んできた火球が逸れる。
城壁の兵が体勢を崩す。
レグノル兵が一斉に登る。
「いける!」
兵の歓声が上がる。
◆
城門が軋んだ。
バルドがもう一度斧を振るう。
木材が裂ける。
城門が崩れる。
「開いた!!」
兵が城内へ流れ込む。
◆
アルヴァ砦。
城内。
聖導軍は後退していた。
レグノル軍優勢。
兵士たちの士気が爆発する。
バルドが笑った。
「思ったより簡単だな!」
◆
その時。
武人の直感が、カイを止めた。
砦を見回す。
城壁。
塔。
兵の配置。
「……おかしい」
胸がざわつく。
エリーナが振り向く。
「どうしました?」
カイは低く言った。
「防御が薄すぎる」
その瞬間。
低い音が地下から響いた。
ゴォォ……
地面が、わずかに震える。
◆
アルヴァ砦。
中央制御塔。
魔導炉の光が変わる。
青から――
紫へ。
◆
遠く離れた丘。
ジュリア・マクミルランは砦を見ていた。
「さて」
黒の魔女は微笑む。
「どこまで崩れるかしら」
◆
谷を渡る風が、旗を揺らす。
アルヴァ砦。
戦いは――
まだ終わっていなかった。




