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リブートオブアーク ―科学と魔法が交差する王国再建戦記―  作者: 和幸雄大


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第四部 204話 回収する者と複製する者

 SMUの視界内表示に、七つの白い反応が浮かんでいる。


 確認できる反応は、どれも王都の中か、そのすぐ外側にある。


 けれど、少し前まで表示されていた反応は四つだけだった。


 それが五つになり、今は七つまで増えている。


「全員で一つの反応を追うのはやめよう」


 僕が言うと、セリナがすぐに振り向いた。


「分かれて動くのですか、アオト?」


「うん。一つの反応を追っている間に、残りが一斉に動くかもしれない。七つ全部を見ておきたい」


 王城跡の一室では、同調する者が今も眠ったままだ。


 深い昏睡状態ではあるが、生命反応は安定している。


 けれど、その身体からほとんど消えた白い反応に似たものが、今は王都のあちらこちらに現れている。


 偶然とは思えなかった。


「僕とカイは南東へ行く。バルドは北側をお願いできる?」


「ああ」


「セリナはここに残って。同調する者と避難してきた人たちを見ていてほしい」


「分かりました」


 エリーナが僕を一瞬見てから、崩れた窓の向こうへ顔を向ける。


「私はここから周囲を見ます。風の流れなら、少し離れた場所まで拾えます」


「エリーナ、頼むね」


「はい」


 エリーナはそう答えると、窓辺へ移動した。


 同じものを追うからといって、同じ場所に集まる必要はない。


 むしろ今は、全員で集まる方が危ない。


 一つの反応へ全員を集めれば、その間に残り六つを見失う。


 僕はカイへ視線を向けた。


「カイ、行こう」


「おう」


 SMUの脚部が低い駆動音を鳴らす。


 崩れた石壁を越え、僕たちは南東区画へ向かった。


 少し進んだところで、リムの声が内部通信に入る。


「アオト、七つともまだ反応あるよ」


「位置は?」


「少し動いてるのもある。でも……ちょっと待って。今、位置を比べてる」


 視界の端に複数の波形が開いていく。


 僕には、似た線が何本も並んでいるようにしか見えない。


「これ、同じじゃないの?」


「似てる。すごく似てる。でも、同じじゃない」


「何が違う?」


「そこが変なのよ」


 リムが少し間を置いた。


「同調する者の時は、もっと広く触ってたでしょ。考え方とか、判断とか、そこから行動まで」


「うん」


「今出てるのは、その途中だけ抜き出したみたいに見える」


 僕は走りながら眉を寄せた。


「途中?」


「たとえば南東の反応なら、行き先を決めるところだけ。そんな感じ」


 やがて目の前に市場跡が見えてきた。


 かつて商店が並んでいた通りは瓦礫で半分ほど塞がれ、いくつかの建物は屋根まで崩れている。


 それでも、人が集まり始めていた。


 一人や二人じゃない。


 十人。


 二十人。


 さらに路地の奥からも歩いてくる。


 兵士だけではない。


 年配の男もいる。


 子どもの手を引いた女性もいる。


 ほとんど全員が、市場跡の中央へ向かっていた。


「やっぱり人が集まってきてるな」


 カイが周囲を見回しながら言う。


「止めるか?」


「少し待って」


 僕は速度を落とした。


 人々の表情は、同調する者に支配されていた時とは違って見える。


 互いを見ながら歩く者がいる。


 不安そうに後ろを振り返る者もいる。


 足を止め、道を確かめる者までいた。


 僕は一人の男へ近づいた。


「すみません。どこに行くんですか?」


 男はSMUを装着した僕を見上げ、少し驚いた顔をした。


「市場だ」


「何をしに?」


「何をって……」


 男の眉が寄る。


「食料の配給があるんじゃないのか?」


「誰かに聞いたんですか?」


「いや」


 男は首を傾げた。


「そう思っただけだ」


 少し離れたところを歩いていた女性にも声をかける。


「あなたも食料を?」


「違います」


 女性は子どもの手を握り直した。


「人が集まっていたので。皆が行くなら、そちらの方が安全なのかと思って」


 その隣にいた若い兵士が口を挟む。


「俺はこっちの道が空いてると思ったからだ」


 三人とも目的が違う。


 理由も違う。


 なのに、向かう先だけが同じだった。


「カイ」


「ああ」


 カイも気づいていた。


「前とは違うな」


「どう違う?」


「迷ってる」


 カイが顎で人々を示す。


「怖がってる奴もいる。他の道を見てる奴もいる。あの老人なんか、さっきから三回も立ち止まってる」


 言われた方を見る。


 一人の老人が、市場跡へ続く道の途中で足を止めていた。


 しばらく市場の方を見つめる。


 やがて、老人は首を振った。


「やっぱり家へ戻ろう」


 そのまま来た道を引き返していく。


 誰も止めない。


 老人自身も苦しむ様子はない。


「戻れる……」


「うん」


 カイが腕を組む。


「前よりずっと弱い」


「弱い、か」


 僕は老人の背中を見送った。


「アオト」


 リムの声が入る。


「カイの見方、たぶん合ってると思う」


「弱い?」


「うん。でも、それだけじゃないかも」


 SMUの表示に、同調する者との比較波形が重なる。


「前のをそのまま小さくした感じじゃないの。抜けてるところがある」


「再現に失敗した?」


「まだ決めつけない方がいいと思う」


 リムはすぐに答えた。


「失敗じゃなくて、最初からこれだけ欲しかった可能性もあるから」


 行動全部ではない。


 向かう方向だけ。


 人間の判断を丸ごと揃える必要がないなら、その一部分だけ触ればいい。


 その方が気づかれにくい。


 何より、少ない力で多くの人間を動かせる。


「……嫌な使い方だな」


「うん。私もそう思う」


 その時、外部通信が開いた。


『アオト、北側も妙だ』


 バルドだった。


「何が起きてる?」


『人が止まる』


「止まる?」


『全員ではない。道を渡ろうとして、直前でやめる者が多い』


「理由は?」


『馬車が来そうだった。建物が崩れそうに見えた。道の向こうが危険な気がした。聞いた限りではそんなところだ』


 市場跡とは逆だった。


 こちらでは、人が一方向へ進む。


 北では、人の足が止まる。


『だが、こちらから声をかければ動く者もいる。無理やり止められているようには見えん』


「分かった。危険がなければ、そのまま観察して」


『承知した』


 通信が切れる。


 すぐにセリナから通信が入った。


『アオト。こちらでも変化があります』


「そっちは?」


『王城跡の西側で、同じ通路を避ける人が増えています』


「全員?」


『いいえ。理由も違います。瓦礫が落ちそうだから。暗いから。遠回りでも広い道を使いたいから、と』


 市場へ向かう。


 道を渡らない。


 ある場所を避ける。


 行動は違う。


 理由も違う。


 けれど、共通していることが一つある。


 進ませる。


 止まらせる。


 避けさせる。


 どれも、人が判断する途中の一部分だけを、同じ方向へ後押ししている。


「エリーナは? 何か分かった?」


『今、周囲を見てもらっています』


 少し間があった。


 セリナの向こうで、エリーナの声が聞こえた。


『……風そのものには、目立った異常はありません』


 さらに少し間が空く。


『ただ、人が進路を変える場所が偏っています』


「偏ってる?」


『はい。人が集まる場所ではありません。その少し手前です』


 その言葉に引っかかった。


「手前……」


『そこを通ったあとで、歩く方向を変える人が多いように見えます』


「セリナ、その辺りには近づきすぎないで」


『分かりました』


 通信が切れる。


「リム」


「うん。私も今、それ見てた」


「七つの反応そのものが、人に直接触ってるわけじゃない?」


「それだけじゃないと思う」


 視界内表示に、七つの白い反応が並ぶ。


 それぞれが、わずかに明滅している。


 完全に同時ではない。


 一つが強くなる。


 少し遅れて、別の一つが強くなる。


 さらに、そのあとにもう一つ。


「……順番がある?」


「そうなの」


 リムの声が少し早くなる。


「さっきから気になってた。七つが別々に動いてるように見えるけど、全部どこかから何か指示を受け取ってるかもしれない」


「どこ?」


「今、絞って探してる」


 僕は市場跡を見渡した。


 人々は今も集まってきている。


 けれど市場に着いたあと、何をすればいいのか分からず立ち尽くしている者も多い。


 目的まで与えられているわけじゃない。


 市場へ行く。


 そこまでしかない。


「アオト」


「見つけた?」


「たぶん」


 地図上に一つの円が表示された。


 市場跡のさらに奥。


 半壊した倉庫が並ぶ一帯。


「七つの反応、少しずつ違うけど、変化する前に同じ場所の反応が強くなってる」


「そこが発信源?」


「そう言い切るのはまだ早い。でも、何かあるならあの辺り」


「分かった」


 僕はカイを見る。


「様子を見に行く」


「ここに集まりかけてる人はどうする?」


「任せてもいい?」


 カイは集まってくる人々を見回す。


「今の状態なら大丈夫だ。声をかければ、自分で考え直せる奴もいる」


「じゃあお願い」


「おう。そっちは任せたぞ」


 僕はSMUの脚部出力を上げた。


 瓦礫を越え、倉庫群へ向かう。


 その途中で、SMUが警告を表示した。


 電磁。


 振動。


 音響。


 そのどれにもきれいには分類できない周期が重なっている。


「またこれか」


「うん」


 リムの声が少し低くなる。


「一つだけ追おうとすると、別の帯域へ移ってるみたい」


「回収する者と似てる?」


「似てる。でも……ちょっと待って」


 リムが言葉を止めた。


「どうした?」


「白い線」


「線?」


「回収する者が逃げた時にあったでしょ。糸みたいなの」


「うん」


「あれに近いのがある」


 僕は速度を落とした。


 崩れた倉庫の隙間。


 最初は、陽の光が差し込んでいるだけに見えた。


 違う。


 白い線だ。


 細い。


 何本もある。


 壁の割れ目から伸び、地面を這い、別の建物の向こうへ消えている。


 SMUの補助表示が、その一本一本へ薄い輪郭を重ねた。


「見えてる」


「まだ触らない方がいいと思う」


「分かってる」


 僕は可変刃を展開せず、盾だけを左腕に形成した。


 倉庫の角を回る。


 そこで、人影を見つけた。


 白い。


 瓦礫の中央に、静かに立っている。


 人の形をしている。


 けれど、その周囲には何本もの白い線が浮かんでいた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 数える。


 七本。


 王都に現れている反応と同じ数だった。


「リム」


「見えてる」


 いつもの軽さが消えている。


「あれ、多分……全部につながってる」


 白い人影が、ゆっくりとこちらを向いた。


 顔はある。


 けれど、そこに感情と呼べるものは見えない。


「お前が、これをやっているのか」


 人影は答えない。


 僕を見ているようで、見ていない。


 視線は確かにこちらを向いている。


 なのに、僕という相手そのものには関心がないように感じられた。


 僕は視線を白い線へ移す。


 一本だけ、わずかに強く光った。


 同時に地図上で、市場跡の反応が強くなる。


「リム。今の一本」


「うん。市場の反応と重なってる」


 だったら。


 僕は可変刃を右腕に形成した。


「アオト?」


「一本、切ってみる」


「無茶しないでよ」


「分かってる」


 僕は一気に踏み込んだ。


 狙うのは白い人影じゃない。


 その脇を走る一本の白い線。


 刃を振り下ろす。


 触れた瞬間、硬いものを斬った感触はなかった。


 抵抗らしい抵抗もない。


 それでも、白い線は大きく揺らいだ。


 中央から途切れる。


「消えた!」


 リムの声と同時に、地図上から市場跡の白い反応が消えた。


 僕はすぐに外部通信を開く。


「カイ!」


『どうした!』


「そっちの人たちは?」


 短い沈黙。


『……止まった』


 思わず息を呑む。


『市場へ向かってた連中が、一斉に足を止めた。今、周りを見回してる』


 切れた。


 あの線を断てば、止められる。


 胸の奥に、小さな手応えが生まれた。


 七つあるなら七つ切ればいい。


 少なくとも、何もできない相手じゃない。


「これなら――」


 止められる。


 そう思った、その瞬間だった。


 白い人影が初めて片手を上げた。


 僕は盾を構える。


「アオト、気をつけて!」


 けれど、何も飛んでこない。


 衝撃もない。


 空気すら動かなかった。


 白い人影の掌の上に、小さな光だけが生まれる。


 音もなく。


 あまりにも静かに。


 細い光が伸びていく。


 糸になる。


 一本の白い線になる。


 僕が今、切ったものとよく似ていた。


「……作ってる?」


 リムが呟く。


 さっきまでなかったものが、目の前で生まれている。


 僕が刃を構えていることなど気にも留めず。


 複製する者は、ただ自分の役割を続けていた。


 戦おうとしていない。


 僕を倒そうともしていない。


 必要なのは、僕との勝ち負けじゃない。


 白い線を増やすこと。


 それだけなのか。


 新しい線が地面へ降りた。


 市場跡には戻らない。


 別方向。


 王都の北東へ伸びていく。


「待て!」


 僕は踏み込んだ。


 可変刃を振るう。


 けれど、刃が届く直前に白い線が地面すれすれまで沈んだ。


 瓦礫の隙間へ入り込む。


 そのまま倉庫の外へ抜けていった。


「追える?」


「待って。今――」


 地図上に、新しい白い光が灯る。


 一つ。


 それまで何もなかった場所に。


 七つだった反応が。


「八つ……」


 リムの声が小さくなる。


 胸の奥に生まれたばかりの手応えが、一瞬で消えた。


 一つ切った。


 確かに止めた。


 なのに。


 その場で別の一つを作られた。


 僕は白い人影を見る。


「今のを……増やしたのか」


 白い人影が、ようやく口を開いた。


「残されたものは」


 平坦な声だった。


「失われません」


「誰だ」


 僕の問いに、人影の首がわずかに傾く。


「私は」


 一拍置いて。


「複製する者です」


 七本の白い線が静かに揺れる。


 僕は可変刃を構え直した。


 それでも、複製する者は身構えない。


 逃げもしない。


 僕の刃を警戒する様子さえない。


 ただ次に使う白い線を確認するように、その向こうへ視線を向けていた。


 僕と戦っているつもりすらない。


 その事実が、妙に不気味だった。


「アオト」


 リムの声が入る。


「今の、見比べてる」


「何か分かる?」


「ちょっと待って……」


 僕は複製する者から目を離さない。


 白い線は王都へ伸びている。


 その先には人がいる。


 こいつを斬れば終わるのか。


 それとも、その間にも別の何かが動くのか。


 まだ分からない。


「アオト」


 リムの声が戻った。


「今作った反応、元がある」


「元?」


「うん」


 視界の端に二つの記録が並ぶ。


 一つは、今生まれた八つ目。


 もう一つは以前の記録。


「どこから?」


「同調する者」


 胸の奥が冷えた。


「同調する者から消えた反応。その一部と、かなり近い」


 僕は何も言えなかった。


 同調する者を止めた。


 人々も取り戻した。


 あれで一つ、終わらせたつもりだった。


 けれど、終わっていなかった。


 その身体から消えた白い反応。


 直後に現れた、回収する者。


 あいつは何かを持っていった。


 失敗。


 選択。


 抵抗。


 記録。


 役割。


 何を回収したのかは、その時には分からなかった。


「リム。回収する者の時の記録とも比べて」


「もうやってる」


 数秒。


 それだけの時間が、妙に長く感じた。


「完全には同じじゃない」


 リムが言う。


「でも、白い線の出方も、反応の移り方も似てる」


 それで十分だった。


 回収する者が集めた。


 複製する者が増やした。


 別々に現れた敵。


 でも、役割はつながっている。


 僕たちが止めたものまで、次の手に使われている。


 拳に力が入った。


 悔しかった。


 勝ったと思ったことまで、向こうの材料にされたような気がした。


「……そういうことか」


「アオト?」


「増えてるんじゃない」


 地図上で、八つの白い反応が明滅する。


 どれも少しずつ違う。


 それでも、元になっているものは同じなのかもしれない。


 僕たちが止めたものまで、次の材料にされている。


「回収したものを、使い直してるんだ」


 その時、ノア=アークから新しい観測情報が入った。


 テンレア。


 白い巨体の外殻に、新たな変形を確認。


 複数箇所。


 変化が始まった時刻は、八つ目の反応が現れた時間と近い。


 因果関係はまだ分からない。


 それでも、偶然だと切り捨てるには近すぎる。


 僕は複製する者を見た。


 相手は逃げるでもなく、襲いかかってくるでもない。


 白い線の中心に立ったまま、次に自分がするべきことだけを見ている。


 次の一本を作るために。


 一人を倒せば終わる。


 そんな戦いではない。


 そのことだけは、もう分かった。


 八つ目の白い反応が、王都の北東へ向けてゆっくりと動き始めた。

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