第四部 203話 増える反応
回収する者と名乗った人物は、周囲に残っていた何かを集め、それをどこかへ送り出したあと、僕たちの前から逃走した。
その正体も、集めたものの行き先も、結局分からないままだ。
僕たちは周囲への警戒を続けながら王城跡へ戻り、最初に同調する者の状態を確認することにした。
SMUはまだ解除していない。
同調する者との戦闘、その直後の回収する者との接触を経ても、装備自体に大きな損傷は確認されていなかった。
何より、周囲にはまだ複数の白い反応が残っている。
今ここでSMUを解除する理由はなかった。
同調する者は、王城跡の中でも比較的損傷の少ない一室へ移されていた。
もちろん、ここは捕虜を収容するための特別な施設じゃない。
普通の扉。
石造りの壁。
簡素な寝台。
そこへSMUの拘束ワイヤーを使い、逃げられないよう一時的に身体を固定しているだけだ。
部屋へ入った僕は、SMU越しに眠ったままの人物を見下ろした。
呼吸はしている。
胸も一定の間隔で上下していた。
深い昏睡状態にあることだけは間違いなさそうだった。
回収する者が、この人に何をしたのかは分からない。
それでも、あれほど強く感じられていた白い反応だけが、ほとんど残っていないように見えた。
「本当に、何も感じられないの?」
セリナが眠ったままの同調する者を見ながら、僕へ問いかける。
「生命反応はあるよ。少なくとも、身体そのものに大きな異常は出てない」
僕が答えると、少し遅れてリムの声がSMUの内部通信へ届いた。
『うん。こっちに送られてきてる生体データを見ても、かなり安定してるわ、アオト』
「白い反応の方は?」
セリナには聞こえないよう、小さな声で問い返す。
『そっちはほとんど拾えない。さっきまでとは明らかに違うわ』
「能力もなくなったと思う?」
『そこまでは判断できないかな。私たちが、白い反応そのものを能力だと思い込んでる可能性もあるでしょう?』
「そうかもしれないな」
僕は一度考えてから、セリナへ向き直った。
「ただ、白い反応はほとんど消えてるみたいだ」
「回収する者が言っていた、役割を持っていったって話?」
「そう見える。でも、その言葉をそのまま信じるのはまだ早いと思う」
「そうね」
セリナが同調する者へ視線を戻した。
「この人が昏睡状態から回復して、話ができるようになれば、少しは分かるかもしれないんだけど」
「起きても話してくれるかな」
「……それもそうね」
僕たちが何を聞いたところで、また「役割」しか答えないかもしれない。
それでも、生きている。
役割と呼ばれていた何かを失ったあとにも、この人の身体はここに残った。
回収する者とのやり取りで得られたものは、答えというより、新しい疑問の方が多かった。
「このまま監視は続けるしかないな」
僕がそう言ったところで、部屋へバルドとカイが入ってきた。
二人とも眠ったままの同調する者を確認するように視線を向ける。
バルドが腕を組んだ。
「起きた途端に、また全員で同じ方向へ歩かされたら笑えんぞ」
「兵を近づけすぎないようにするわ」
セリナが答える。
「治療や監視も交代制にしましょう。一人が長時間そばにいるのは避けた方がいい」
「その方がいいと思う」
「アオトのその鎧で、能力そのものを封じられないのか?」
カイに聞かれ、僕は首を横に振った。
「身体は拘束できる。でも、同調する者の能力がどうやって人の判断や思考へ触れていたのかは、まだ完全には分かってない」
SMUは万能じゃない。
目に見えない変化を拾うことはできる。
異常を警告することもできる。
でも、仕組みそのものが分からなければ、何を遮断すれば安全なのかまでは判断できない。
回収する者と対峙した時、リムは電磁帯域や音響帯域を含む複数の周期反応を拾っていた。
一つを妨害すると、別の帯域が強くなった。
あれが導師たちの能力に共通する仕組みなのか。
それとも、回収する者だけが使っていたものなのか。
そこさえ、まだ分からない。
『アオト』
考えていた僕へ、リムから通信が入った。
「どうした?」
『ちょっと待って。今、変な反応が出た』
いつもより慎重な声だった。
「同調する者?」
『違うと思う。王都の外』
SMUの視界に新しい表示が開く。
一つ。
白い反応を示す小さな点が、王都北西に現れた。
「回収する者?」
『それなら位置はおかしくないんだけど……』
リムが途中で言葉を止める。
「何?」
『もう一つ出た』
北。
二つ目。
さらに数秒もしないうちに、東側へ三つ目の反応が表示される。
「三つ?」
『待って』
今度は南東。
四つ目。
僕は無意識に身体を起こした。
「増えた?」
『うん』
「別々の反応?」
『そこが変なのよ』
四つの観測結果がSMUの視界に並ぶ。
反応強度。
周期。
変動幅。
細かな違いはある。
でも、それ以上に似すぎていた。
「同じ?」
『ほとんど』
「同じ人間が四人いるみたいに?」
『こっちで見えてるデータだけなら、そう見えるわ』
それはおかしい。
回収する者が仲間を呼んだだけなら、ここまで反応が似る理由がない。
「同じような白い反応が、新たに四つ出た」
僕はセリナたちへ伝えた。
「四つ?」
「王都の北西、北、東、それと南東。リムには、ほとんど同じものに見えてる」
セリナが僅かに眉を寄せる。
「人なの?」
「そこまでは分からない」
「ノア=アークでは調べられないのか?」
カイが聞く。
「広域観測だと反応が小さすぎる。位置は追えても、そこに何がいるのかまでは難しいみたい」
「さっきの回収する者が四人に増えたとか?」
「それならまだ分かりやすいんだけど」
「増えた方が分かりやすいのか?」
「今よりは」
「それも嫌だな」
カイが小さく息を吐く。
僕たちが話している間、エリーナだけはSMUから外部表示した位置情報ではなく、王都の四方向を順番に見ていた。
「エリーナ?」
「少し待ってください」
彼女は目を閉じる。
風が頬を撫で、長い髪を揺らした。
北西。
北。
東。
そして南東。
しばらくして、エリーナが目を開けた。
「同じではないと思います」
「反応が?」
「私には、その白い反応そのものは分かりません。でも、その場所で起きていることが違います」
「教えて」
エリーナは最初に北西へ顔を向けた。
「北西は、さっき回収する者がいた時と少し似ています。風が何かを避けるように流れている」
「人がいる?」
「何かはいると思います。それに、動いているように感じます」
「他は?」
「北は風が普通に抜けています。ただ、人の気配が混じっています」
僕にはそこまで分からない。
距離もある。
でもエリーナは、風の流れに混じる僅かな違いを拾っている。
「東は?」
「そこが一番静かです。人が動いている感じがほとんどありません」
「反応だけ?」
「そう見えます」
最後に、エリーナが南東へ顔を向けた。
「南東は……人が増えています」
「増えてる?」
「はい。同じ場所へ向かう流れが、少しずつ大きくなっています」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
同調する者。
あの時も、人々は自分で理由を作りながら、最後には似た行動へ近づいていった。
「リム、南東を優先して見て」
『もう見てる。エリーナの言った通り、人の移動が偏り始めてるわ』
「同調?」
『似てる。でも、前とは違う』
「何が?」
『まだ全員の判断まで揃ってる感じじゃない。歩く方向とか、行動だけが似た動きを見せてる』
「行動だけ?」
『今のところはね』
同調する者の時より弱い。
そう考えていいのか。
それとも最初から、行動だけへ狙いを絞っているのか。
判断するにはまだ早い。
そこへ、王都の兵士が一人駆け込んできた。
「王女殿下!」
「どうしたの?」
「南東区画で住民の移動が集中しています!」
セリナの表情が変わる。
「避難命令は?」
「出しておりません」
「何か配給や集合の指示は?」
「それもありません。ですが、市場跡へ向かう者が増えています」
セリナが僕を見る。
「確認しましょう」
「うん。ただ、全員では行かない」
僕は四つの反応を確認する。
一つを追っている間に、残り三つが動く可能性がある。
全員で一か所へ集まれば、他の反応を見失う。
なら、最初から役割を分けた方がいい。
「僕は南東へ行く」
「私は?」
「セリナはここに残ってほしい。同調する者と避難者をお願いしたい」
セリナは僅かに不満そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「分かったわ」
「カイは僕と来て」
「珍しいな」
「何が?」
「一人で行くって言わない」
「少しは学ぶよ」
「なら安心した」
「バルドは北側を確認して。戦闘はしなくていい。反応源が何なのかだけ見てほしい」
「了解だ」
「エリーナはここから四方向を見続けられる?」
「やってみます」
「何か変わったと感じたら、すぐセリナへ伝えて」
「はい」
僕はSMUの内部通信へ意識を戻す。
「リム、全部追える?」
『全部を細かくは無理。でも、大きく動けば分かると思う』
「無理はしなくていい。分かったことがあれば教えて」
『アオトに言われると説得力ないなあ』
「そこは気にしないで」
『気にするわよ』
思わず少し笑った。
この声を聞くと、さっきまで視界いっぱいに並んでいた無機質な数字が、少しだけ現実へ戻ってくる気がする。
「行こう、カイ」
「ああ」
僕たちは南東区画へ向かった。
SMUの歩行補助を強めるが、最大加速までは使わない。
カイが追いつける速度へ合わせながら、崩れた道路と瓦礫の間を進む。
市場跡が近づくにつれて、人の数が増えてきた。
「確かに多いな」
カイが前方を見る。
「みんな市場跡へ向かってる」
「でも、前とは少し違う感じがする」
「何が?」
「強いて言えば、歩き方かな」
僕は周囲を確認する。
同調する者の影響下にあった時、人々は別々の人間なのに、最後の判断や行動だけが不自然なほど同じ方向へ揃っていった。
今は違う。
急ぐ者もいる。
途中で立ち止まる者もいる。
隣の人と話しながら歩く者もいる。
それでも、最終的に向かう先だけは市場跡へ寄っていた。
「リム」
『うん。私もそこが気になってる』
「判断まで揃ってる感じは?」
『ないわ。同調の時よりずっとばらばら』
「なのに結果だけ近い」
『そう』
僕は近くを歩いていた男性へ声をかけた。
「少しいい?」
「え?」
男性が普通に足を止める。
これも前とは違う。
「どこへ行くの?」
「市場跡です」
「何をしに?」
「何を……」
男性が振り返り、市場跡を見る。
「そういえば、何だろうな」
「誰かに呼ばれた?」
「いや」
「買い物?」
「店なんて残ってないだろ」
「じゃあ、どうして?」
男性は困ったように眉を寄せた。
「向こうへ行った方がいい気がしたんだ」
僕とカイが目を合わせる。
別の女性にも聞いた。
「あなたはどうして市場へ?」
「人が集まっているのが見えたからです」
別の男性。
「俺は、この道が空いていたからだ」
さらに別の人。
「何となく、そちらへ行く方が安全だと思って」
理由は違う。
考えていることも違う。
それなのに、行動だけが同じ方向へ寄っている。
「全員、一度止まってください!」
僕が声を上げる。
何人かがすぐに立ち止まった。
戸惑いながらも、こちらを見る。
「市場跡へ行かなければならない理由がはっきりしない人は、その場で待ってください!」
人々が互いの顔を見る。
止まる人が増えていく。
それでも、何人かは市場跡へ向かおうとした。
カイがその前へ立つ。
「危険だ。今は行くな」
「でも」
「何か用があるのか?」
「……特には」
「なら待て」
男性は困った顔をして、それでも足を止めた。
「アオト」
カイが僕を見る。
「これ、同調する者と同じなのか?」
「似てる。でも、同じじゃない」
「弱くなってる?」
「分からない。うまく再現できてないのかもしれないし、わざと一部分だけ使ってるのかもしれない」
「面倒だな」
「うん」
僕は内部通信へ意識を戻す。
「リム、元の同調する者の記録と比較できる?」
『やってる。少し待って』
数秒後。
『一部は同じ』
「どの部分?」
『人が行動を選ぶ直前に出てた周期反応。その一部とかなり近いわ』
「全部じゃない?」
『うん。前はもっと複雑だった。今は……部分的に削られてる感じ』
「削られてる?」
『言い方が難しいんだけど、判断全体へ触ってたものから、一部分だけ抜き出したように見える』
僕は市場跡を見る。
回収する者は言っていた。
失敗。
選択。
抵抗。
記録。
残されたものを次へ持っていく、と。
「回収したものを使ってる?」
『可能性はある』
「でも、回収する者本人はいない」
『そうね』
なら。
誰が使っている。
その時だった。
『アオト、反応が動いた』
「南東?」
『違う。北西』
「回収する者が逃げた方向?」
『そう。でも……』
リムの声が止まる。
「何?」
『一つ増えた』
「え?」
SMUの表示を見る。
北西にあった白い反応。
そのすぐ近くに。
もう一つ。
ほとんど同じ反応が現れていた。
「五つ?」
『今は五つ』
「新しく誰か来た?」
『分からない。少なくとも、大きな移動反応は拾えてない』
その直後。
東側の反応にも変化が出る。
一つだった白い点が揺れた。
次の瞬間。
二つ、新しい反応がその周囲へ現れた。
「……七つ?」
『うん』
僕は息を止めた。
白い反応が増えていく。
誰かが移動してきたわけでもない。
新しい人間が現れたと確認できたわけでもない。
それなのに。
反応だけが、一つずつ増えている。
「リム」
『なに?』
「この七つ、同じなのか?」
すぐには返事が来ない。
リムが一つずつ比較している。
『完全には同じじゃない』
「違う?」
『でも、元になってる部分はかなり近い。同じ何かを基にして、少しずつ違う形にしたみたい』
「同じ何か……」
胸の奥で、これまで続いていた疑問が少しずつ繋がり始める。
同調する者から抜けた白い反応。
それを集めた回収する者。
そして今。
一つだったはずの特徴を持つ反応が、王都の周囲で次々と増えている。
「回収したものを……」
僕は表示された七つの点を見る。
「増やしてる?」
『私も、それを疑ってる』
答えではない。
まだ証拠もない。
でも。
回収する者とは別に。
集められたものを増やす役割がいるとしたら。
七つの白い反応が、SMUの視界の中で僅かに脈打つ。
同じように見えて。
少しずつ違う。
それでも、元は同じものから生まれたように。
僕は市場跡の人々を見る。
同調する者を倒した。
その役割も失われたと思っていた。
でも、同じ現象はもう別の場所で始まっている。
しかも。
一つではなかった。
「カイ」
「なんだ?」
「戻ろう」
「原因は分かったのか?」
「まだ分からない」
僕は七つへ増えた反応から目を離さなかった。
「でも、倒したものがそのまま終わると思わない方がいい」
カイが表情を引き締める。
「次は何が来る?」
「それを確かめる」
回収されたもの。
増えた反応。
そして、不完全な同調。
別々に見えていたものが、少しずつ一本の線へ近づき始めていた。
誰かが。
僕たちが倒した役割を。
別の形でもう一度使おうとしている。




