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リブートオブアーク ―科学と魔法が交差する王国再建戦記―  作者: 和幸雄大


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第四部 202話 回収する者

同調する者と名乗った人物を倒し、捕らえることには成功した。


 けれど、それで終わりではなかった。


 同調する者の身体から、これまで感じていた白い反応の一部が離れ、まるで何かに導かれるように王都の外へ移動し始めたからだ。


 SMUとリムが拾った情報を重ねると、その反応が一定の速度で遠ざかっていることが分かった。


 逃げているようには見えない。


 むしろ、最初から行き先が決まっていて、そこへ引かれているように見えた。


『アオト、反応はまだ王城跡の外縁方向へ移動してるわ』


「距離は?」


『約六百メートル。速度もほとんど変わってない』


 SMUの視界には、細い白線が表示されている。


 実際に僕の目に白い光が見えているわけじゃない。


 同調する者から離れた微弱な反応をリムが拾い、その推定位置をSMUの視界へ重ねてくれているだけだ。


 それでも、表示された線は確かな方向を持って王都の外へ伸び続けていた。


「追わなくていいの?」


 隣にいたセリナが聞く。


「追いたい」


「なら」


「でも、今ここを全員で離れる方が危ない」


 僕は後ろを振り返った。


 兵士たちはまだ避難者の状態を確認している。


 さっきまで同じ方向へ歩いていた人たちも、今は互いの顔を見ながら、その場に残っていた。


 自分が何をしていたのかを思い返している人もいる。


 不安そうに周囲を見回している人もいる。


 そして、その中心には拘束された同調する者が横たわっていた。


 意識はある。


 けれど、自分から逃げようとも、再び能力を使おうともしていない。


「この人も放っておけない」


「そうね」


 セリナも同調する者を見る。


「でも、ずっとここに置いておくわけにもいかないわ」


「うん」


 それが一番の問題だった。


「普通の牢じゃ駄目だろうな」


 バルドが低い声で言った。


 近くで縄の状態を確認していたカイも頷く。


「壁や鉄格子があっても、こいつの能力までは止められない」


「同調は身体を自由に動かせなくても使える可能性がある」


 僕が答える。


「看守を近くに置いたら、その看守が影響を受けるかもしれない」


「なら、誰も近づけなければいいんじゃないか?」


「それだと治療も監視もできない」


 バルドが鼻を鳴らした。


「面倒な相手だな」


「敵に聞かれたら喜びそう」


「こいつは喜ばねえだろ」


「……確かに」


 僕は同調する者を見る。


 名前を聞いても。


 自分が何者なのかを聞いても。


 返ってくるのは役割だけだった。


 笑うのか。


 怒るのか。


 怖がるのか。


 何を好きなのか。


 何を嫌うのか。


 人なら持っているはずのそういう部分を、僕たちはまだ何一つ知らない。


「ノア=アークへ運ぶのは?」


 カイが聞いた。


 僕はすぐには答えなかった。


 ノア=アークなら、ここより詳しく調べられる設備がある。


 隔離についても、王都より選択肢は多いだろう。


 でも、それを理由に未知の相手を連れて行っていいのか。


「危険だと思う」


「ノアでも?」


「だからこそ」


 カイが眉を寄せる。


「相手の目的が分からないまま、ノア=アークの存在や位置をこちらから教えることになるかもしれない」


「ああ、そういうことか」


「この人が何を知ってるのかも分からないし、何か別の場所と繋がっている可能性だってある」


 僕は拘束された人物を見る。


 同調する者がどこまで周囲を認識しているのか。


 自分が捕らえられたことを誰かへ伝えられるのか。


 そもそも、僕たちが言葉を交わしているこの瞬間にも、どこかと情報を共有しているのか。


 何も分からない。


 ガイアと呼ばれる存在との関係さえ、まだ確定していない。


 そんな状態でノア=アークへ連れていくことは、僕には選べなかった。


「じゃあ、どうする?」


「今は一時的にここで監視するしかないと思う」


「その縄で?」


「それも変える」


 僕はSMUの右腕を動かした。


 手首部分から拘束用のワイヤーを展開する。


「これなら、少なくとも普通の縄よりは切られにくい」


「その鎧の装備を捕虜に使うのか」


「後で回収すればいいし」


 ワイヤーの一部を切り離し、同調する者の手首と足首を固定する。


 締めすぎない。


 逃げることは難しいが、血流や治療の邪魔にはならない程度に調整する。


『拘束強度は大丈夫そうね』


「ありがとう、リム」


『でもアオト、安心はしないでね。身体を縛れても、あの人の能力まで止められたとは限らないから』


「分かってる」


『こっちでも認知傾向は見続けるけど、少しでも変だと思ったらすぐ言って』


「うん。お願い」


 物理的に拘束できても、同調そのものを封じられたわけじゃない。


 便利な装備がある。


 リムも監視してくれている。


 それでも、それだけで全部が解決するわけじゃない。


 多分、今まで僕たちは旧文明の技術があれば何とかなると思いすぎていた部分もある。


 分からないものを相手にしている時は、できることと、できないことを分けて考えた方がいい。


『アオト』


「なに?」


『さっきの白い反応、止まったわ』


 僕はすぐに視界を切り替えた。


「位置は?」


『王城跡外縁。北西、約五百八十メートル』


「ノア=アークから見える?」


『広域観測では、大きな反応は出てないわ』


「人間くらいの大きさなら?」


『そこまでは厳しいと思う。距離もあるし、崩れた建物が多すぎる』


「分かった」


 白い線は、崩れた王都外壁の向こうで止まっている。


 その先はここからでは見えない。


「エリーナ」


「はい」


「向こう、何か感じる?」


 僕が指した方向へ、エリーナが顔を向けた。


 少しだけ目を閉じる。


 風が彼女の髪を揺らした。


 しばらくして、その眉が僅かに寄る。


「……変です」


「何が?」


「風が消えているわけではありません」


「うん」


「でも、そこだけ流れ方が違います」


 エリーナが指を伸ばす。


「王城跡から外へ抜けていく風が、あの辺りで少しだけ左右へ分かれているんです」


「何か壁がある?」


「そういう感じではありません」


 エリーナは首を横に振った。


「避けているというか……そこだけ流れそのものが薄くなっているような」


『アオト、ちょっと待って。今、エリーナの言った場所を見てる』


「分かる?」


『ほんの少しだけど、風速の変化があるわ』


「白い反応の位置と?」


『ほぼ同じ』


 何かいる。


 そう考えた方がいい。


「僕が行く」


「一人で?」


 セリナが即座に聞き返した。


「最初は」


「また?」


「最初は、だよ」


「その言い方、信用できないわ」


「同調と同じ能力だったら、全員で行く方が危険だ」


 セリナは言葉を止めた。


「SMUなら、少なくとも僕の認知が変われば警告できる」


「それでも危険なのは変わらないでしょう?」


「うん」


 そこは否定できない。


「だから、百メートルくらい後ろまで来て」


「え?」


「何かあったら助けてくれると助かる」


 僕の言葉に、セリナが一瞬だけ目を丸くした。


 それから、少し笑った。


「最初からそう言えばいいのよ」


「言ってるじゃん」


「今まであまり言わなかったでしょう?」


「……そうだっけ」


「そうよ」


 隣でカイが笑った。


「王女様の勝ちだな」


「勝ち負けじゃないよ」


 僕はSMUの可変刃が正常に展開できるかだけを確認する。


 同調する者との戦闘を終えたばかりで、装備にも負荷はかかっている。


 だからといって、目の前にいるかもしれない相手を最初から敵と決めつけて刃を向ける必要もない。


 まずは確かめる。


 その上で決める。


「行ってくる」


「無茶しないで」


「分かってる」


「その返事もあまり信用してないから」


「ひどいな」


 セリナは少しだけ表情を緩めた。


「でも、本当に気をつけて」


「うん」


 僕は王城跡の外縁へ向かった。


 SMUの歩行補助だけを使い、速度は上げない。


 五百メートル。


 四百。


 三百。


 位置へ近づくにつれて、崩れた石壁と倒壊した建物が視界を塞ぎ始める。


 王都の外縁は、まだ戦いや混乱の傷跡がそのまま残っていた。


『アオト』


 リムから通信が入る。


「うん」


 周囲を警戒したまま返事をする。


『別の白い反応が出た』


 僕は足を止めた。


「さっきの線と同じ?」


『違うわ』


 視界に新しい点が表示される。


 位置は。


 白い線の終点。


「別の導師?」


『まだ決めつけないで。反応は今までの白い人たちに似てるけど、それ以上は分からない』


「了解」


 崩れた外壁の向こう。


 人影が見えた。


 白い衣。


 人間ほどの大きさ。


 立っている。


 僕はさらに速度を落とした。


 百五十メートル。


 百。


 そこで止まる。


「聞こえる?」


 返事はない。


 白い人物は僕を見ていなかった。


 王城跡の方を見ている。


 正確には。


 その向こうにいる同調する者を。


「同調する者の仲間?」


 反応はない。


「何をしてる」


 少し時間が経ってから。


 白い人物の口が動いた。


「残されたものを」


 声は静かだった。


「戻しています」


「戻す?」


「はい」


 SMUの表示を見る。


 同調する者から伸びた白い反応。


 その終点が、目の前の人物と重なっている。


「リム」


『見えてる。位置は一致してるわ』


「この人が受け取ってる?」


『同調する者から離れた反応が、その人の周囲へ集まってるように見える』


「何を受け取ってるかは?」


『ごめん。そこまではまだ分からない』


「分かった」


 僕は白い人物を見る。


「同調する者から何を持ってきた?」


「持ってはいません」


「じゃあ、何をしてる」


「戻しています」


「どこへ?」


 答えない。


「何を戻してる?」


 今度は答えた。


「残された結果を」


「結果?」


「失敗」


 白い人物が一つ言う。


「選択」


 また一つ。


「抵抗」


 そして。


「記録」


 胸の奥がざわついた。


「同調する者が負けた記録?」


「負けた」


 白い人物が僕の言葉を繰り返す。


「それも結果です」


「失敗したなら捨てるんじゃないの?」


「なぜですか」


 初めて。


 白い人物が僕を見た。


「失敗した結果も、次へ残せます」


 嫌な答えだった。


 僕たちが勝った。


 だから終わった。


 そう思っていた。


 でも、こいつらにとって敗北は捨てるものじゃない。


 何が通じなかったのか。


 どんな抵抗を受けたのか。


 どんな答えを相手が選んだのか。


 それさえ、次に使える情報になる。


「僕たちがどうやって同調を破ったのかも?」


「残っています」


「どこに」


「ここに」


 白い人物が地面を見る。


 そして。


 僕を見る。


「あなたにも」


「僕?」


「選んだ」


「迷った」


「拒んだ」


 言葉が続く。


「それらは消えません」


『アオト』


 リムの声が少し変わった。


「なに?」


『周囲に変な周期反応が増えてる』


「周期反応?」


 SMUの視界に細かな表示が増える。


 僕には何も見えない。


 耳にも、何も聞こえない。


 それでもSMUは、確かに周囲の変化を拾っている。


『まず電磁帯域に微弱な変動』


「電波?」


『それだけじゃないわ』


 別の表示が追加される。


『音響帯域にも反応がある。耳で聞こえる範囲の外も含んでる』


「他にも?」


『ある。しかも一つの波長や周波数だけじゃないみたい』


 僕は目の前の白い人物を見る。


 同調する者の時も、人間の判断が揃っていく現象そのものは確認できた。


 でも、どういう仕組みでそれが起きているのかまでは分からなかった。


 もし今リムが拾っているものが、あの能力と関係しているなら。


「これが導師の能力?」


『まだ断定できないわね』


「同調する者の時の記録と比べられる?」


『ちょっと待って。今照合する』


 数秒。


『……一部は似てる』


「同じものを使ってる?」


『完全に同じじゃないわ。同調する者の時には確認できなかった帯域もある』


「じゃあ、共通する部分だけがある?」


『今のところは、そう見るのが一番近いと思う』


 共通している。


 でも同じじゃない。


 それぞれの役割に合わせて、使う帯域や組み合わせが違うのか。


 それとも、僕たちがまだ理解できていない大きな仕組みの一部だけを、それぞれが使っているのか。


「お前たち、これを使ってるのか?」


 僕が聞く。


 白い人物は僅かに首を傾けた。


「これ?」


「今、周りに出てる反応だよ」


 返事はない。


 多分、質問そのものが伝わっていないわけじゃない。


 僕の分け方が、この人たちの認識と合っていないんだ。


「リム」


『なに?』


「一部だけでも遮断できる?」


『できると思う。でもアオト、全部まとめて止めようとはしないで。味方の通信まで潰れる可能性がある』


「範囲を絞れば?」


『それなら試せる』


「お願い」


『分かった。弱くかけるわ』


 SMUから範囲を限定した妨害が広がる。


 視界に表示されていた反応の一部が乱れた。


 白い人物の衣が僅かに揺れる。


「止まった?」


『一部だけ』


 次の瞬間。


 別の表示が上昇する。


「また増えた」


『違う帯域が強くなった』


「切り替えた?」


『そう見えるけど、まだ決めつけないで』


 電磁波だけを止めても駄目。


 音だけでも駄目。


 いくつもの目に見えない変化が、同時に使われている。


「アストレリウムの技術?」


『記録に完全一致するものはないわ』


「じゃあ魔法?」


『魔力反応だけでも説明できない』


「……どっちでもない?」


『そこも、まだ分からない』


 アストレリウムの技術だけでは説明できず、かといって魔力だけで成立しているわけでもない。


 これまで僕は、目の前の現象が科学なのか魔法なのかを切り分けようとしてきた。


 でも、白い者たちにその分け方が通じるとは限らない。


 僕たちがまだ知らない形で、二つが組み合わされている可能性もある。


「何をしている」


 僕は白い人物へもう一度聞く。


「残されたものです」


「もっと具体的に」


「結果」


「戦った記録?」


「はい」


「能力も?」


 少し間が空いて。


「役割」


 白い人物が答えた。


 僕は眉を寄せる。


「同調する者の役割まで?」


「役割は失われません」


「本人からなくなっても?」


「本人?」


 白い人物の声が僅かに変わった。


 言葉の意味が分からないわけじゃない。


 でも、その言葉を重要だと思っていない。


「王城跡にいる人だよ」


「同調する者です」


「それは役割だろ」


 僕は一歩前へ出る。


「その人自身は?」


 沈黙。


「名前は?」


 さらに沈黙。


「何を考えて、何を好きで、何を嫌ってたのかは?」


「必要ありません」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に何かがこみ上げた。


「必要ない?」


「役割があれば十分です」


 また役割だ。


 同調する者もそうだった。


 名前を聞いても。


 自分自身のことを聞いても。


 返ってくるのは役割ばかりだった。


「役割が残れば、その人がどうなってもいいの?」


「役割は続きます」


「聞いてるのは役割じゃない!」


 思ったより声が大きくなった。


 白い人物は動かない。


 後ろからセリナたちが近づいてくる気配がする。


 でも、まだ距離はある。


「リム」


『なに?』


「同調する者を確認して」


『分かった。少し待って』


 数秒。


『生命反応は安定してる』


「白い反応は?」


『さっきより減る速度が上がってる』


「意識は?」


『まだ起きてる。でも反応が鈍くなってきてるわ』


 僕は目の前の人物を見る。


「やめろ」


「何をですか」


「その人から持っていくのを」


「持っていってはいません」


「じゃあ、戻すのをやめろ」


「できません」


「役割だから?」


「はい」


 迷わない。


 少しも。


 僕はSMUの右腕を白い人物へ向けて構える。


 可変刃はまだ出さない。


「だったら止める」


「なぜですか」


「その人がどうなるか分からないから」


「生命は維持されます」


「それだけじゃ足りない」


「なぜですか」


 白い人物は、本当に分からないようだった。


「生きていれば、それだけでいいわけじゃない」


「役割があれば十分です」


「だから、それを決めるのは誰なんだよ」


 返事はなかった。


 僕は踏み込む。


 SMUが一気に距離を詰める。


 白い人物は避けない。


 右腕を掴む。


 硬い外殻じゃない。


 白い巨体のような異質な感触でもない。


 服の下にあるのは。


 本当に人の身体だった。


「リム、反応を切れる場所を探して!」


『今見てる! 無理に近づきすぎないで!』


 僕は相手を地面へ倒そうとした。


 その瞬間。


 白い衣の袖から、細い白線が伸びた。


「っ!」


 反射的に腕を離す。


 糸。


 一瞬、そう見えた。


 でも、本当に物質なのかどうかさえ分からない。


 白い細線は僕へ向かわず。


 地面へ。


 崩れた壁へ。


 周囲の空間へ広がっていく。


『アオト、複数の反応が繋がった!』


「何に?」


『周囲に残ってた周期反応。さっきまで散ってたものが集まり始めてる』


「戦った跡?」


『そうかもしれない。でも今はまだ、それ以上は言えない』


 僕は息を呑んだ。


 同調する者からだけじゃない。


 この場所に残った何かまで。


 僕たちが動いた。


 迷った。


 戦った。


 選んだ。


 もし、その痕跡まで拾っているとしたら。


「止めろ!」


 可変刃ではなく、展開盾を出す。


 広がった白線をまとめて遮る。


 いくつかが途切れた。


『一部、切れたわ!』


「全部は?」


『駄目、別の反応が繋がってる!』


「またか!」


 一本を止めても、別の経路を使う。


 電磁。


 音。


 振動。


 そして、僕たちがまだ認識できていない何か。


 一つの方法だけでは止められない。


「アオト!」


 セリナの声が近づいてくる。


「まだ来ないで!」


 振り返らずに叫ぶ。


「状況を説明して!」


「こいつ、同調する者だけじゃない!」


「何?」


「この場所に残った反応まで集めてる!」


 白い人物が僕を見る。


「集める」


「戻す」


「残す」


 一つずつ。


 言葉を重ねる。


「それが私の役割です」


 その瞬間。


『アオト!』


 リムの声が鋭くなる。


「何?」


『同調する者の白い反応が急に減ってる!』


「生命は!」


『大丈夫。生命反応は安定してる』


「意識は?」


 僅かな間。


『でも、反応が落ちてる。このままだと意識を失うかもしれない』


 僕は白い人物を見る。


「何をした」


「戻しています」


「だから!」


「残されたものを受け取っています」


 僕はもう一度踏み込んだ。


 今度は盾で身体ごと白い人物を押し倒す。


 白い人物が地面へ転がる。


 すぐに拘束ワイヤーを射出し、腕を取る。


 これなら動けない。


 そう思った。


『待って、アオト!』


「何!」


『白い反応が分かれてる!』


 視界の中で細い線が一気に増える。


「逃げるの?」


『違う。その人じゃない!』


「じゃあ何が!」


『集まってた反応の方!』


 細い白線が四方へ広がる。


 一つじゃない。


 十。


 二十。


 もっと。


「追跡!」


『全部は無理!』


「強いものから!」


『分かった、やってみる!』


 僕は地面へ押さえた白い人物を見る。


 その身体は確かにここにある。


 でも。


 集められた何かは、もう別の場所へ動き始めている。


「どこへ送った」


「戻りました」


「どこに!」


「戻るべき場所へ」


「白い巨体?」


 返事はない。


「尊師?」


 僅かに。


 白い人物の目が動いた。


 それだけだった。


「アオト!」


 今度こそセリナが駆け寄ってくる。


「来るなって言ったのに」


「そんな状況で待っていられるわけないでしょう!」


「……だよね」


「何が起きたの?」


 僕は押さえている白い人物を見る。


「同調する者から白い反応が抜けた」


「それをこの人が?」


「たぶん。それだけじゃない」


「他にも?」


「僕たちが戦った時に残った反応まで拾ってる可能性がある」


「……何のために?」


「分からない」


 セリナの視線が白い人物へ向く。


「あなたは誰?」


 白い人物が顔を上げる。


「私は」


 少し間を置いて。


「回収する者です」


 SMUの表示に、新しい識別情報が追加される。


 回収する者。


 名前じゃない。


 また役割。


「同調する者から何を回収したの?」


 セリナが聞く。


「残されたものです」


「その人自身は?」


「残ります」


 僕とセリナが顔を見合わせた。


「残る?」


「生命は失われません」


「じゃあ、あなたが持っていったのは?」


「役割」


 僕は息を止めた。


 初めて。


 はっきり言った。


「役割を……回収した?」


「失われる必要はありません」


「本人から切り離して?」


「本人?」


 また、その言葉。


 回収する者にとって、人と役割は本当に別のものとして扱われている。


 少なくとも、今のやり取りからはそう見えた。


『アオト』


 リムの声が入る。


「どうした?」


『王城跡にいる同調する者をもう一度見たわ』


「状態は?」


『生命反応は安定してる』


「意識は?」


『……眠ったみたい。呼びかけへの反応もほとんどない』


「白い反応は?」


『大部分が消えてる』


 消えた。


 いや。


 違うのかもしれない。


 目の前で起きたことを考えれば。


「消えたんじゃない」


 僕は呟く。


 セリナが僕を見る。


「持っていかれた?」


「たぶん」


 まだ断定はできない。


 でも、生命は残っている。


 身体も残っている。


 それなのに、同調する者として観測されていた反応だけがほとんど消えた。


「人と役割を……分けられるの?」


 セリナの声が小さくなる。


「分からない」


 僕は答えた。


「でも、今はそう見える」


 その時。


『アオト、ノア=アークから観測データが来た』


 視界に別の映像が開く。


 テンレア。


 遠く離れた場所。


 白い巨体。


「また?」


『外殻に変化が出てる』


 白い巨体の胸部から肩にかけて。


 表面がゆっくり波打っている。


 壊れた部分を補うように。


 何かを受け入れて形を組み替えるように。


「時間は?」


『同調する者の反応が急に減った時刻と、さっき反応が分散した時刻に近い』


 セリナが息を呑む。


「また同じ」


「まだ決められない」


「分かってるわ」


 セリナもすぐに答えた。


「でも、これで何度目?」


 静寂。


 停止。


 同調。


 そして今回。


 同じ時刻帯に、白い巨体が何らかの変化を見せている。


「偶然って言うには増えすぎてる」


「うん」


 それでも、証拠にはまだ足りない。


 白い巨体から導師へ何かが流れているのか。


 導師から白い巨体へ戻っているのか。


 それとも、両方がさらに別の何かへ繋がっているのか。


 今の僕たちには、まだ分からない。


「アオト」


 セリナが僕を見る。


「この人、どうするの?」


 僕は回収する者へ視線を戻した。


 拘束ワイヤーはまだ腕を捉えている。


 でも。


『アオト、気をつけて!』


 リムの声が響く。


「今度は何?」


『その人の周りの白い反応が急に弱くなってる!』


「逃げる気?」


『分からない。でも何か来る!』


 僕がワイヤーを引く。


 そこには確かに人の重さがある。


 回収する者が僕を見る。


「必要なものは戻りました」


「待て」


「私の役割は」


 一度。


 息を吸う。


「ここでは終わりました」


 地面の一部が白く揺れた。


「アオト、離れて!」


 セリナの声。


 僕は反射的に後ろへ跳ぶ。


 次の瞬間。


 白い糸のようなものが一斉に周囲へ広がった。


 攻撃ではない。


 視界を塞ぐ。


 同時にSMUの表示が乱れ、複数の警告が重なる。


『電磁も音響も一気に乱されてる!』


「リム、位置は!」


『待って、今追ってる!』


 白い糸の向こうで、人影が動く。


 瞬間移動したわけじゃない。


 崩れた外壁の陰へ向かって走っている。


「逃がすか!」


 追おうとした瞬間、SMUの表示が再び乱れた。


『アオト、右じゃない! 左奥!』


「見えない!」


『私が見るから、無理に突っ込まないで!』


 数秒。


 白い乱れが薄れていく。


 崩れた外壁の向こうには、もう人影は見えなかった。


「逃げられた……」


『北西方向に微弱な反応は残ってる』


「追える?」


『たぶん。でも……』


 リムが言葉を止める。


「何?」


『王城跡の同調する者も気になる。アオト、私は一度戻った方がいいと思う』


 僕は北西を見る。


 追えば。


 もしかしたら捕まえられる。


 相手の目的も、行き先も分かるかもしれない。


 でも。


 王城跡には、役割を失ったように見える人が眠っている。


 避難者もいる。


 兵士もいる。


 そして、回収する者が何をしたのかさえまだ分からない。


「一度戻る」


 僕は短く言った。


「いいの?」


 セリナが聞き返す。


「追いたい」


 正直に答える。


「でも、今は戻る」


 最適かどうかは分からない。


 追跡した方が多くの情報を得られるかもしれない。


 それでも僕は、自分で選ぶ。


「同調する者を確認したい」


 セリナが頷く。


「私も」


 僕たちは王城跡へ戻った。


 同調する者は、さっきと同じ場所に横たわっていた。


 胸は上下している。


 呼吸している。


 傷も致命傷ではない。


 でも。


 呼びかけても目を開けない。


「聞こえる?」


 返事はない。


「同調する者」


 反応なし。


 僕は少し迷った。


「……あなた」


 そう呼んだ。


 やっぱり返事はない。


『アオト、生命反応は安定してるわ』


「白い反応は?」


『能力と関係してると思われる反応は、ほとんど残ってない』


「役割だけがなくなった」


 僕は呟く。


「本当にそうなのかな」


 セリナが僕を見る。


「分からない」


 僕は首を振った。


「でも」


 眠ったままの人物を見る。


「この人は残ってる」


 役割を失ったように見える。


 名前も分からない。


 自分が誰だったのかも、僕たちは知らない。


 それでも身体はここにある。


 呼吸している。


 生きている。


 もし、回収する者の言葉が本当なら。


 役割と人は、最初から同じものではなかったのかもしれない。


 役割を失っても。


 その前にあった何かまで、全部なくなるとは限らない。


「アオト?」


「ううん」


 僕は首を振った。


「まだ、分からない」


 分からないことばかりだ。


 でも。


 今日、一つだけ見えた。


 白い者たちは、負けた役割をその場へ捨てていかない。


 失敗も。


 抵抗も。


 僕たちがどう考え、どう選んだのかさえ。


 次へ残そうとしている。


 そして遠く離れたテンレアでは、白い巨体がまた形を変えた。


 僕たちが一つ勝つたびに。


 相手もまた、その勝ち方から何かを拾っているのだとしたら。


 次に同じ方法が通じる保証はない。


 僕は眠ったままの人物から、SMUに映る遠くの白い巨体へ視線を移した。


 戦いは終わっていない。


 むしろ。


 僕たちがどう戦い、何を選ぶのか。


 相手はそれを学び始めているのかもしれなかった。

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