第二部 第67話 盤上の選択
ロスヴァルの空を、風が裂いた。
中央塔の上空。
見張りの兵士が顔を上げる。
その表情が、わずかに和らぐ。
「――帰還!」
蒼い軌跡が城壁を越える。
エリーナは減速し、石畳へと着地した。
巻き上げられた風が静まり、外套が揺れを止める。
◆
ロスヴァルの軍議室。
円卓を囲むのは、セリナ、カイ、バルド。
扉が開き、エリーナが入室する。
「ファランシアは?」
問いは短い。
「市井は安定しています」
一礼。
「……ですが、基幹層に微弱な揺らぎを確認しました」
空気が、静かに張り詰める。
◆
円卓の中央。
三拠点の地図。
《リーデル》
《グラナス》
《アルヴァ》
「七聖の干渉か」
カイ。
「違います」
エリーナは首を振る。
「侵入形跡なし。
リムも断定できない、と」
「暴走ではないのか」
「それも否定的です」
沈黙。
「アオトは?」
セリナの声が、わずかに揺れる。
「目覚める兆候はありません。
ですが、同期率は微増しています」
エリーナは一瞬だけ視線を落とす。
「……このまま揺らぎが続けば、影響は避けられないかもしれません」
言い淀む。
「それでも、進むのですか」
室内の空気が重くなる。
◆
バルドが低く唸る。
「戦場と後背、同時に揺れるか」
「偶然ではない可能性がある」
カイは冷静に言う。
「だが今、進軍を止めれば士気は崩れる」
中央塔の亀裂。
兵の動揺。
恐怖は、説明できない事象ほど強くなる。
◆
セリナは立ち上がる。
窓の外。
訓練する兵の姿。
揺れている。
だが、折れてはいない。
視線が遠くを見る。
ほんのわずかな沈黙。
「……揺らぎは拡大している?」
「いいえ」
「止まってもいません」
静かな現実。
◆
セリナは目を閉じる。
アオトの眠る姿が脳裏をよぎる。
都市が揺れれば、彼も揺れる。
だが。
王は、すべてを守れない。
目を開く。
「進む」
地図の《リーデル》に指を置く。
「都市が揺れても、王国は止めない」
静かな声。
「ただし、ロスヴァル基幹層の監視を強化する。
異常が拡大すれば、即時撤退も辞さない」
均衡。
だがそれは、守りの均衡ではない。
◆
カイが頷く。
「進軍準備、継続」
バルドは腕を組む。
「士気は立て直せる」
エリーナが小さく息を吸う。
「……迷いはありませんか」
王女ではなく、一人の少女への問い。
セリナは答える。
「あるわ」
正直な声。
「でも――止まれば、終わる」
◆
その夜。
中央塔の亀裂は変わらない。
だが、基幹層のログはわずかに周期を持ち始めている。
まだ小さい。
まだ無害。
だが。
都市は、静かに応答している。
◆
保存槽の中。
アオトの指先が、かすかに震えた。
夢の奥。
光の網のさらに深部で、
“何か”が、形を持たないまま存在を確かめている。
そして――
盤は、動き始めた。




