第二部 第75話 アルヴァ攻略戦 後編
ゴォォォ……
低い唸りが、地面の奥から響く。
カイの目が鋭くなる。
「……来るぞ」
次の瞬間。
アルヴァ砦の地面が、大きく揺れた。
◆
「魔導炉が暴走しています!」
塔の方角から叫び声が上がる。
紫色の光が空へ噴き上がった。
さきほどまで優勢だったレグノル軍の兵たちが、足を止める。
石畳が、ひび割れる。
その割れ目の奥から――
黒いものが、にじみ出ていた。
◆
「……なんだ、あれは」
兵の一人が呟いた。
それは液体のようでもあり、影のようでもある。
黒い染み。
だが。
それはゆっくりと動いていた。
◆
近くに倒れていた聖導軍の兵の遺体。
黒い染みがそれに触れる。
次の瞬間。
遺体が――沈んだ。
「な……」
兵の声が震える。
「消えた……?」
◆
黒い染みは、広がっていく。
戦場の死体へ。
折れた槍へ。
壊れた盾へ。
すべてを取り込みながら。
ゆっくりと、広がっていく。
◆
カイの背筋に、冷たいものが走った。
戦場で何度も死線をくぐった直感が告げる。
これは。
「……退け」
低く言う。
そして叫んだ。
「全軍、撤退だ!!」
◆
その瞬間。
魔導炉が閃光に包まれた。
紫色の光が膨れ上がる。
そして――
爆発。
◆
轟音が谷を揺らした。
中央制御塔が崩れる。
石壁が崩壊する。
火柱が空へ吹き上がった。
◆
「姫様!!」
バルドが叫ぶ。
爆風が迫る。
その前に、セリナが剣を掲げた。
「光よ!」
光の結界が広がる。
爆風が弾かれる。
だが。
衝撃は止められない。
◆
兵が吹き飛ぶ。
瓦礫が落ちる。
戦場は、一瞬で地獄に変わった。
◆
「エリーナ!」
カイがありったけの声で叫ぶ。
エリーナはすぐに理解した。
「わかりました!」
風が巻き上がる。
セリナの腕を掴む。
体が浮き上がる。
◆
「姫様、失礼します!」
エリーナが空へ飛び上がった。
瓦礫の波が地面を走る。
◆
地上。
バルドが兵を抱え上げる。
「立て!」
「まだ死ぬな!」
肩に担ぎ、引きずり、叩き起こす。
カイが叫ぶ。
「隊をまとめろ!」
「谷の外へ出る!」
◆
その時。
兵の一人が振り返った。
「……なんだ」
崩れた砦の中央。
黒い染みが、集まっていた。
◆
それは、ゆっくりと形を変えていた。
兵士の死体。
鎧。
瓦礫。
すべてを取り込みながら。
膨らんでいく。
◆
「……やばい」
カイが呟く。
戦場の勘が告げていた。
あれは。
この世界のものではない。
◆
遠くの丘。
ジュリア・マクミルランが砦を見ていた。
爆発の炎。
崩れる城壁。
黒い染み。
◆
ジュリアの目が、わずかに細くなる。
「……これは」
小さく呟く。
その表情は――
驚きと、興味が混ざっていた。
◆
谷の外。
レグノル軍はようやく撤退した。
兵の多くが息も絶え絶えに地面に座り込む。
吐いた息を荒げる。
アルヴァ砦を振り返る者は誰もいない。
◆
セリナは静かに立っていた。
握りしめた剣が震えている。
目の前には。
多くの負傷兵。
担架。
動かない兵士。
◆
セリナは唇を噛む。
そして頭を下げた。
「……すまない」
声は小さかった。
「私の判断で」
「多くの命を危険に晒した」
◆
沈黙。
その空気を破ったのは――
バルドだった。
◆
「何言ってんだ」
バルドが笑う。
「姫様の光がなきゃ」
「俺たち今ごろ全滅だ」
◆
カイも言う。
「戦場です」
「責任は全員で負うものです」
◆
エリーナが頷く。
目に涙を浮かべながら。
「……守れました」
「姫様の光があったから」
◆
兵たちが顔を上げる。
「そうだ」
「セリナ様のおかげだ」
「俺たちはまだ戦える!」
◆
セリナはゆっくりと顔を上げた。
遠く。
煙の上がるアルヴァ砦を見る。
◆
その地下では。
黒い染みが、ゆっくりと動いていた。
まるで。
何かを探すように。




